姫の勇者育成局〜伝説の武器を配置するの忘れちゃいました

@THEABAN

第1話

 朝の城下町を、鐘の音が澄んだ響きで包む。

 真っ白な城の塔に、王国の旗が風ではためいていた。


「リオ様、どうかお気をつけて!」


 姫、アリシア=ルクレールが、城門を出ていく勇者の背に声をかける。

 リオは振り返り、小さく手を振った。


「え、えぇぇ……行ってきますぅ……」


 その弱気な顔を見て、アリシアは小さくため息をつく。


(大丈夫。きっと立派な勇者様になるはず……)


 だが頭を離れないのは、国の大事業だった。


 ――勇者育成計画。

 王国では、各地の魔物たちが「育成計画案」を王国へ申請する。

 計画が承認されれば、王国から魔物たちへ莫大な補助金が支払われる仕組みだ。

 その内容は、伝説の武器の隠し場所から、ボス戦の演出、旅先のドラマまで多岐にわたる。

 王国は、それらを精査し「勇者が成長できるか」という視点で承認を決めるのだ。


「姫! 会議の時間です!」


 側近のフェリスが、分厚い書類を抱えて駆け寄った。


「ちょ、今、勇者様を見送ったばかりなのに!」


「第一会議室、全員お揃いです! トロル族のグルドさん、もう机叩いてます!」


「ひぃっ!」


 アリシアはドレスの裾をつまみ上げ、廊下を駆け出した。

 息を切らして、会議室の前で足を止める。

 大きく息を整え、思い切ってドアを開いた。


「お待たせしましたぁぁ!!」


 中は、熱気でむんむんしていた。


 机の向こうには、巨体を揺らすグルド・トロル(トロル族)。

 隣には、ゼリーのようにぷるぷる揺れるスラ・ヴェール(スライム族)。

 椅子の上で落ち着きなく尻尾を揺らすホロウ・コボルド(コボルド族)。

 そして、羽を広げて天井をかすめるヴァルド・レイカー(ワイバーン族)。


「おい姫ちゃんよ! 書類の修正、早く返してくれよ!」


 グルド・トロルが机をドンと叩いた。

 机の上の紙が、ふわっと舞い上がる。


「そんなこと言われましても、誤字脱字が二十箇所以上ありますから!」


 アリシアは書類を掲げ、涙目で反論する。

 グルド・トロルは鼻息荒く頭をかいた。


「ったくよ……現場は忙しいんだよ! 書類なんざどうだって――」


「どうだっていいわけないでしょう!」


 スラ・ヴェール(スライム族)が、ぬるりと身体を伸ばし、小声で囁く。


「姫様……このたびの補助金申請、昨年比五十パーセント増額でお願いできませんかぁ……?」


「高い!!」


 アリシアの一喝に、スラ・ヴェールはぷるんと震えた。


 ヴァルド・レイカー(ワイバーン族)が、翼をばさっと広げて机を見下ろす。


「勇者育成計画は国家の威信だ。我らの要望は優先されるべきだろう!」


「圧が強いんですよ、毎回!!」


 アリシアは泣きそうになりながらも、机を叩き返す。


 ――書類の山。飛び交う怒号。

 勇者育成局は、今日も騒がしい。


「絶対、私だけの理想の勇者様を育ててみせるんだから……!」


 アリシアは小さく、でも確かに胸に誓った。

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