『 おてんば姫と悪友レン』

大陸一の王国、ヴァルモント――

朝もまだ浅い頃、白亜の城の小さな窓がひっそりと開いた。

リリアーナはこっそりと外へ抜け出した。胸がドキドキして、自由の香りがした。


「もう、我慢できないの!」

彼女は小さな足で城壁の外へと駆け出した。


その先に、ぽつんと佇む少年がいた。

レンハルト、まだ6歳。人知れずここで暮らしていたが、誰にも知られていない存在だった。


リリアーナは元気よく声をかける。

「こんにちは!」


レンはびっくりした様子で少し照れながら答えた。

「……お、おう」


二人の間に、まだ名前も知らぬ静かな友情の芽が芽生えた。


こうして、二人の物語は静かに始まったのだった。




城の外の小道。朝の光が優しく二人を照らす。

リリアーナは顔を輝かせて、いたずらっぽく笑った。


「今日は絶対、昨日より奥まで行くんだから!」

彼女は草を踏みしめる音さえ楽しいかのように、軽い足取りで駆け出す。


レンハルトは少し遅れてついて行く。

「……また怒られるぞ。昨日だって庭師に見つかって、めちゃくちゃ追いかけられたろ」


「でもさー、あたしは今しか外に出れないのっ! チャンスを逃すわけにいかないでしょ?」

そう言ってリリアはふんっと胸を張る。


「お前、一応お姫様なんだろ……?」

「だからって、家に閉じ込められてばっかなんて、つまんないじゃん」


そう言いながら、リリアは草の中に飛び込むようにしゃがみ込んだ。

「ほら、見て見て! この虫、背中にハートみたいな模様ついてるよ」


「お前……本当に王女か?」

レンがあきれた声で言うと、リリアは振り返ってにかっと笑った。


「ねぇ、レンってさ。なんか…気が合う」

「気が合うかは知らんけど、よく一緒に怒られてんな」

「でしょ? ……なんか、そういうの、好き」


そのままふたりは城壁の隙間から抜け出し、小さな町の裏通りへと歩みを進めた。

焼きたての香ばしい匂いに、リリアの鼻がぴくりと動く。


「ねえレン、あそこ見て! パン屋さんだ!」

軒先に積まれた丸パン。焼きたての湯気が立ち上り、人々が列を作っていた。


「買うお金、ないよな」

「……ないけど、ちょっとくらい平気でしょ?」


言うが早いか、リリアは素早くパン籠の影に身を滑り込ませた。小さな手がのび、丸パンがひとつ、ふわりと宙へ。


「成功〜♪ ほらっ!」


路地裏に戻ってきたリリアが得意げにパンを掲げる。レンのお腹がぐぅ、と鳴った。


「……半分な」

「全部食べたら追いつかれるもん。いい作戦でしょ?」


――が、


「おい、そこのガキ!」


怒声とともにパン屋の男が飛び出してきた。


「わっ、逃げろー!」

ふたりは叫び、石畳を駆ける。路地を右へ左へ、追いかけっこは激しさを増す。


「左の階段! 蔦のとこから戻れる!」

「頼りになる〜! ねえ、もう“従者”名乗っていいんじゃない!?」


「絶対やだ!」


城壁の蔦をよじ登り、ふたりは息を切らしながら滑り込むように城の裏庭へ戻ってきた。誰にも見られていない。追手の気配もない。


「……心臓飛び出すかと思った」

「でも、ちょっと楽しかったでしょ?」


「……腹減っただけ」


レンが苦笑いしながらパンを差し出し、リリアがちぎって半分を返す。

口に入れると、小麦の甘さがじんわり広がっていった。


「レン、また明日も冒険しようよ」

「明日こそ捕まるぞ」

「じゃあ明後日!」


夕陽の差し込む城の影で、ふたりは笑い合う。


「毎日、何かが起きる気がするの。レンといると」

「……それはたぶん、お前が原因だ」


「ひっど〜い!」


木々の隙間からこぼれる陽射しと、くすくす笑い声。

二人の“おてんば”な日々は、こうして始まっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る