『おてんば姫と見えない傷』

「お前さ、最近……顔色悪いよな?」


廊下ですれ違った厨房係の少年が、ちらりと視線を寄越す。

けれどレンは何も言わず、軽く笑って通り過ぎた。


「気のせいですよ」


それが嘘だと、本人もよくわかっている。


ここ最近、部屋の掃除道具が意図的に隠されたり、

備品の届け先がわざと間違えられたり。

廊下で肩がぶつかっても、誰も謝らない。


陰口だけならまだしも、

“怪我”になりかねない嫌がらせが、もう何度目かわからなかった。


だけど、リリアには言わなかった。

「どうせ、姫様には関係のないことですから」


そうやって、いつも通り振る舞う。




「ねぇ、レン」

リリアが中庭で呼びかけてきた。

今日は天気がよく、空には雲ひとつなかった。


「ちょっと暇? 一緒にケーキ食べようよ」


「……姫様、日課の礼法の復習が」


「いいの、いいの。たまにはサボりなさい。命令♡」


にっこり笑う彼女に、レンはふっと息を吐いた。


「……わかりました」


テーブルを挟んで座ると、リリアは満足そうに頷いた。


「最近、レンが難しい顔ばっかするからさー、ちょっと気になって」


「そうですか?」


「……うん。なんか、昔より遠い感じ。

ちょっとさみしいかも」


「……」


心が、少しだけ揺れた。

けれどその感情を見せるわけにはいかない。


「……姫様の気のせいです」


そう答えた瞬間、テーブルの脚がぐらりと傾いた。

一瞬、リリアがバランスを崩しかける。

反射的に手を伸ばしたレンの指先は、ほんの少しだけ震えていた。


「ごめんごめん、あたしのせいだね!椅子、ちゃんと見てなかった〜!」


「……お気をつけてください」



その日の夜、レンは自室で静かにシャツを脱いだ。

肩に、小さな青あざがいくつも残っている。


「……まだ、大丈夫だ」


誰に言うでもなく呟いたその声は、少しだけ震えていた。


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