最終話 別れ
7話
雪の体調が急変してから1週間が経つが目を覚ます様子はなく、やがて集中治療室に移されることになった。
様態は極めて深刻らしく医者はもう目を覚まさないかもしれないと言っていた。
雪が移された病室にはいくつもの機械が並んでいた。
沢山の管に繋がれている彼女を見た時には言葉を失った。
ついこの間まで元気にはしゃいでいた雪を思い出すと、まるで現実ではないような気がした。
俺の頭の中では雪と出会ってから今日までの出来事が延々とフラッシュバックしていた。
こんなに近くにいるのに何もしてやれない自分に嫌気が差す。
俺はまた待つことしか出来ないのか。
病室の前で呆然と立ち尽くしていると吉田さんが話しかけてきた。
「雪さんのこと心配だと思うけれど、きっと彼女にとってあなたが傍に居ることが生きる力になると思うわ。」
「本当にそうだろうか…雪の病状がこんなに悪いなんて知らずに俺は無茶をさせてたんだ…」
「そんな事ないと思うわよ。
あなたのことを話す雪さん、ほんとに嬉しそうだった。
治療にも前向きになったし、入院したばかりの頃と比べて本当に明るくなったわ。
病気なんて嘘のようにね。だからどんなことでもいいから彼女に話しかけてあげて。」
「ありがとう…少し気持ちが楽になったよ。」
吉田さんは一礼だけして戻って行った。
「雪、会いに来たぞ。
またいつものように俺のくだらない話を聞いてくれよ。
お前の身体、相当悪いんだってな。言ってくれてたらはじめから病室まで会いに行ったのに、無茶ばっかりしやがって。
あの日、一緒に星を見ようって言った時もずっと待っていたんだろ?
ほんとは辛かったんだよな。俺のせいでごめんな。でも待っててくれて俺、本当に嬉しかったんだ。
雪に出会ってからの毎日は特別だったよ。なあ雪、目を覚ましてくれ…」
雪の反応はない。
本当に俺の声が届いているのか分からないけど、俺には話しかけること以外できることがなかった。
だけど、諦めずに毎日雪の病室に足を運んでは雪に話しかけ続けた。
ある日の夜、千春の元に1本の電話があった。
「おい、青年。
吉田という女性からお前宛に電話だ。何やら急用のようだ」
「悪い」
俺は千春から受話器を奪い取るように電話を代わった。
「俺だ」
「あなたがそちらで働いているって聞いたから連絡させてもらったわよ。
それより急いで病院まで来て!」
「なにがあったんだ」
「雪さんが目を覚ましたんです!」
俺は禄に返事もせず乱暴に受話器を戻す。
それから隣町まで全速力で向かった。
病院に着くと入口で吉田さんが待っていた。
「影山さんこっちです!」
俺は吉田さんに促されるまま例の治療室に入る。
「来てくれたんだ」
雪が弱々しく言葉を放った。
この間まで無邪気に笑って話していたことが嘘のようにベッドの上で雪はピクリとも動かなかった。
「ああ、当然だろ。」
「嬉しい…最後に優真さんに会えて…」
急いで彼女のそばに近づき手を取る。
雪は握り返す力も残っていないようで、その手はまるで鉛のようだった。
「最後なんて簡単に言わないでくれ…
雪が元気になったら今度は一緒に旅をしよう!海でも山でもどこにでも連れてってやる。」
「優真さん、今まで私のわがままに付き合ってくれてありがとう…」
雪が弱々しく微笑む。
それから目を閉じ、やがて手から何かが溢れ落ちた。
それは以前俺がプレゼントしたロケットだった。
落ちた勢いで中身が飛び出す。
中にはあの日撮影したプリクラ写真が1枚入っていた。
俺は雪の手をぎゅっと握るがその手には力が篭っていない。
そして、ピッピッと心電図の音だけが響く静かな病室で雪は再び眠りについた。
それから雪は3日後に息を引き取った。
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