第16話 最高のクラス

「阿逹君って、ノンデリだよね」

「ノンデリ……って、なに?」

「デリカシーがないってこと。私の性格を、あんな風に利用するなんて」

 葛飾神楽に指摘されて、阿逹仁は不満げな顔になった。

 それを見て、葛飾神楽はぷっと吹き出した。

「ウソウソ、冗談だよ。結果的に、阿逹君の作戦はすべてうまくいって、こうしてみんな無事だった。……ありがとね」

 葛飾神楽は微笑んで、校庭に目を向けた。

 校庭のど真ん中に、ウォードグループのヘリコプターがとまっている。宿村新奈と柳台冬也が協力して、無理やり着陸させたのだ。機動隊がそのドアを開け、操縦士に手錠をかけた。

 校庭には、警察と機動隊が何十人もいた。ボスたち四人も手錠をかけられ、いまはパトカーの中にいる。コウホクはすべての分身を消したらしく、警察が校舎に残っている生徒たちを外へ誘導していた。

 校庭や学校の周りは、まさに大混乱だった。マスコミがカメラを持って集まり、生徒の保護者たちも殺到している。警察が交通整理と状況の整理を行い、なんとか場をまとめようとしていた。

 六年一組の生徒たちは、全員、校庭に出ていた。真っ先に警察から事情を聞かれていたのは、板橋類だ。彼から話を聞いた警察が、六年一組全員に、校庭で待つように指示したのだった。

「警察の人たちは、超能力のこと、信じたのかな」

「信じるしかないだろうね。板橋君の瞬間移動や、田ヶ谷さんの風起こしは、警察の人たちも目撃している。それに、ボスとの戦いは、上空からヘリで見られていたはずだ」

 暗闇のドームが現れたり、壁が現れたり、ボスが宙に浮いたり……不思議な現象が、いくつもテレビカメラに収められていることだろう。

「ところでさ、屋上でみんながボスと戦う必要って、あった? 私がボスに直接話して、私を信じさせればよかったんじゃないの?」

「葛飾さんの能力は、あくまで葛飾さんを信じさせるだけだからね。葛飾さんの言葉に従うわけじゃない。だから、ボスに『逃げる理由』を用意する必要があった。それが、あの戦闘だよ」

「じゃあ、みんなを騙したのはどうして? 本当の作戦を伝えておけばよかったのに」

「ボスは心が読めるからね。本当の作戦を知っている人は、最小限に留めたかったんだ。だから他のみんなにはウソの作戦を考えていて欲しかった」

「そういうことだったのか……」

 葛飾神楽は納得したあと、阿逹仁の顔をまっすぐ見た。

「阿逹君って、妙なところで頭良いよね」

「それは褒めてるの?」

「もちろん」

 阿逹仁は疑ったが、信じることにした。

 もしかしたら、能力で「信じさせられている」のかもしれないなぁ、と思いながら。


「パパ!」「ママ!」

 両親のもとへ、弟たちと妹が走っていく。それを見ながら、神田千代は達成感に満たされていた。両親にいつも言われていた通り、家族を助けることができたからだ。

 三人が両親に抱きつき、わんわん泣いた。

 怖かっただろう。何が起こったのかもほとんどわからぬまま、この数時間を震えて過ごしていたに違いない。

 神田千代は、両親に抱きつこうとは思わなかった。無事に再会できた家族を遠くから見つめて、ほっと胸をなでおろすだけで十分だった。

 弟たちと妹を救うことができて、心の底から満足していた。自分の使命を全うできた。両親がいつも、そう望んでいた通りに。

「千代は?」

 母親が弟に聞いた。弟は泣きながら、こちらを指差す。

「千代!」

 母親は、こちらに駆けてきた。

 神田千代は、ほめられると思っていた。みんなを助けられて偉いね、と。よくやったね、と。

 しかし母親は、娘を抱きしめると、こう言った。

「よかった、無事で!」

 その瞬間、神田千代は、自分も守られてよいのだと知った。助けを求めてよいのだと知った。

 神田千代は母親を抱きしめ返すと、ぼろぼろと泣いた。

「怖かった……私も本当は怖かったっ!!」


 江藤浩太も文月京も、両親に囲まれてめそめそと泣いていた。品川百万はジャングルジムに寄りかかりながら、二人の様子を眺めていた。

 柳台冬也が、二年生と三年生の男子の手を引いてやってきた。二人は彼の弟たちで、やはりめそめそと泣いていた。

「親父さんは来た?」

 二人をあやしながら、柳台冬也が聞いた。

「来るわけねえだろ。仕事中だぞ」

「それもそうか。うちもだよ。ま、うちの場合はまだ寝てるんだろうね。きっとニュースを見てすらいないよ」

 二人は黙って、保護者と再会するクラスメイトたちを眺めた。

 しばらくすると、江藤浩太と文月京がやってきた。

「なんだお前ら。もう泣かなくていいのか?」

「み、見てたんだね」

 江藤浩太は顔を赤くした。もっとも、鼻は最初から赤かったが。

「私は平気だもの」文月京は強がった。「二人のご両親は?」

「うちは来ないと思うよ」

「俺んとこも来ねえよ」

「そう。残念ね」

「は?」

 品川百万は体を起こすと、文月京を威圧した。

「残念じゃねえよ。親父はいま、仕事中なんだ。俺を食わすために働いてるんだよ。それのどこが残念なんだ!」

 しかし文月京は、強気な目で品川百万をにらみ返した。

「やっぱりあなた、お父さんのこと、大好きなのね」

 彼女の言葉に、品川百万は毒気を抜かれた。口ごもって、威圧感を失ってしまう。

「ごめんなさい。悪く言うつもりはなかったの。ただ、ごあいさつをしたくて」

「あいさつ? なんでだよ?」

「だって、私もあなたのところで働きたいから」

 品川百万は、口をぱくぱくさせた。

「お、お前、あの話、本気だったのか?」

「ええ、もちろんよ。これからよろしくね、センパイ」

 文月京はにこりと笑った。


 荒川紅緒と白金みなとは、両親を探してうろうろしていた。

「どこにもいないね」

「来てねえのかな?」

「ママは来てると思うんだけど」

 荒川紅緒のスマホには、母親から大量のメッセージが届いていた。ニュースを見て、心配して送ってきたのだ。荒川紅緒が返信したら、もうすぐ学校に着くとメッセージが来たのだが……。

「あ、いた!」

 荒川紅緒が校門の方を指差し、走り出した。

「お、おい、待てよ!」

 白金みなとはこけそうになりながら、そのあとを追いかけた。

「ママー!」

 荒川紅緒が片手を振る。そこには、彼女の母親と、白金みなとの母親がいた。

 しかし他にも誰かの保護者がたくさんいて、大勢の生徒がつめかけており、なかなか気づいてもらえない。

 仕方がないので、荒川紅緒は電話をかけた。

「ママ、見つけたよ。私もいま、みなとと校門の近くにいる。あ、ほら、こっち!」

 荒川紅緒はスマホと逆の手をあげた。白金みなとも、手をあげさせられる。

 二人の母親がようやく気がつき、人ごみをかき分けてきた。

「紅緒、よかったぁ! 大丈夫、怪我してない?」

「うん、平気だよ、ママ」

「みなと、あなた顔にアザがあるじゃない!」

「ちょっと、蹴られて……」

「えええっ!」

 悲鳴をあげた母親だったが、白金みなとの手を見て、表情をころっと変えた。

 白金みなとと荒川紅緒は、手をつないでいた。

「あらっ、二人とも……」

 荒川紅緒の母親も、それに気がついた。

「あれっ、いつの間にそんな仲に……」

 母親の視線に気がついて、二人はばっと手を離した。

「なななななに言ってるんだよ母さん、べべべ紅緒と手をつなぐくらい普通だろ!」

「そりゃ昔はよくつないでたけど、もう何年もつないでなかったじゃない」

「あらやだ吊り橋効果ってやつ? 危機的状況になると男女の仲は深まるものね」

「マ、ママ! そんなんじゃないってば!」

 二人は顔を真っ赤にしながら、猛抗議した。


「梢……ケガ、してない?」

「うん」

「そう……」

 練馬梢の母親は、気まずそうに話していた。立って話す二人の間にも、微妙な距離がある。

 動揺しているとか、混乱しているとか、そういうわけではない。家でもいつも、こんな感じだった。

 練馬梢は、こんな状態はよくないと思っていた。なんとかしなきゃ、とずっと思っていた。けれど、何もできないままだった。

 今日こそ話そう。今日こそ学校へ行こう。

 一年以上、そんなことを毎日思い続けていたのだ。

 だけど、今日こそは、本当に話そう。

 練馬梢は、勇気を振り絞った。

「お母、さん」

「な、なに?」

「あのね、わたし、……もっと、学校に行く」

 母親は目を丸くした。

「わたし、今日、初めて、クラスの人と、ちゃんと話した。少しだけ、だけど、話せた」

 呼吸を整える。

「それだけじゃ、ない。役に、立った。ボスを、捕まえるのを、手伝えた。わたし、もっと、人の役に、立ちたい。だから、学校に行きたい」

 なんとか最後まで言えた。

 練馬梢は、微笑んだ。

 それを見て、母親は涙ぐんだ。


 校庭の隅に、半分埋まったタイヤが何個も並んでいる。

 阿逹仁は、その内の一つに座ってぼんやりしていた。葛飾神楽と話したあと、警察に呼び出されて、いくつも質問された。それがあまりにも長く、へとへとに疲れたのだ。

 阿逹仁の両隣には、大田稲荷と川戸栄太もいた。二人とも、同じようにタイヤに座って、校庭を眺めていた。

「私たち、これからどうなるのかな」

 大田稲荷がぽつっとつぶやく。

「どうって、なにが?」

 川戸栄太がのんびりした声で訊き返した。

「学校とか、生活とかだよ。これだけ大きな騒ぎになって、私たちが超能力者だってことも日本中に知れわたった。もう、元の生活には戻れないよ」

「ま、まさか、どこかの研究所に連れていかれて、解剖とかされんのか!?」

「もしかしたら、色んな実験とかされるかも」

「まさか」

 震える二人を見て、阿逹仁は笑った。

「オレもさっき警察の人に聞いたけど、俺たちの生活は守ってくれるみたいだよ。まるっきりいままで通りとはいかないだろうけど、学校にも通えるらしい」

「そうなの?」

「なんか、目黒さんの両親が直々に連絡してきたらしい」

 目黒のどかの両親は、警察など国の機関に顔が広いらしかった。

「それにさ、オレ、いますごくワクワクしてるんだ」

「え、なんで」

「オレたちって、施設育ちだからか、ちょっとクラスで浮いてるだろ?」

 阿逹仁がそう言うと、大田稲荷と川戸栄太は顔を見あわせた。

「施設とかあんま関係ないよね」

「ああ。仁がいつも変なことやってるから、俺らまで巻きぞえで浮いてるだけだよ」

「え、マジで」

 二人ににらまれて、仁は冷や汗をかいた。

「ま、まぁ、とにかくさ。そういうわけだから、オレ、クラスの人たちのこと、あんまりよく知らなかったんだ。だけど今日、初めて色んな人と話して、みんなのことを知れた」

 弘中真央の趣味も、葛飾神楽の秘密や板橋類の苦しみも、今日初めて知った。

 練馬梢と話したのは、今日が初めてだった。

 神田千代の正義感の強さも、文月京の気の強さも、今日まで知らなかった。

 きっと、他のみんなにも、まだオレが知らない一面がたくさんあるのだろう。

「稲荷の言う通り、これからきっと、大変なことはいくつも起こると思う。だけどそのたびに、オレたちはみんな、互いのことがわかっていくと思う。オレは、それが楽しみなんだ」

 阿逹仁は、昔からこうだった。人が好きで、人のことによく首を突っ込んでいた。そして、そのせいで煙たがられてきた。それでも、みんなのことを知って、仲良くなりたいと思っていた。だから、こんな能力を得たのだろう。

 阿逹仁は、二人を励ますように言った。

「きっとこれから、みんなとうんと仲良くなれる。そして、六年一組は、最高のクラスになるよ」

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六年一組 超能力戦争 黄黒真直 @kiguro

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