母なる果実

ぴあの。

Page.1 果実の抱擁

誰にも言えない辛い心を、

誰ともなれない人と、分かち合う夜。


恋ではないけど、優しさはある。

性ではないけど、癒しはある。


これはそんなふたりの

静かで奇妙な物語――。






「いらっしゃい、久しぶりだね」


 玄関の戸を開けて、Tシャツ姿の柔らかい声の女が出迎えてくれる。


 よれたスーツ姿で、所々傷ついたビジネスバッグを持った男は、少し俯き気味にこくりと頷きながら、外の暗闇から明るい部屋の中へ静々と入っていった。


「少し散らかってるけど気にしないで」


 ぱたぱたとスリッパの音を響かせて部屋の奥へと向かう女をぼんやり眺めながら、慣れた手つきでがちゃりと玄関の鍵を締め、のっそりと家へ上がった。

 その様子に気づいた女が、ふと立ち止まって向き直る。


「今日は一段と、だねえ…。お疲れ様」


 玄関先のキッチンで、女はそう言いながら男に歩み寄った。そして、徐に腕を胸の前に広げてみせる。

 自らの豊かに実った二つの膨らみへと、彼を誘うように――。


 おいで?


 言葉は無かったはずなのに、男は確かにそう聞こえた気がした。そして突然、鞄をどさりと落とし、足早に彼女の豊満な胸に飛び込むと、すがるように顔を埋めてしまった。


「よしよし、頑張ったんだね」


 女はそっと腕を回して愛おしく髪をぽんぽんと撫でる。


 服の上からでもわかるその大きな膨らみの隙間は、どこまでも奥へと入り込めそうな程深く、夢中になって中まで進もうとしてしまう。が、それも布の張りによって限界が訪れる。


「直接…いい?」


 すがるような目で、いつものように彼女に懇願する。


「ふふ、いいよ」


 優しく微笑んでくれるその表情に、男は内心子供のように喜びはしゃいだが、疲労感でそれを表現する気力もなく、ほぼ無表情に彼女が事を進めやすいようにそっと身を引いた。


 女は「んっ」と小さな息を漏らしてTシャツを脱ぐ。くたびれたブラに包まれた白い肌が晒されると、汗の混じった彼女の匂いが、ふわりと空気を満たした。

 男は言葉もなく、その匂いごと、彼女の存在を全身で受け止めていた。


 布一枚に包まれている柔らかそうな豊かな膨らみ。その姿だけでも圧巻な程、存在感を主張している。

 背中のホックを自ら外すと、それまで張っていた膨らみが支えを失い、緩んだ下着の上に落ちて溢れそうになる。すかさず女はそれを片手で支えた。


  そのまま肩紐を外し、最後に支えていた手と共に下着をゆっくりと外すと――包み抑えるものから解放された、豊満で柔らかな二つの果実が、重力に従って静かに揺れながら、男の前に露わになった。


 若々しい肌の張りとは対照的に、その重たげな果実は真下へと引かれ、先端を囲う栗色の輪は、果実の豊かさをさらに強調させるように大きく広がっている。


「どうぞ?」


 女がしっとりとした声で誘う。


 彼の視線は、どこか夢を見ているようだった。まるで、美術館で一枚の絵画を前に佇む人のように――息を呑み、見入っていた。


 男は呼吸を整えると、そっと目の前の豊かな二つの膨らみに両手を伸ばし、その温もりに触れる。

 片手で到底収まらない程の大きさ――柔肌に指を沈ませると、ほのかに反発してくるのが心地よい感触だった。


 そのまま、谷間に顔を埋め、先ほどは叶わなかった深みへ、そっと踏み込んでいく。

 Tシャツを脱いだ時からほんのり感じていた匂いが、より一層男を刺激し、柔らかな感触と相まって天にも昇りそうな程、蕩けてしまっていた。


「よし、よし…」


 その様子を見ながら、再び女は彼の髪を優しく撫でた。そのやわらかい手つきでさえ、男を蕩けさせるのに十分な力を持っていた。


 両の掌で果実をそっと包み込み、時おり指をほどいては、また優しく抱き寄せる――温かい谷間の中でゆっくりと顔を左右に揺らし、甘い香りを探すように、鼻をすんすんと鳴らした。


 柔らかく、重たく、静かに受け入れてくれる体温に、男は言葉を忘れていた――ふと、谷間の中から顔を覗かせ、女に訴えかけるような視線を向ける。彼女は何かを察して、優しく顔を綻ばせながら、こくんと頷いた。

 先程まで無表情だったはずの男は、それを見て瞳だけが少年のようにぱあっと明るくなる。


「可愛い…」


 女は聞こえるか聞こえないかほどのか細い声で呟いた。

 彼の一つ一つの所作に、いやらしさは一切感じない。その清らかさがあるからこそ、こうして気兼ねなく素肌を晒せるのだと、女はしみじみと思った。


 男は顔を離して下に垂れている果実に向き直る。そして、両手でその豊かな膨らみをようやく持ち上げ先端の突起を前に向けて見せると、それをそっと口に含ませて覆い隠してしまった――。


「んっ…」


 思わず女は息を漏らした。


 彼は優しく、まるで出るはずのない乳をすするかのように吸い続けた。

 右の果実を一頻り味わうと今度は左へ、交互に何度も、湿った音を控えめに響かせながら――。


 最初こそ声を漏らしたが、彼があまりに優しく包んでくれるので愛おしさが込み上げ、きゅっと抱き寄せながらまた彼の髪を優しく撫でる。


「大きな赤ちゃんみたい…」


 しみじみと女が呟く。男にもそれは聞こえていたが、彼女からそう言われることに何も抵抗はなかった。


 そのまま味わい続けていると、口に含んだ先端はいつの間にかツンと硬くなっている。

 男はそれに気づくと、悪戯心からか、そっと舌先で転がし始めてしまった。


「あっ…ん」


 さすがにその刺激には我慢できず、悩ましい声を漏らす。それをわかっていて男も刺激するし、女も恥ずかしさはありつつも、いつものことだし仕方ないな、と何も言わずに受け入れていた。


 しばらくそれを続けているうち、男は無意識に――腰をくいくいと小刻みに動かし始めてしまう。それは本人も、ましてや女も気づいていた。

 しかし、それは飽くまで生理的な反応にすぎないことを、互いに理解していて、基本的に深くは追求しようとはしなかった。


 とはいえ、先程のこともある。女はそのお返しと言わんばかりに、悪戯っぽい表情を浮かべながら囁いた。


「おっきしてるね?」


 その言葉に、男は恥ずかしそうに視線を落としてしまう。


「ごめん…なさい」


 女はきゅんと胸を高鳴らせた。


「安心おっき?」

「…うん」

「よかった、たくさん安心してね」


 二人だけにわかる言葉を交わして、女は全てを受け入れるように、そっと彼を抱き寄せた。


 あたたかくて、柔らかくて、ちゃんとそこにある。ただ、それだけのことが、どうしようもなく嬉しかった。

 男は何も言わず、ただその果実に顔を寄せ、深く息を吸いながらそっと目を閉じる。


 触れているだけなのに、不思議と胸の奥がじんわりとほどけていく不思議な感覚。

 このまま何も言わず、しばらく――ただそっと、癒されていた。






「――ありがとう。元気になってきた」


 男はすっと身を引くと、恭しく頭を下げる。心なしか、俯き気味だった表情が晴れやかになっていた。

 それを見た女は満足気に微笑み、床に落ちていた下着を拾ってその豊かな膨らみを包んでいく。


「いえいえ。ご飯は食べたの?」

「得意先で食べてきた」

「そう、よかった。じゃあ最後に…はいっ」


 話しながらTシャツまで着終わった彼女は、最初よりもゆったりと腕を広げる。それは、言葉以上の合図だった。


 男はほんの一瞬だけ呼吸を整えると、迷いなく近づき、腕を回して彼女の柔肌をぎゅっと抱きしめた。女も、そっとその中に身を預ける。


 肌と肌の間に流れる熱が、ひとつに混ざり合っていく――そんな錯覚すら覚えるほどに、強く、それでいて優しい抱擁。


 静かに目を閉じると、互いの匂いが香る心地よい時が流れる。


 男は胸の中の彼女を労るように、髪をゆっくりと撫で続けた。

 その優しい感触に、女はそっと口元を緩ませているのだった。




 ――やがて、どちらともなく身を離すと、互いを見つめながら、ふっと顔を綻ばせる。


「またお仕事、頑張ってね」

「うん、そっちも」


 口付けは交わさない。それがいつの間にか出来た、二人の暗黙の了解だった。


 そのまま男は身を翻すと、床に落としたビジネスバッグを拾い上げて、きびきびとした動きで靴を履いて、玄関の戸に手をかける。


「今日も本当にありがとう。また、辛くなったら…」

「もちろん、いつでもおいで」

「うん。それじゃあ、またね」

「またね」


 手をひらひらと振って見送ってくれる彼女に、にこっと微笑みかけながら、彼はまた暗闇へと消えていった――。





 女は外に響く足音が聞こえなくなるまで佇んでいた。

 小さなため息をほんの一つだけつくと、清々しくうんと伸びをする。


「さーて、たくさん充電できたし。もう一仕事がんばりますか…!」


 さっきまでの心地よい静けさが、まだ体の中に残っている。この余韻があるから、また頑張れる――。


 よし、と奥の部屋へと入ると、同じラベルの茶色い小瓶がたくさん転がる机に座って、ノートパソコンと睨めっこを始めるのだった。

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