制服でいちばん君があざとい!

 春の風が吹いた朝。

 教室のドアが開く音に、私は自然と顔を上げた。


 「おはよ〜、ひなちゃんっ!」


 いつもの元気な声。

 でも――いつもと違う違和感が、目に飛び込んできた。


 「……え?」


 目を疑った。

 いや、たぶん見間違いじゃない。


 「……それ、私の制服」

 「え?」


 風は、自分の服を見下ろして、きょとんと首をかしげる。


 「……うそ、ほんとに? わっ、リボンの色ちょっとちがう……!」

 「うん。あと、袖も長すぎ。スカートも……短すぎる」

 「わぁあ、ご、ごめん……ひなちゃんのと間違えたみたい……!」


 「……どこでどうやったら間違えるの」

 「だって昨日、ひなちゃんちに泊まったでしょ? 朝ばたばたしてて……」


 言い訳をしながら、風はくるっと回ってみせる。

 ぶかぶかの制服の中で、彼女の華奢な体が泳ぐように揺れる。


 「ひなちゃんの制服、なんか……においが落ち着く~♡」


 「……やめて」


 私はカバンを机に置きながら、顔をそむけた。

 でも、耳がじわっと熱くなっていくのを隠せない。


 「ほんとに、ごめんね?」

 「……もう、いいから。早く着替えてきて」


 「えー? 今日このままじゃダメ?」


 「ダメ」

 「えっ、どうして~?」

 「……他の人に見られたら、困る」


 「ひなちゃんが困るの?」

 「……うるさい」


 どんどん近づいてくる風を、私は真正面から見ることができなかった。



---


 休み時間。


 なんやかんやで制服を借りる時間もなかった風は、結局そのまま一日を過ごしていた。

 そして、案の定――教室は少しざわついていた。


 「今日の木漏日さん、雰囲気違うよね」

 「なんか、色っぽくない?」

 「制服ぶかぶかで萌える〜」


 ……言われてる。周囲の男子にも、女子にも。

 そして、その視線が、気になって仕方ない自分に気づいてしまった。


 「……イライラする」


 小さく、誰にも聞こえないように呟いた。



---


 放課後。


 人気のない廊下で、私は風の腕を引いた。


 「ちょ、ひなちゃん? どしたの〜?」


 「……制服、脱いで」


 「えっっっ!? え、今ここで!?」

 「違う、そういう意味じゃなくて。……貸した制服、返してって意味」

 「なーんだ♡」


 風はにこにこと笑って、顔を私の肩に近づけた。


 「でもさ。ひなちゃんの制服、あったかかったよ?」

 「……もう」

 「ひなちゃんに包まれてるみたいで、なんか……落ち着いた」


 「……そんなこと、さらっと言わないで」

 「え? うれしかった?」

 「……知らない」


 心臓がうるさすぎる。

 制服を通して、風の温度を感じた気がして、それだけで胸がいっぱいになる。


 私は制服の胸元のリボンに手を伸ばして、そっと結び直した。


 「……こういうのは、自分のだけにして」

 「えっ?」

 「風は……無自覚すぎる。だから、余計に危ない」


 「……じゃあ」

 風が小さく呟いた。


 「無自覚じゃなくなったら……ひなちゃんは、どうする?」


 「え?」


 「ひなちゃんのこと、ちゃんと“好き”ってわかったら……ダメ、なの?」


 風の声は震えていなかった。

 でも、その目は、まっすぐで――わたしの胸の奥を、つかまれたみたいだった。


 「……わかんない」

 「……そっか」


 風はふわっと笑った。いつもの笑顔。

 でもその奥に、何かが隠れている気がした。



---


 家に帰って、制服を抱きしめた。

 そこに残るのは、ほんのり甘い、風の匂い。


 「……どうしよう、これ」


 私はひとり、ベッドに倒れ込んで、

 制服ごと、顔を隠した。


 「好きって、言われたら……たぶん、私、壊れるかも」

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