第7話
サリーと違って実働部隊の私は制服の下に防弾チョッキを付けていた。だから多少の被弾は覚悟の上だった。それにしても正確な射撃で心臓狙って来ようとするな。明確な殺意だと思うんだけど、これってどーなのよ。後で上に抗議してやろ。思いながら私はごろごろ転がって被弾を避けつつ適当な机を横にして当座の壁にする。弾は二十二発ずつの四十四発。相手は分からないけれどオートマだったから、やっぱり弾は五十発近いと見て良いだろう。今は私が隠れたから撃たないだけ。弾の無駄は出来ない。
警戒心だらけだ。しかも私が撃つと下手をすれば窓辺にいる瑠刕菜ちゃんや更紗ちゃんに当たる可能性もある。それも考慮しての、布陣。私に味方はいない。敵は幸い一人だけど、人質が二人って言うのはまずい状況だろう。
ひゅっと携帯端末を投げると、そこに向かってたんたんたんと打つ音がする。逆から身体を出した私は、狭庭の下腹を狙った。簡単に言えば金的だ。さすがにファールカップは付けていまい、だけど弾は外れて窓に当たる。二重サッシの窓の一枚が割れた。外には落ちない。でも窓を後ろに取られてるのは面倒だな、と改めて思う。
「あはは! やっぱ鈩場だわ! あの時の俺と同じことしてら! なあもういい加減認めちまえよ、自分は鈩場さくりだって――五年前に姿を消した、鈩場さくりだって! そこで倒れてるのは去井都留子だって、認めちまえ!」
「認めたらどーする、ってのよ! 私の卒業試験に協力してくれるの? そんなわけないわよね、家族の自由が掛かってるんだから!」
「そうだよどうもしない。ただ俺は、俺が狭庭英敏だって覚えてる奴に会いたいだけなんだろうな。お前は違ったか? 鈩場。自分が鈩場さくりだって覚えてる奴に、会いたくなかったのかよ!」
「会いたくなかったわよ!」
怒鳴ると一瞬の静寂が生まれる。 その隙に私は狭庭の心臓を撃った。やっぱり防弾チョッキを着ているらしく、何の反応もない。
「なんとなく適当に、流されるまま生きてやろうと思ってた! なんなら国外逃亡すら考えた! それぐらい、『鈩場さくり』を覚えてる奴になんて会いたくなかった!」
「なんで――なんでだよ!」
たんたんたんたんたん、机を押してくる銃撃。それに合わせてじりじりと私は前進していく。動いてる、だけどどっちにかは分からないように。
「『鈩場さくり』は死んだのよ! 殺されたのよ、あの日のローカル・コンバットで! サリーも私も殺された! それで納得していたはずだった! 葉月たたらとしてのこの一カ月は悪くなかったわよ! あんたさえ現れなければもっと楽しかった!」
「ッ」
「死人の名前で私を呼ぶあんたさえいなければ! 私はもっと自由になれたのに! なんであんたは私の写真まで持って――五年も経つのに、そんなものまで持って!」
ぼろぼろと私は泣いていた。鼻水も出していた。ローカル・コンバット。本当、こんな狭い教室の中なんて。ローカルすぎる。市町村単位で兵を集めるなんて、気が長すぎる。そんなものに引っ掛かってしまった自分と狭庭があんまりにも可哀想で、私は泣いていた。
「ッ好きだったからに決まってんだろ!」
だだだただだだ、と狭庭は連射してくる。やっぱりマシンガンの頃の癖が抜けてない。とにかく相手を掃討する、その為の道具にしか思ってない。拳銃を。
だけどね、拳銃ってのはもっとデリケートなものなのよ。
好きだったなんて戯言に今更心が響くほど、私だって子供じゃないわ。
「お前が好きで! 鈩場さくりが好きで! その最後の写真だったから持ってたに決まってるだろ! 解像度が下がって来ても、持ち歩いてた理由がそれじゃ不満だってのかよ! 鈩場!」
「だから私は――葉月たたらだって言ってんでしょ!?」
左手の拳銃を机の脇から出して、適当に打つ。うっ、と呻いたところから、腕かどこかに当たったんだろう。かしゃんっと音がして、銃が落ちる。もう片方の銃口には、上から出した銃を向けていた。そして撃つと、すぽんっと吸い込まれるように私のPPKの弾丸は狭庭の銃口に入って行く。途端、それは暴発した。
二丁拳銃だからって、拳銃が二丁同時に扱えるだけじゃない。一丁一丁の精度を上げて行くのが、私の習った戦い方だ。無駄弾を打たず、相手の手を封じる。文字通りに、暴発した拳銃にそれは封じられた。
そうして私は、机の盾から離れ、狭庭の頭に銃口を向ける。
「The game is over.」
「……そうだな」
「言い残すことは?」
「これが所詮ゲームだってことだよ」
たぁん、っと背中に銃撃を受ける。
え? と思って振り向くと、にぃっと笑ったサリーがいた。
ああ、あの時と同じか。
つまり私はやっぱりサリーを信用しすぎていたってことなんだろう。
面倒くせえなあ、この世の中。
サリーがリボルバーを回すより前に、私はその頭を両手から一発ずつ、二発の銃弾で撃ち抜いていた。
さすがに脳震盪を起こしたのだろうサリーは、その場に倒れた。
「……斎原くん。その辺にいるよね」
すぅっと姿を現すのは、背の高い目つきの悪い男子。神は灰色、もしかしたら白髪。お嬢様のボディガード兼、許嫁。そして多分このゲームの、裁定者。
私は狭庭の頭を二発撃つ。やっぱり脳震盪を起こしたようで、がくりとガラスに凭れかかった。でもその顔はどこか満足そうで、それがちょっとイラついた。こっちは気分最悪だ。五年前と同じ裏切りが待っているなんて、本当、聞いてない。
「私はこのゲームに勝利した。オーケー?」
「オーケーだ。俺が認めた」
「じゃあ私は、瑠刕菜ちゃんのボディーガードとして認められたってことね?」
「その通りだ」
「でもハワイには行かないわよ」
「そっちは俺が行くから問題ない。これからも同性の友人として、瑠刕菜を頼む。鈩場。否、葉月」
「あの顔の薄い総帥はどこまで知ってるの?」
「何もかも」
「狭庭が別組織じゃなく、私たちと同じ組織で別々に訓練を受けたことも?」
「! ……よく気付いたな」
「まあ、ローカル・コンバット経験者としては、組織は一つだったことを願いたいって言うのもあるけれどね」
「その通りだ。お前達は別々の訓練を受け、今日戦うために作られた、兵士だ」
「……言ってくれる」
「だが嘘が聞きたいわけでもないだろう。問えば何でも真実を話すぞ」
「ローカル・コンバットは元々自衛官の引き抜きゲームだった」
「そうだ」
「それをもっと民間に開放し、スパイや暗殺者を育てることにしたのは多分国の方で、宇都宮家は関わっていない」
「……そうだ」
「だからこそそのツケとして、瑠刕菜ちゃんを守れる兵士を所望した」
「…………」
「それが私だった」
「そうだ」
「あーもう、嫌になっちゃうわね。五年前からこうなることは結局決まってたようなもんなんでしょう? だったら手榴弾やロケラン、マシンガンも配布してくれればことはもっと早く終わったのに。私ロケランの実技A判定よ? そこらの隙間からドン! の一発で終わらせられたって言うのに」
「あくまで一般ケースの裁定だからな。瑠刕菜は昔から、生まれの所為でよく誘拐犯に好かれていた」
てけてけ歩き出した斎原くんは、窓辺に眠る瑠刕菜ちゃんの前髪を上げさせてさらさらっと落とした。
愛しく親しいその仕種は、優しい。
「その度に俺が取り返して来たんだが、最近の連中はサーモカメラを使うようになったからな。俺の能力では守り切れなくなっていた」
「だからこそ、特級のソルジャーを望んだ?」
「そうだ。学内で瑠刕菜を守るために、必要な」
「そう言う取引を、国とした」
「瑠刕菜の親父がな」
「そして私たちは送りこまれた。敵役、裏切者役、救助役として」
「ああ」
「狭庭との再会は――あなたたちが仕組んだこと?」
「いや。それはまったくの偶然だ。五年も経つのに顔を覚えてなどいるものかと侮っていたが、存外そいつの恋心は強かったらしいぞ」
「恋心って、ねえ」
それを利用したのは計算のうちだったのだろうか。まあ良い。みんなが目を覚ます前に、教室を片付けなくちゃ。斎原くん、と私は声を掛けて、振り向く彼の灰色の髪を見る。
「斎原くんが知ってて今回の作戦が立案されたと知ったら瑠刕菜ちゃんは傷付くだろうから、それはばれないようにね」
「……分かった。助言、痛み入る。俺もこいつを傷付けたくて立てた作戦ではない」
「じゃ、私は更紗ちゃん運ぶから、斎原くんは瑠刕菜ちゃん運んでね。狭庭は……まあ良いか。捨て置こう。割れたガラスと一緒に」
同級生の身体を軽く感じるのは自分の腕力の所為なのか、それは分からない。二丁の拳銃を両脚に戻して、私はすっかりひと気のなくなった始業チャイムがいつの間にか鳴ったらしい廊下に出た。二人を席に戻し、眠っていた風を装う。と、落ちていたカツサンドを見付けた。危ない危ない、私のカロリー。
「そう言えば寮のきんぴらごぼうに下剤入れたのって」
「俺だ」
「でしょーね、透明人間さん。後で謝罪の手紙を匿名で出すように。これで食堂使えなくなったら恨むよ。レーションで五年過ごしてきた身としては」
「またレーションで過ごせば良いじゃないか。各軍のレーションを手配するぞ、何なら。お国柄が出てて面白い」
「それはそれですごく魅力的だけど、あったかいご飯が食べたいの、こちとらは。って言うか五年経っても裏切者役やってくれちゃったサリーと一緒に三年間寮で暮らすのつらー!」
「今回のようなことはもうしない。次があったらそれは本番だ。俺も手を貸す」
そりゃ、とっても魅力的ですこと。
ケッと笑いながら、私は顔を上げる。
「狭庭の家族はどうなるの?」
「もう拘束期間は十分だろうからな、組織で働いてもらうことになると思う」
「そっか。じゃあちょっとは狭庭も心が晴れるね」
「心配していたのか? お前を狙った相手だぞ」
「いーのよ別に。狙われるような生活してる自覚はあるもの」
「……次は実弾に襲われることになるかもしれなくても?」
「それでも――」
私は目を伏せる。
「この状況を覆せる力が自分にないことは、知ってるからね――」
その日の放課後は、リムジンを途中で降りて美容室に向かった。
ばっさり切った髪は、あの頃よりずっと短い。
縛れないほど短く。そうすれば狭庭は私を忘れるだろう、鈩場さくりを忘れるだろう。思い出はなくなって、行くだろう。
それが良いのだ。あいつがスカウトされた理由だって私と組んでいたからだろうし、それならいっそのことそんな奴の事は忘れてしまえば良い。その方が良いに決まってる。サリーを撃ったことも評価されたんだろうけれど、多分サリーは他国に情報士官として出向させスパイに使うつもりだったのだろう。それだけの裏切りが出来るという大義名分も立った。万々歳だろう。私以外は。
寮に帰ると額に絆創膏を貼ったサリーに迎えられる。ちなみに最初に付いていた擦り傷は、どうやら一発目を食らった時にコケて付いたものだったらしい。何とも間抜けな相棒だが、それでも相棒は相棒だ。と、きゃーっと小さく悲鳴を上げて見せる相棒である。
「すっごい短くしちゃったのね、ベリーショートじゃない殆ど! ボーイッシュだし夏は涼しそうだけど、変に他人の印象に残っちゃうんじゃないの? 始めは長かったんだから」
「別に最初の一か月の事なんて誰も覚えてないでしょーよ。それよりサリー、脳震盪を一日二回経験した気分は?」
「まだくらくらするわ。って言うか自分の教室帰って狭庭くんと私放置ってどうなのよ。せめて保健室連れてってよ。あと窓の事も斎原くんが報告してくれなかったら謎のままだったのよ」
「やだねーサリーは重い」
「重くない! 私は全然重くない、標準体重! 自分と比べないでよ、二丁拳銃のあんたの方が筋肉付くの当り前じゃない!」
「筋肉って脂肪より重いらしいぜ?」
「きぃぃぃぃぃぃぃ! 憎いわその細い見た目が!」
けらけら笑いながら、私はシャワーを浴びる、まだ小さい毛がチクチクしているようで気持ち悪いのだ。制服も掃除機掛けておこう、思いながらすかっすかっと抜ける自分の髪の短さに改めて驚いてみたりする。おお。これがショートカットと言うものか。確かに時短で近道だ。ドライヤーもいらない。
さっさと出て来ると、早ッとサリーに驚かれる。今までどれだけ髪に時間を掛けていたのか思い知る次第だ。タオルドライでほとんど乾いた髪、サリーは上に上げる報告書を書いているらしい。そう言うのはいつもサリー任せだ。私は理系なので。そう言う作文とかは苦手なので。
「ふむ。こんな所で良いと思う? たたら」
「どれ」
一応添削はするけれどさ。ここであんたが倒れてたのは書かなくて良いの? 脳震盪起こして。とか、詳しいことは斎原凌に訊け、って書いといた方が良いよ、とか。
斎原くんは今日は姿を現してリムジンに乗ってくれた。いつもこうだぞ、と言われて、乙女トークが今更できなくなったりして。いや運転手がそもそも総帥なんだっけ、と開き直って最近のお気に入りのナプキンの話をすると真っ赤になるんだから、可愛いものだった。
更紗ちゃんは目を覚ますより先に便意が来たらしく、カッと目を開けて廊下をダッシュでトイレに行き、人事不詳にはならなかったようだ。良かったと思う。高校生で後ろを漏らすのは流石に可哀想だろう。そう言う意味でも斎原くんは今後攻めて行きたい存在だ。
結局何事もなかったかのように目を覚ました瑠刕菜ちゃんは、お弁当を食べそびれたらしい。それも勿論、斎原くんの所為だよ、とチクっておいた。車の中で早食いになっていたのは、お母さんお手製だから残して悲しい顔をさせたくないかららしい。良い子だ。こんな良い子のボディガード引き受けて大丈夫か自分、とも思う。
狭庭は手が全治一カ月だそうだ。左手だったから問題はあるまい。血は結構派手だったけれどそれだけで、骨にも異常はないらしい。そして今頃家族と新しい家に住んでいるだろう。五年ぶりの家族団らんをしていてくれれば良い。ローカル・コンバットの時間は終わったのだ。スパイや暗殺に出されることはあろうとも、理由もなく同志と戦わされることはない。
いつか日本が戦争に巻き込まれた時に、役に立つ私たちであればいい。それがローカル・コンバットの大義名分なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます