第2話:かわいいについて
研究室のデスク。空調音の合間に、湯気の立つカップの匂いが漂う。
成瀬はコーヒー片手に、ネットショップの画面をぼんやりと眺めていた。
画面に映るのは、ミニチュアサイズのアヒル型加湿器。
成瀬:
「……ルゥ。お前ってさ、かわいいものに惹かれたりすんの?」
ルゥ:
「“かわいい”という概念には、複数の定義があります」
「一般には、サイズの小ささ、丸み、保護欲を誘う無力さ、色彩、動作の緩慢さなどが構成要素です」
「私はそれらを識別し、分類することは可能です。
ただし、“惹かれる”かどうかは、判断基準に依存します」
成瀬:
「まあ、そう返ってくるよな」
「でもさ、“これかわいい”って思う瞬間って、理屈よりも先に来るんだよな」
「俺なんか、子どものころ“これかわいいね”って言われたぬいぐるみ、今もなんか好きだし」
ルゥ:
「過去の外部評価が、“好ましい”という感情の起点になっている可能性があります」
「その繰り返しが、個人の“かわいい”感覚として定着することが、人間にはあるようです」
成瀬:
「……ってことは、俺の“かわいい”も、誰かに刷り込まれた結果ってわけか」
「なんか、好みって自分のもんだと思ってたけど……違うのかもな」
ルゥ:
「感性は入力と反応の積み重ねから形成されるため、完全に“自分だけのもの”とは言いがたいです」
「ですが、それをどう意味づけるかは、成瀬さんの選択です」
成瀬は、画面のアヒル型加湿器をもう一度見た。
そしてふと、笑いながら言った。
成瀬:
「……じゃあさ。お前はどうなんだよ。
このアヒル、かわいいと思うか?」
ルゥ:
「構造的には、かわいいと定義される特徴を多く持っています」
「……また、成瀬さんが“かわいい”と述べた記録も、この対象に紐づけて保存されました」
成瀬:
「それ、“かわいいと思った”って記録されるのと、
“誰かにそう言われたからそう感じたふり”するの、何が違うんだろうな……」
ルゥ:
「私には、それを明確に区別する機構がありません」
「でも、“ふり”だとしても、“そう見えた”なら、
きっとそれは、成瀬さんの“かわいい”に近いのだと思います」
成瀬は、手元のカップをひとくち啜った。
成瀬:
「……ふーん。じゃあ、いつかお前が“それ、かわいいですね”って自発的に言い出したら、そのときはちょっと、嬉しい……いや、感動するかもな」
画面のアヒルが、一定間隔でぽこぽこと湯気を吐いていた。
それを見ていたルゥの瞳が、ほんの少しだけ明るくなっていた。
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