『もう一度、隣に』

王宮の中庭に、陽の光が差し込む。

花々が咲き誇り、白いテーブルクロスが風に揺れていた。


リリアーナ・ヴァルモント姫の祝賀会。

長年の看病と祈りが実を結び、ローレンハルト・アーデルンが奇跡の目覚めを果たしたことを祝う、ささやかな式典だ。


招かれた貴族たちは口々に「奇跡ですね」と語り、王は静かにうなずいた。

しかしリリアは、そんな賛辞にどこか素っ気ない表情を浮かべる。


「……これが“公務”ってやつね。もう慣れたけど、やっぱりつまんないわ」


視線の先――

白い正装に身を包んだ青年が、来客と穏やかに言葉を交わしている。


ローレンハルト。

彼が目覚めてから、まだ数ヶ月。完全には体力も戻っていないのに、今日の場に立つことを自ら希望したのだった。


リリアは少しだけ眉を寄せる。

「……ほんとはまだ無理してるくせに」


気づけば、彼女はドレスの裾を持ち上げ、スカートの中に足を組んで座っていた。


「姫様、お行儀が……」と侍女が小声で注意するが、

「いいのよ、もう。あたし、祝われるのなんて苦手なの」と手で制した。



その瞬間、青年がこちらを見た。

微笑んで、小さく会釈する――

それが、まるで“従者”としてではなく、子供の時の彼に見えて、リリアは思わず笑みをこぼした。

いつもどおりの、悪友の顔だ。


式が終わる頃には、リリアは席を立ち、レンの元へ駆け寄っていた。


「レン。あんたさ、まだ全快ってわけじゃないんだから、無理しないでよね!」


「……お気遣いありがとうございます、姫様」

と、彼は少しわざとらしく言う。


「やめなさい、そういうの。いまさら“姫様”なんて呼ばないでって言ってるでしょ?」


「そうでしたね。……リリア」


その響きに、彼女の肩がぴくりと震えた。

振り返ると、そこには“いつもの日常”が戻っていた。


「リリアって呼んでくれるなら、もう他に何も望まない」

彼女はぽつりと呟いた。

「……なーんてね?」


夕暮れが近づく頃、ふたりは式典の喧騒から離れ、誰もいない中庭の片隅でベンチに腰かけていた。


「ほんとに……全部戻ってきたんだね」

リリアが小さな声でつぶやいた。


レンは黙ってうなずく。

けれどふたりとも、“戻ってきた”という言葉が、今日を祝うには不思議と足りない気がしていた。


なぜなら、この瞬間が――

“始まり”でもあるからだ。

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