家でいちばん君が反則!

 「おじゃましまーす!」


 元気よく靴を脱ぐ声が、廊下に響いた。

 そのあと、当然のようにスリッパを履いて、我が物顔で部屋に入っていく。


 「風……来るの、早い」

 「ひなちゃんと早く一緒にいたかったから♡」


 そう言ってベッドにダイブするこの子――木漏日 風は、うちに来るとき、なぜかやたらと馴染みすぎてる。


 「勝手にベッド入らないで」

 「だって今日はお泊まり会だよ? 一緒に寝るんだし~♡」

 「……どこにもそんな決まりはない」


 そう返しながらも、私はベッドに敷いたばかりのカバーを直すふりをして、風の体温に触れた痕を見つめてしまっていた。


 今日、うちに泊まるって聞いたとき、断らなかったのは――たぶん、私の方だって期待してたから。



---


 夜。


 パジャマ姿の風が隣で歯を磨きながら、にこにこと私を見ていた。


 「ひなちゃんのパジャマ、貸してくれてありがと~」

 「……似合ってる、とは言わない」

 「えっ、言っていいんだよ? すっごい似合ってるって」


 「……風、自分で自分褒めるの、好きだよね」

 「でもひなちゃんが貸してくれたって思うと、ちょっと特別に見えるもんっ」


 そう言って、鏡の前でくるっと回る。

 少し大きめのシャツが、彼女の太ももを隠しきれなくて――私は視線をずらした。


 「……ボタン、もう一個、留めて」

 「え~? ひなちゃんが見てるとこ、もっと見せたいんだけどなあ♡」


 「やめて。心臓止まる」



---


 電気を消すと、部屋がふわりと暗くなる。


 「ひなちゃんの部屋、夜も落ち着くね~」

 「風のせいで、まったく落ち着かない」


 「ひど~い。でも……」

 彼女はそっと、私の布団に潜り込んできた。


 「やっぱり、隣がひなちゃんだと、安心する」


 その言葉に、私は息をのんだ。

 今、ほんの数センチ横に風がいて、髪の匂いも、体温も、全部近い。


 「……風、ちょっと近い」

 「えっ、いや?」

 「いやじゃない、けど……」


 言いかけて、やめた。

 だってそれを言葉にしたら、もう戻れない気がしたから。


 布団の中、足がふれて、風が「ひゃっ」と笑う。

 私は慌てて足を引っ込めた。


 「ひなちゃん、やっぱり照れてるでしょ~」

 「してない」

 「……ほんとにしてないなら、ぎゅーってしていい?」


 「……それは、反則」


 「じゃあ、しない」

 「……しないの?」

 「え? してほしい?」


 「……していい。……ちょっとだけ」


 言った瞬間、風の腕が私の腰に回ってきた。

 柔らかくて、あたたかくて、ずっとそこにいてほしくて――


 私の中で、何かがほどけた気がした。



---


 深夜。


 隣から、穏やかな寝息。

 私は、眠れない。


 風の寝顔がすぐそこにあって、触れたら壊れてしまいそうなほど、きれいだった。


 「……風、ずるいよ」


 こんなにも近くにいるのに、心はまだ「届いてない」って思ってしまう。

 でももし、届いてしまったら、きっと私は……


 「風が、好きすぎて、困るんだよ」


 私はそっと、その頬に手を伸ばして――けれど、その先には触れずに、空中で止めた。



---


 朝。


 「おはよ~♡ ひなちゃん、昨日ぎゅーってしちゃったね~」

 「……寝ぼけて忘れてくれてればよかったのに」


 「え? 忘れるわけないじゃん。夢みたいに幸せだったもん♡」


 「……ほんと、風は、無敵」

 「えっ? どういう意味?」

 「……なんでもない」

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