第2話 邂逅
彼女と別れてからと言うものの、俺は行く宛もなく彷徨っていた。
日が傾き、空が朱色に染まり始める。
この村はどこを見渡しても畑か民家くらいしか無かった。
こんなところに働き口なんて本当にあるのだろうか。
半分諦めながら公園のベンチでうな垂れていると背後から若い女性の声がした。
「ちょっと、そこの御仁」
振り向くとそこには艶のある長いブロンドヘアに白衣を纏った若い女が立っていた。
荒手のセールスだろうか?
「なんだ?ヤクルトならいらんぞ。飲み終えた後に口に残る感じが苦手なんだ。」
「私はヤクルトレディじゃない。良ければ少し手を貸して欲しいのだが。」
どうやら違ったようだ。
よく見るとえらい美人がそこにいた。
歳は恐らく20代後半から30代と言ったところだろう。
しかし、この極寒の中羽織が白衣1枚とは、この村の奴はよほど寒さに強いのだろうか。
突然話しかけられ呆然としていた俺に気付き彼女は話を続ける。
「ああ、いきなりすまない。
ちょっと荷物を運んでいるんだがか弱い女一人ではどうにも大変でな」
「それで代わりに運んでくれ、と言う訳か。というか、か弱い女って自分で言うか?普通。」
「もちろん礼はするぞ」
俺は疲れてるんだ、と言ってやりたかったがこのまま放っておくわけにもいかないので手伝ってやる事にした。
荷物を運んで5分ほど歩くとそこには片田舎には似合わない立派な建物が立っていた。
看板には"多根病院"と書かれている。
「つーかあんたも一つぐらい持てよ…」
「すまんな若人よ。
まあ上がってくれ、茶くらい出すぞ」
「ここは、病院か?」
「ああ、申し遅れた。
私はこの病院のドクターをしている多根村 千春だ。
と言ってもしがない町医者だがな。 」
「影山 優真だ」
「ほら、今日は休診日だから遠慮するな」
そう言って裏口から中に入って行く千春に黙ってついて行くとそこは病院の裏方だった。
もっとなんて言うか消毒液臭い所を想像していたが何もない質素な部屋だった。
促されるまま椅子に腰掛けると千春は湯呑みに入った茶を差し出した。
「ほら、粗茶だが身体が温まるだろう」
「ああ、済まない。」
彼女が差し出してくれた茶を一気に飲み干す。
やはり日本茶に限るな。
冷えた体が芯から温まるのを感じた。
「結構なお手前で。」
「ハハッ、君は面白いな。そういえばこの辺では見ない顔だな。」
「ああ、俺は訳あって流浪の身なんだ。この村にも昨晩着いたばかりだ。」
「そうか。ここには暫く滞在するつもりか?」
「いや、金さえあればこんなシケた村とっとと出て行くんだが」
「そういえば手を貸して貰った礼がまだだったな。何でも言ってくれ」
「いや、礼なら茶で十分だ。そろそろお暇するよ」
もたもたしていると今晩の宿を見つけそびれてしまう。
もうゴミ捨て場で一夜を過ごすのは御免だからな。
「本当に良いのか?今なら誰も見てないぞ」
そう言って千春は膝丈まであるスカートをヒラヒラとなびかせて見せた。
思わず目を逸らす。
いきなり何を言い出すんだこの女は。
「ば、馬鹿っ!誰もそんなもの見たくねえよ!」
「ハハハ、冗談だよ。若いのに案外ウブなんだな」
何も言い返す事が出来ずたじろいでしまう。
すっかり彼女のペースに巻き込まれてしまったようだ。
「そうだ、金が必要と言ったな。ここで働く気は無いか?ちょうど男手が欲しいと思っていたんだ。」
「いいのか!?働き口が無くて困っていたんだ。」
「その代わり給料は安いぞ」
「ああ、どこまでもついて行くぜ姉さん」
「ここでは先生と呼べ。寝泊まりするなら空いてるベッドを使うといい。どうせ入院患者なんて滅多にいないからな」
「ありがてえ…でも仕事って何するんだ?あいにく俺は医者の知識なんて持ち合わせてないぞ。」
「ああ、分かっている。言っただろう、男手が必要だと。君には主に力仕事を頼むつもりだ」
「そうか、頭使うよりそっちの方が性に合ってるぜ」
「明日からビシビシ行くからな」
「はい!先生!」
こうしてあっさりと働き口と宿を同時に手に入れた。
この時俺はまだすべてが上手く行くと思っていた。
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