001
僕は、ほとんど人工物質による科学技術の産物だ。
僕の身体は、義肢により構築されている。
バイオテクノロジィだとかナノテクノロジィだとかいうなんだかよくわからない謎の技術により、外観や感触は本来の身体と相違ないらしいけれど、僕は自分の身体を見る度に、自分の身体について考える度に、なるほど僕は現代科学の実験動物なのだな、という認識を深めてゆくだけだった。
そんな僕がこの学園内で安らぐことができるのは、第二保健室という空間で、妹と共に人生の残り時間を消費している時だけだった。
僕は、生まれつき身体が弱かったらしい。というよりはもう、生後間もなくして死に向かっていたそうだ。
いや、誰だって生まれたら、後は死に向かって生きてゆくだけなのだろうとは思うけれど、僕は、その人生とかいう時間が、わずか数時間しかないと、生まれたときに判断された。
僕と妹は双子だったけれど、異常があったのは僕だけであり、妹の方は何の問題もなかった。
それだけは、本当に良かった。
僕だけで、良かった。
僕の方で、良かった。
そう思う。
だけれど、その短い人生を終えて安らかな眠りに就こうとしていた僕を、何とか生かそうとした人がいたのだった。
それは、僕の母だ。
僕の母は、この街の研究者だった。手術による身体への負担に耐えることもできないような生まれたばかりの僕の物理的な肉体というようなものを、彼女はかなり早い段階で諦めたらしい。そして、僕は彼女の論理的思考の結果として、脳だけを生かされた。その時点ですべての医者が、あの手この手を尽くしてもどうにもならない死にゆく僕を、彼女は救ったのだった。
そして、それは僕にとってはまったく余計なことでしかなかっただろう。なぜなら、僕は、僕が生きている意味が、まったくわからなかったからだ。
心とは、何だろう。
心とは、どこにあるのだろう。
僕には、脳しかない。
僕の、僕本来である部分は、脳しかないのだ。
つまり、この僕は、脳の中にいるということになるのだろう。
そう考えるしかない。
それなら、心とは、脳にあるのだろうか。
本当にそうなのだろうか。
たとえば、脳のニューロンの活動を分析して、それを正確に記録して眺めてみたところで、それは、心を見ていると言えるのだろうか。
それは、たんに、電気的パルスの集合を眺めているだけではないだろうか。
本当にそんなものを、心と呼んでいるのだろうか。
いいや、違う。
そんなものが、心なわけがない。
だとすると、心は、きっと、身体の方にあるのだろう。
そう考えるしかない。
そして、僕には、それがない。
身体がない。
だから、心も、きっと、僕にはないのだ。
僕は、人なのだろうか。
人ってなんだろうか。
どういった条件を満たせば、人と呼べるのだろうか。
どういった機能を有していれば、人と呼べるのだろうか。
誰か教えてほしい。
僕は、なんだろう?
だから、あの日、僕は、ほっとしたのだと思う。思わず笑ってしまうほどに。そして、感謝さえしていたのだ。
僕を、わざわざ殺しにきてくれて、ありがとうって。
いったい何と比較していいのかもわからないけれど、僕の人生は、これで良いのだと、これで良かったのだと、そう思う。
そして、願う。
どうか妹に、幸福な世界を。
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