第8話

 夏休みになると帰宅許可が下ろされたが、帰る家のない私とサリーはそれぞれに部屋で宿題をしていた。と、そこで来客を告げるブザーが鳴らされ、はて何事じゃとドアを開けると。


 そこにいたのは、サリーのご両親と弟だった。

 家を焼く前に逃がされていたらしい。

 死体は身元不明の物を適当に使って用意したと。

 今までは別の地方で暮らしていたと。


 そしてその奥に。

 私の両親もいた。

 二人とも肌艶は良いようだった。

 二人も、今までは別の地方に住んでいたらしい。


 ああ――なんてご褒美だろうな、まったく。

 私はわんわん泣きながら二人にしがみ付いた。

 サリーもそうした。


「ごめんねさくり……あの時はお金に目が眩んで、あなたを売り飛ばすマネなんてして。ごめんなさい。五年間ずっと反省していたの。どうしてあなたを『戦闘力』で判断する人たちに任せちゃったんだろうって」

「ッ、今の私はたたらだよ、お母さん」

「さくり?」

「葉月たたら。今の名前。それと、お母さんたちとは一杯一緒に居たいけれど、これ以降は今まで暮らしていたところから出ないで欲しい。私の事は忘れて欲しい」

「さくり!」

「私の手ももう綺麗なもんじゃないんだよ、お母さん」


 そう、狭庭とかの血で。


 あいつ今頃どうしてるんだろ。家族とハワイでも行ってんのかな。終業式では相変わらず何も考えてなさそうだったけれど、今まで自分を詰っていた家族と急に距離が縮まって悩んだりしていないだろうか。今の私のように。私はへらっと笑って、お母さんの腕の中にしがみ付いた。懐かしい柔軟剤の匂い。ほっとする、それだけでもう良い。


「私もさくりと、たたらと同じ意見よ。万が一ローカル・コンバットで弟まで目を付けられることになったら堪らない。私の事は忘れて、三人で暮らして。いい、ローカルコンバットではなるべく早くアウトになるのよ。じゃなきゃお姉ちゃんみたいにされちゃうからね」

「お姉ちゃんみたいってどんな?」

「勉強沢山させられて、他国に売り払われるってこと。そんなのは嫌でしょう?」

「嫌だけど、お姉ちゃんともう会えないのだって嫌だよ……うええぇえ」

「泣かないの。もう十一歳でしょう? お姉ちゃんはその年で、政府に目を付けられてしまったのよ。だからあなたは絶対、ローカル・コンバットで目立ったり勝とうとしたりしちゃダメ。良いわね?」

「うえぇえぇぇ」


「――お母さんたちも、まだまだ若いんだから、新しい子供作って育てなよ。私に遠慮しないで、私と関係ない子供を産み育てて。どうせ正式にもう縁は切れてるんだと思うから。違う名前にさせられないように、今度はお淑やかな子を作ると良いよ。ローカル・コンバットに夢中になる子供なんかじゃなくてさ」

「さくり……」

「たたらだってば。『おばさん』」

「ッ」

「親戚みたいなものだけど、限りなく遠い。そんな風に思ってくれればいい。思い合えていれば家族だ。今までは思えていなかったけれど、これからはそうするよ。それだけで十分なんだ。だから私の事はもう――忘れて。『おじさん』『おばさん』」

「さくりッ」

「たたら」

「いいや、お前はいつまでも私たちのさくりだよ。私たちはいつだって、お前の帰ってくる場所だよ」


 あー……。

 海外逃亡とか、亡命とか、出来ないじゃん。本当の家族は生きてましたーなんて言われたら。あの時の言葉を斎原くんが上に上げたのかな? 狭庭とのローカル・コンバットの時の言葉。海外逃亡しても良いとか言った気がする。だから? だからこんな風に、家族を出してきた?

 だったら大失敗だな。親のいる国を守らないわけがないじゃないか。家族のいる場所を守らない訳には行かないじゃないか。兵隊に、ならざるを得ない。昔の人はこういう気持ちで戦地に向かったのだろうか。表向きには国のため。本当の所は家族のため。そしていつか永遠に時を止める。家族を守る、その為に。


 今の私たちは瑠刕菜ちゃんと言う仮想自国を守っているだけだ、それがそれだけにならなくなったら。私の家族がどんどん広がって行ったら。この国を、家族を、守らないわけにはいかなくなる。強い絆で結ばれてしまったら、そうせざるを得なくなる。


 廊下の陰には黒いオジサン。こんな季節にそんな格好してたら余計目立つと思うのに、笑えない。お母さんを突き放して、お父さんも突き放す。サリーも弟を、父母を、そうする。

 ちょっと特殊だけど、まあ自衛官みたいなものだ、私たちは。特殊すぎて外部から観測されちゃいけない。それがたとえ両親だとしても。家族だとしても。いつかこの国がどうにかなってしまう時まで、私たちは潜伏していなくてはならない。何もないまま退役になったらその時には帰っても良いだろうか。そんな事は分からない。


 私たちに帰る場所があるとすればこの家族の中だ。でももっとも遠ざけておきたいのも、この家族の中だ。居たいけれど居られない。いつかローカルでないコンバットに巻き込まれた時、人質になるのは家族だから。今だってそのために連れて来られたんだろうから、これ以上の迷惑は掛けられない。


「――素晴らしい」


 ぱちぱち手を叩きながら、現れるオジサン。


「家族を目の前にしてなお国の安全を優先できる。まったく良いお子さんをお持ちだ、お二組とも。これで我が国は万全の態勢で永世中立を貫いて行けるでしょう。武装、と付くのは永世中立国の義務のようなものだ。戦わずに平和は得られない。この子たちは十六歳にしてそれを分かっている。素晴らしいことですよ。誇って良い。ローカル・コンバットはこうして国の戦力を拡大して行ける、素晴らしい事業だ」

「だけどそれに見合う子供は一年に四・五人も出れば良い方なんでしょう?」

「…………」

「対立側の組織にしてもそう。そうそう見つかる逸材はいない。能ある鷹は爪を隠すんだよ、オジサン。私たちは奢って失敗した。失敗作だ。本当に優れていたのは、最小限の動きで最大限の効果を発揮した狭庭みたいなやつだ。私たちは目立ちすぎた。本当なら捨てられても良いはずだった」

「…………」

「だけど予想外に成績が良かった。だから生かされてるだけ。それを思い知らせるために、両親まで用意した。本当は生きてたんだと、だからこの国を守る意思をより強固にしろと、そう言っている」

「さくり、」

「たたらだってば。もうない名前を今更引っ張り出してきてまで――この国は、危険になりつつある。そうですね?」


 私の言葉にオジサンは肯定も否定もしない。


「世界中が敵対しつつある。この国だって例外ではあり得ない。だから『武装』永世中立に切り替えた。だけどこんな島国、落とそうと思えばすぐ落とせる。百年前みたいに」

「だから私たちを、学徒動員を急がせている。でもオジサン、私たちは戦うかもしれないけれどそれは国の為ではないの。家族の為なの。もういないかもしれない、家族のため」

「柔軟剤の匂いまで再現するとは思わなかったけれどね。廃番になって久しいんだよ、うちが使ってた柔軟剤。だからこの人たちは多分、私の両親じゃない」

「ッ」

「私の両親も、弟も、多分別人。六歳の頃の記憶が、泣くほど鮮明に残っているものですか。舐めないで欲しいものですよ、オジサン」

「ち、違う! 僕は本当にお姉ちゃんの、」

「うちの弟はね、私の事呼び捨てにしてたのよ。お母さんたちの真似っ子でね。だからあなたは多分私の弟じゃない」

「狭庭んちの家族だって怪しいもんだと思ってるけど、それを言ったらあいつが泣いちゃうだろうから止めとこうか」

「そうね。それが良いわ。でも」


 私たちはにっこり笑う。作り笑顔で。瑠刕菜ちゃんになら一発で見抜かれるだろうそれで。


「嘘でも会えて嬉しかったよ」

「私も。それじゃあね、皆さん」


 ばたん、とドアを閉じて鍵を掛ける。そのまま私たちはしゃがみ込んで、泣き出した。一瞬でも信じた自分が悔しかったのもある。そんな人たちでも守りたいと思ってしまった自分がいるのだって悔しい。ばかにされてる。こけにされている。だけど一緒にいられた気がして嬉しかった。お手軽な子供たちなんだろう、私たちは。結局のところ、簡単に操れる駒でしかない。


 分かってるのに出るのは嬉し涙なんだから、本当、お手軽だよなあ、子供なんて。

 十六歳の子供なんて、簡単に手玉に取ることが出来るよなあ。

 ローカル・コンバットは十歳から十五歳までが出場枠。国の言いなりにするには丁度良い思春期だ。思想に擦り込んでしまえば、あとは何も怖くない。恐れることのない兵士の出来上がりだ。

 いつかこの国がどうにかなってしまう前に、私も気を付けなくてはなるまい。フローリングの床にぽたぽた涙を流しながら、私はサリーの肩を握る。サリーも同じようにする。私たちは。


 いつか成りあがって、こんなゲームなくしてやる。

 ローカル・コンバットなんて、ゲームの皮を被った徴兵制度、なくしてやる。

 それまでは大人しくして置いてやろう。瑠刕菜ちゃんや更紗ちゃんが可愛いのは事実だから。狭庭の事は。どうかな。まだ分かんないけど、あんな情熱的な告白されたことは、斎原くんだって内緒にしててくれてるだろう。多分。

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ローカル・コンバット! ぜろ @illness24

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