Last Days
常光寺シロー
第1話 放浪
ああ、まだ眠い。もう朝だろうか。
身体を包み込むフカフカのクッションはまるで雲の上にいるかのように心地が良かった。
ただ一つ気になるのは生ゴミのような悪臭が漂っていることだ。
目を覚ますと冷たい風が顔を突き刺す。
どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
白い息を吐きながら辺りを見渡すと俺は謎の白い塊に包まれていた。
どうやらここはゴミ捨て場のようだった。
まだ生きてるんだな、俺。
運良く凍死しなかったのはこの掃き溜めのお陰かもしれない。
ラッキーだったな、うん。
俺はそう思い込むことにした。
申し遅れたが、俺は影山 優真。
日雇い労働で食い繋ぎながら旅をしている、いわゆる流浪人だ。
残念な事に一文無しになってしまった俺は現在進行系で行き倒れている。
途方に暮れていると背中まで伸びた長い黒髪を肩の辺りで2つに束ねた少女がふいに目の前に表れた。
こんな寒い場所で彼女は不思議なくらい平然としていた。
上はセーター、下はチェック柄のロングスカートにスニーカーといかにも田舎者と言うような素朴な格好だが、よくよく見ると端正な顔立ちをしている。
歳は高校生くらいだろうか。
彼女は長いおさげをひらひらと揺らしながらこちらに近づいてくる。
「雪、積もってるけど大丈夫?」
彼女はそう言って俺の上に傘を差し出す。
どうやら身元も知らぬ俺のことを心配してくれているようだ。
しかし、ゴミ捨て場で寝ているような男なんてどっからどう見ても無事には見えないだろう。
「お前はこの状況が大丈夫に見えるのか?」
そう尋ねると彼女は満面の笑みで答えた。
「ううん、すっごく寒そう」
ご明察だ。
俺は昨晩からここにいるので身体の芯まで冷え切っていた。
なぜこのような状況に陥ったのか、今では思い出す事もできない。
いや、そんな事は俺にとってはどうだっていいんだ。
とにかく今は生きることが優先だ。
こんな所で油を売ってる暇があるなら早急に今晩の宿と働き口を見つけなければ。
「そうだ、俺は行く宛もなく途方に暮れている。
出来るなら熱々のおでんでも食って暖かい布団で眠りたい所だ。」
「お兄さんはホームレスなの?」
いきなり失礼な奴だ。
俺だって理由があって流浪の身に甘んじてるんだ。
しかし、いちいち説明するのも面倒だ。
適当に応えておくか。
「ホームレスじゃない。今は訳あって生き倒れてるだけだ」
「そうなんだ。あ、これよかったら食べて。少しは暖まると思うよ」
少女はまだ湯気の立っている肉まんを俺の目の前に差し出した。
「いいのか!?それじゃ遠慮なく頂くぞ」
何日ぶりに食い物に有り付けるんだろうか。
あと少しで星が落っこちてくるよりも先に餓死する所だった。
「良かったら明日もここに来て!そしたらまた何か食べ物を持ってきてあげる」
「本当か!それは助かる。しかし、何で見ず知らずの男にそんなに良くしてくれるんだ?」
「うーん…なんとなく?」
「なんだそりゃ。よっぽどのお人好しなんだな。」
「ただの気まぐれだよ!それじゃ、私もう行かないとだから、またね」
「お、おう。サンキュな」
俺は頂き物の肉まんを軽く振ってみせる。
変な奴だが悪い奴ではないらしい。
こんな浮浪者紛いの奴に施しをしてやろうなんて考えるのは相当なお人好しくらいだろう。
「うん!じゃあね!」
「ああ、またな。」
彼女が踵を返す。
俺もその場を離れようと思い振り返った時、背後から大きな声で話す彼女の声が聞こえた。
「私の名前は雪!スノーの雪って書いて"ゆき"だよ!」
「俺は優真だ」
「優真さんまたね!風邪引かないでね!」
「ああ、じゃあな」
「じゃあ、また明日!」
そうして別れを告げ、俺は彼女の背中が小さくなっていくのを見送った。
「さて、腹ごしらえを済ませたら仕事でも探すか…」
とりあえず、今日を生き延びた。
明日もまた、あの変な奴に会えるかもしれない。
そんな他愛もない期待だけを頼りに、俺は足を前に出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます