第7話




「あら、エレノア様。ようこそいらっしゃいましたわ。こちらにいらっしゃって。」


「ソフィーナ様。本日はお招きくださりありがとうございます。」


 ジュドー様がオールフォーワン侯爵家にいらした翌日に、私とおなじ皇太子妃候補のひとりであるソフィーナ・ランゲスト侯爵令嬢からお茶会の招待状が届いた。

 正直ソフィーナ様とは交流がなかったため、突然のお茶会への招待状に驚いた。

 だが、正当な理由もなくお断りするのも失礼にあたるため、お茶会への招待に応じて、こうしてランゲスト侯爵家に一人やってきた。

 案内されたのはソフィーナ様が花を育てているという温室だ。

 色とりどりの鮮やかな花々が咲き乱れる先に、ティースペースが用意されていた。

 ソフィーナ様は椅子から立ち上がると私を席に案内した。

 私はソフィーナ様に招待していただいたお礼を告げて、椅子に座った。

 

「今日は、アニス様にもお声がけしておりますの。もうすぐいらっしゃると思いますわ。」


 アニス様というのは、オールラウンド侯爵家の令嬢であり、同じく皇太子妃候補の一人である。

 私はアニス様とも交流がないので人となりはよくわからない。

 

「本日は皇太子妃候補同士ゆっくりと交流を深めたいと思ったから声をかけさせてもらったわ。来てくださってありがとうございます。エレノア様。」


 ソフィーナ様はそう言って柔らかな笑みを浮かべた。

 ソフィーナ様は雪のように白い肌に、色素の薄い金髪が特徴的だ。まるで、雪の精のように溶けてしまいそうな儚げな雰囲気を持っている。

 

「すまない。待たせたかい?」


 私が到着してから10分ほど経った頃に、スラっとした高身長のエキゾチックな女性がやってきた。

 どうやら、この女性がアニス様のようだ。

 

「お初にお目にかかります。エレノア・オールフォーワンと申します。」


「ああ。私はアニス・オールラウンドだ。以後よろしく。」


 アニス様は鋭い視線と共に簡単な自己紹介をするとすぐに席についた。

 

「アニス様とはお久しぶりですわね。先日はお茶会に呼んでくださりありがとうございました。」


「お茶会のおりにソフィーナ様からいただいた異国の茶葉は実に芳醇な味わいで両親もとても気に入っていたよ。改めてお礼を言う。ありがとう。」


「まあ、いいのですわ。とても美味しいお茶だったからぜひアニス様にも味わっていただきたくて贈らせていただいたものです。お気に召してくださったようでありがとうございます。


「ソフィーナ様が選ぶ品々はいつもはずれがない。異国の品を選ぶのは大変だろうに。」


「そんなことありませんわ。異国の品を取り寄せるのは、私の趣味の一つですもの。私が好ましく思った物を気に入ってくださるのが私にとってはなによりも嬉しいものです。」


「そう言ってくれるとありがたい。今度隣国のアップルペーに旅行に行くことになったんだ。ソフィーナ様が気に入りそうな品をお土産として買ってくると約束しよう。」


「まあ。ありがとうございます。アップルペーはリンゴの産地でしたわよね。私はアップルペーには行ったことがなくて。外国に頻繁に視察に行かれるアニス様のことがとても羨ましいわ。」


「視察なんてとんでもない。私はただ遊びに行っているだけだよ。ソフィーナ様こそ、外国に行ったことがないと言っているが、私よりも各国のことを良く知っている。その知識量と知識欲には完敗だよ。」


「ふふふ。異国の商人と情報交換をしているのよ。商人はあちこちを旅しているからいろいろな話を聞くことができて楽しいわ。アニス様こそ、いろんな国に行かれていて語学も堪能なのでしょう?外国に行った際にはその国の言葉で話されていると伺っているわ。」


「おや。ソフィーナ様には隠し事ができませんね。それもソフィーナ様御用達の商人からの情報ですか?」


「ええ。そうよ。どの商人もアニス様のことをほめていらっしゃったわ。」


 3人で始まったお茶会は気づけばアニス様とソフィーナ様の仲の良さを私にアピールしているような場になってしまっていた。

 アニス様とソフィーナ様は以前から交流があるようで、二人はとても仲が良いようだ。

 そして二人とも外国に対する知識が豊富ということがみてとれた。

 私は小さい頃から家での皇太子妃としての教育ばかりで、二人のような知識は持っていない。どれも教科書で読んだ知識しか私は持ち合わせていなかったことに気が付いた。

 外国語も3か国語はマスターした。

 けれど、それは国内の教師が教えてくれたもので、マスターしたと言っても実際にマスターした国の人と直接会話をしたこともない。

 各国の特産品を教科書でならったが、実際に見たことも食べたこともない私は中途半端な人間に思えた。


「あら、私ったらアニス様とばかり喋っていてごめんなさいね。エレノア様はご趣味とかありますの?」


 ソフィーナ様は私が黙って二人の話に耳を傾けていたことに気づいたようで、気づかわし気にそう問いかけてきた。隣にいるアニス様はソフィーナ様との会話が途切れたからか、私のことをするどい目つきで睨んでいるように思えた。

 

「いえ、私は普段勉強しかしてこなかったので。趣味と言えば勉強になるのかもしれませんわ。」


 ソフィーナ様に言われて、そういえば私の趣味はなんだったのだろうと改めて考えた。

 考えたけれども、私には趣味と言えるものがみつからなかった。






「あら、まあ。そうでしたの。エレノア様も時間をかけてでも趣味を見つけるといいですわ。趣味があれば、お友達も沢山出来ますし、様々な情報を収集することもできますわ。皇太子妃として一番大事なのは情報を収集する能力だと私は思っておりますの。エレノア様は皇太子妃として必要なことは何だと思いますか?」


 ソフィーナ様はそう言ってにっこりと笑みを浮かべた。


「……私は、ジュドー殿下を支えていくことだと思っております。」


「支えるだけか?支えるだけなら信頼のおける臣下でも十分可能だろう。皇太子妃は支えるだけでは足りない。そもそも、支えるとはどのように支えるということかな?」


 ソフィーナ様の質問に答えると、すぐさま反論するようにアニス様が問いかけてきます。

 

「ジュドー殿下が政務をおこないやすいように周囲を整えて、ジュドー殿下に限ってそのようなことはないとは思っておりますが間違った方向に進もうとなさるようなら止めて差し上げて……。」


「政務をおこないやすいように周囲を整えるとは?具体的には?間違った方向に進んでいると判断する材料は?」


「そ、それは……。」


 アニス様は、私の発言をさらに掘り下げようとしてくる。

 まるで、粗探しをしているようにも思えて私は身構えてしまった。

 

「皇太子妃になるというのなら今から詳細まで詰めておくべきだ。そりゃあ、月日が経てば意見も方法も変わっていくかもしれないが、具体性もなく進んでいくのと詳細をつきつめてから進むのでは変わってくる。それが平民なら良い。だが、国母になるであろう皇太子妃としては漠然とした思いだけでは足りない。エレノア様には確固たる意志はおありか?」


「わ、私は、皇太子妃として必要な教育を幼い頃から受けており、他のことに意識を向けることなど時間が許さず……。ですから、皇太子妃になってから今まで受けてきた教育を活かせればと……。」


「それでは遅いっ!あなたには確固たる信念もなにもないのかっ!?皇太子妃になってから考えるだなんてあまりにも考えが甘すぎるではないか。教育を受けてきた?誰に?その教師は前皇太子妃なのか?王妃なのか?王妃にも皇太子妃にもなれなかった者の教育が全てだとあなたは言うのか?」


 アニス様の勢いは段々とヒートアップしてきました。

 私はその勢いにますます縮こまるしかありません。

 今まで私が受けていた教育は皇太子妃として正しくあれ、すべての女性の見本であれ、ということ。皇太子妃になったらこうしたい、ああしたいなどということは考えてこなかった。

 それが、アニス様には気にくわないようです。


「……アニス様。アニス様のお気持ちはわかりますわ。アニス様も私も皇太子妃としてどうこの国を発展させていくか、どう近隣諸国と争いを起こさずに手をとって行くか、そう考えて参りましたものね。ですが、エレノア様はそうではなかった。アニス様の落胆されるお気持ちもわかりますが、それは、エレノア様の所為ではありません。エレノア様に、教育を受ける以外の自由な機会を与えなかったエレノア様のご両親の過ちだと私は思います。ですので、そのようにエレノア様を攻めるのは違うかと……。」


 ソフィーナ様はやんわりとアニス様のことを止めてくださるが、ソフィーナ様の言葉は私に深く突き刺さった。

 私は、オフィーリアが皇太子妃になるには相応しくないと思い込んでいたが、私こそが皇太子妃になるには相応しくなかったのだとソフィーナ様とアニス様の言葉を聞いて思い直した。

 勉強ばかりしてきた私は、視野が極端に狭くなっていたような気がする。

 オフィーリアに私が皇太子妃に相応しくないと言われるのもわかるような気がした。


「エレノア様の妹君は活発な女性だと聞いている。活発過ぎるきらいはあるが。エレノア様と妹君を足して2で割るくらいがちょうどいいのではないか?なににしても、オールフォーワン侯爵家は姫君たちの教育方法を間違えた。これだけははっきりと言えるな。」


「アニス様っ!それをエレノア様におっしゃっても仕方がありませんわ。エレノア様、エレノア様はなにも悪くないのですから、アニス様のおっしゃることはお気になさらずに。今からでも遅くありませんわ。私たちと一緒に視野を広げていきましょう。」


 その後のお茶会は始終憤慨しているアニス様をソフィーナ様が宥め、落ち込んでいる私をソフィーナ様が宥め、始終気まずいまま終わりを告げた。


 落ち込んだ気分のまま家に戻ると、

 

「エレノアお姉さまっ!どうして私を次期皇太子妃候補が集まるお茶会に連れて行ってくださらなかったのっ!私も皇太子妃になりたいと言ったのに!」


 オフィーリアが屋敷の玄関先で私のことを手厚く出迎えてくれた。

 

「ちょっ……!エレノアお姉さま、何を泣きそうな顔をしているんですのっ!お茶会でなにか言われたのかしら?エレノアお姉さまを泣かせるような人たちに皇太子妃は務まらないわっ!やっぱり私が皇太子妃になりますわっ!!」


 オフィーリアの姿を見たらなぜだか涙が溢れてきてしまい、思わずオフィーリアに抱きついてワンワンと声を上げて泣いてしまいました。

 人前で泣いてはいけない、そう教わってきたのに、私は自分を抑えることができなかったのです。









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