処女を奪われ捨てられた日に、彼は私に傘をさしてくれた

溝野重賀

その日、私は捨てられた

 浮かれていたのだと思う。

 高校生になって、人生初の彼氏が出来て、有頂天になっていた。


「悪ぃ、やっぱ別れない?」


「え」


 だから、予想だにしていなかった。

 処女を失ったその日に、別れを切り出されるなんて。

 私が固まっている中で、彼がべらべらと何かを言っていた。


「なんかさー、思ったのと違ったっていうか、あれ? これ違うなって思ったんだよね。やっぱ好きじゃなかったみたいでさー」


 衝撃に耐えられなかった。

 けど、不思議と涙が出なかったことを覚えている。

 彼は一通り喋った後、簡単にどっかに行った。


「じゃ、そういうわけだから今から友達ってことで! よろしく!」


 私が返す暇もなく、さっと駅の方へ消えていった。

 路地裏のラブホテルの前で一人残された。

 本当にあっという間の出来事だった。

 破瓜の痛みがまだ残る中、段々と私は現実を理解していった。


「ああ、私、フラれたんだ」


 言葉に出して、ようやく涙が出てきた。

 そして悲しみとか怒りとか、そんなのが入り交じりながら私はあてもなく歩き出した。



 どうして? 


 何がいけなかったの?


 色んな考えが脳裏に浮かんでは消えていく。

 人込みを避けて歩いていくうちに、見知った公園に辿り着いた。


「ここは……」


 駅から少し歩いたところにある小さい公園。

 こないだ演劇部の新入部員歓迎会で最後に花火をした場所だった。


 なんとなく、私は中に入っていった。

 人のいない公園が時間をつぶすのに丁度良かったのかもしれない。

 私はベンチに座って、ただ心が落ち着くのを待った。


 少ししたら、涙は枯れた。

 なのに心は一向に静まらず、激昂していく一方だった。

 ぐちゃぐちゃで、どす黒い何かが沸々と煮えたぎってくるような感覚。

 私の中で、何かが壊れようとしていた。


「弱り目に祟り目」


 気づくと、雨が降っていた。

 徐々に強くなる雨に打たれながら、私はベンチに座っていた。

 私は無抵抗に雨を感じる。

 目を瞑り、このまま溶けてしまいたいと願う。


 ざー。


 ざーー。


 ざーーー。


 しばらくして、私は違和感を覚えた。

 雨の音は強くなっているに体に雨が当たる感覚がなくなっていた。


 何故だろう? 

 私はゆっくりと目を開けると、目の前に人影があった。

 誰? という疑問と少しの恐怖を覚えながら目の焦点が徐々にあっていく。

 私はその人物に見覚えがあった。


「……樫田かしだ!?」


 同じ演劇部の男子、樫田秀明ひであきがこちらに傘を差して立っていた。

 驚いた私に対して、彼は困ったように笑った。


「あー、散歩してたら公園で雨に降れている人がいてさ。よく見たら知った顔で、さすがに見過ごせないじゃん? で、近づいても目瞑っているし、でもこのままはなーって思って傘だけ差してたんだが、迷惑だったか……?」


「いや、迷惑っていうか……」


 私は困惑しながらも、樫田を見た。

 すると、彼の肩が濡れていることに気づく。

 心の中で施させたかのような気分になって苛ついた。


「別に、大丈夫だからほっといて」


 八つ当たりだ。

 分かっていながらも私はそんな言葉しか出なかった。

 対して彼は、落ち着いた様子で私を見てきた。


「…………」


「…………」


 お互い無言でそのまま動かなかった。

 少しの沈黙の後、樫田がスマホを見てため息をついた。

 ああ、これで去るだろう。

 そう思っていると、樫田は予想外の行動をし始めた。


「ちょ、何しているの!?」


 彼は傘をたたみ、私の横に座った。

 驚く私をよそに彼は笑いかけてきた。


「はは、雨に濡れんのも悪くないな」


「何言って……」


「なんか辛いことがあったんだろ?」


「……」


 そりゃそうだ。雨の中濡れていたら誰だって何かあったと気づく。

 樫田は黙っている私に話を続ける。


「ま、言いたくなかったら言わなくていいし、邪魔だったら邪魔って言ってくれ。今日のことは見なかったことにするから…………ただもし、もし辛いんだったら、悲しいんだったら横にいさせてくれないか?」


 彼は私を見て、なぜかお願いをした。

 何で? お願いするのはきっと私の方なのに。

 私が小さく頷くと、彼は「良かった」と呟いた。

 そのまま、二人して黙って雨に濡れた。

 降りしきる雨が徐々に強くなっていっても私たちがここから動くことはなかった。


 私は嬉しかった。

 彼の言葉が、彼の行動が、彼の優しさが。

 ぐちゃぐちゃになった私の心を、そっと元通りに治してくれた。


 私はもう一度泣いた。

 今度は引きった様な声を上げ、わんわん泣いた。

 彼はその間も、ただ黙って私のそばにいてくれた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

処女を奪われ捨てられた日に、彼は私に傘をさしてくれた 溝野重賀 @mizono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画