後編

時計の針は既に午後10時を回っていた。

どこを見渡してもコンクリートに囲まれた部屋の机で男はうなだれていた。

「あと2時間」

男はそう絞り出す。

もう声も出ないほどに男はやせ細り、疲弊していた。

先ほど食べたとも言えない鳥の餌がまだ胃の中で気持ち悪く残っている。

トイレに立って吐き出しに行く気力も残っていない。

それにここまでやつれた足腰で、ふらふらしてたらまた脛に角材が飛んでくる。

そもそも挙手をするという動作すらおそらくできないだろう。


あの廃道を探索した日から1週間が経過していた。

男は鎖上のもので椅子に縛り付けられ、腕以外の身動きを封じられ、ただひたすら執筆作業を続けていた。

いや続けさせられていた。


ここへ監禁している奴はAで間違いないだろう。

Aの気配はないが、どこかから監視している。

トイレ休憩のときと食事を運んでくるときだけ、Aは現れる。

どうやら男の真後ろに出入口があるらしい。体を椅子に縛られているため、さすがに真後ろまでは視界が届かない。

どうやらAはそこから近づいてきて、アイマスクを被せて、自らの姿を見せないようにしている。

Aの目的なんて知れている。

執筆活動の苦しさと美しさを体感させるためだ。そしてその崇高な行為を奪い去ったという事実を憎きメディア関係者に噛みしめさせるためだ。


「もう諦めよう」

か細く、擦り切れる様な声で絞り出す。

書いているフリはするが、もう思考は回っていない。

男は残りの2時間をそのように過ごすことに決めようとした。


だが、まどろむ意識の中でふと男は考えた。

Aはメディア関係者へ恨みを持っている。

だとすれば、その恨みが晴らされるような情報を出せばAは満足するのではないか。

男は長年のジャーナリスト人生に感謝を告げた。そういった類の情報なら表に出していないだけで腐るほど持っている。

ノンフィクションでいくらでも書いてやろう。

骨のようにしわがれた腕に力がみなぎる。男の眼光は鋭く光っていた。


チックタック


時計の針が午後11時55分を指していた。

男はメディア関係者の悪事を次々と書き記していた。

最後の力を振り絞ったせいで、もう体力も気力もゼロだ。

これでダメなら潔くこの人生を降りてやろう。


遠のく意識の中、鉄製の重々しい扉が持ち上がる鈍い音と、軽やかな小鳥の鳴き声が聞こえてきた。



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