第10話 同一人物

「のどかちゃん、どう?」

 一年一組の扉の前で、神田千代は目黒のどかに聞いた。目黒のどかは扉を見つめた。未来を予知しているのだ。

「千代さんが扉を開けると、黒板を背に立った男がいるわ。男はすぐこっちに気付くけど、渋谷さんが『狙った場所にものを投げる能力』で鉛筆を男の手に刺して銃を落とさせる。その隙に千代さんが男を組み伏せて、加世子さんの『風を操る能力』で男を気絶させるわ」

「よし、行こう」

 神田千代は勢いよく扉を開けた。

 一連の動きは、目黒のどかの予言した通りになった。男は強烈な風を顔に受け、息ができなくなって気絶した。

「よしっ」

 神田千代はガッツポーズをしてから、顔を上げた。

 一年生達が、全員席に座っている。男に脅されて、席から一歩も動けなかったのだ。みんな泣きはらした顔をしていた。

 その中の一人が言った。

「お姉ちゃん?」

那由他なゆた!」

 それは、神田千代の一番下の弟だった。神田千代は彼に駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。

「よかった、無事で! ケガしてない?」

「うん、平気」

「本当によかった!!」

「みんな、安心して」

 田ヶ谷加世子は、落ち着いた優しい声で話しかけた。その声には安心感があった。一年生達は素直に、彼女の言葉を聞いた。

「あたしたちが悪者をみんなやっつけるから。すぐにおうちにも帰れるはずだよ」

「本当に!?」

「うん。でも、もう少し待ってて。あたしたちがなんとかするまで、教室で大人しくしててね」

 一年生達の目に希望が宿る。

 それを見ながら、神田千代はプールに向かったあの四人のことを思い浮かべた。

 あっちはうまくいっているだろうか。やはり八人で行動していた方がよかっただろうか……。


 荒川紅緒は、白金しろがねみなと(男子、出席番号12番)の後ろを、びくびくしながら歩いていた。体育棟へ向かう渡り廊下の途中だった。四人の中で、荒川紅緒が一番後ろにいた。

 だが、怖がっているのは白金みなとも同じだった。

「あああああ安心しろ紅緒、おおおおおおれが守ってやるからな!」

 二人は幼馴染だった。家が近所で親同士の仲が良く、幼稚園に入る前から二人は一緒に遊んでいた。小学校に入ってからクラスもずっと同じで、二人はいつも一緒にいた。付き合ってるんじゃないかと何度もからかわれてきたが、荒川紅緒にとっては残念なことに、二人は付き合ってはいない。いつか白金みなとと赤い糸で結ばれたい……そう思っていたら、手から糸を出す能力を得てしまった。

「二人とも落ち着け」

 墨田すみだ業平なりひら(男子、出席番号14番)が振り返った。彼はほとんど緊張も恐怖もしていかった。墨田業平は以前まで水泳をやっており、全国大会に出るほどの選手だった。そのため、緊張に慣れているのだ。

 いまはもう、水泳はやっていない。去年交通事故にあって左足を失い、義足になってしまったからだ。筋トレは続けていたが、以前に比べて元気がなくなったと、荒川紅緒は感じていた。

「荒川の能力は強い。中野なかのの能力もだ。どんな相手が出てきても、負けることはない」

「そ、そうかもだけどぉ」

 荒川紅緒は声を震わせながら、中野弥生やよい(女子、出席番号17番)を見た。クラスで一番頭がよく、成績もトップの中野弥生は、無言でうなずいた。彼女は無口で、うなずいたり首を振ったりするだけでコミュニケーションを取ることが多い。そんな性格な上に、女子の中で一番背が低いため、中野弥生はクラスのマスコット的存在だった。

「やっぱり八人で来た方が良かったんじゃないかなぁ」

「数が多い方が有利なのはたしかだが、神田が言ってたことも正しい」

 屋上に鍵がかかっているとわかったとき、神田千代はグループ分けを提案した。自分達は低学年の子達をプールから脱出させる。瞬間移動能力を持っている板橋類は、高学年から順に外へ連れ出す。

 そして、プールにいるテロリストを倒すのと、低学年の子達を教室から連れ出すのも、同時進行でやろうと提案した。その方が早く助けられるだろうと神田千代は考えたのだ。

「小さい子たちはこの恐怖に耐えられないだろうからな。……着いたぞ」

 更衣室の前を通り過ぎ、プールの入り口の前まで来た。この扉の向こうに、テロリストがいるはずだ。

 荒川紅緒は、宿村新奈に電話をかけた。敵の人数を聞くためだ。

『大田さんが見たところ、敵は二人みたい』

『それも、男女!』大田稲荷の声が割り込んできた。『一人は、うちのクラスに来たジュウロクと同じ格好をしてる。もう一人は、なんかダイバーみたいなの着てる』

「ダイバーって、海の……」

『そう、海に潜る人』

 プールで泳ぐつもりなのだろうか。四人は首を傾げた。

「相手の能力はわかる?」

 さっき宿村新奈から来た連絡によれば、テロリストにも超能力者がいるかもしれない、ということだったが……。

『さすがにそこまではわからないかな……』

「そっか……わかった、ありがとう」

 荒川紅緒は通話を切った。

「じゃあ、いくぞ」

 墨田業平が、ゆっくりと扉を開けた。

 プールサイドに男女がいる。男は重装備のままスクワットを、女はストレッチをしていた。大田稲荷の言った通り、女は全身を覆うウェットスーツを着て、頭に水中ゴーグルも載せている。酸素ボンベこそ背負ってないが、見た目は完全にダイバーだ。

 墨田業平は、二人に気付かれないように扉を開けたつもりだった。しかし、女が目ざとく四人を見つけた。

「あら、来たわよ、コウホク」

「マジかよ。賭けはサカエの勝ちか」

「だから言ったでしょ。超能力者が素直に昇降口から逃げるなんてあり得ないって」

 気付かれたのなら仕方がない。墨田業平は堂々と扉を開け、プールサイドに立った。墨田業平とテロリストたちは、プールをはさんでにらみあった。

「小学生にしてはなかなかマッチョな子ね」

 サカエがにやにやと笑う。だが視線を下にさげると、真顔になった。

「あら、義足?」

「そこの二人!」

 墨田業平は二人を指差し、大声で言った。

「いまからこの場所を空けてもらう! 俺たちはここから脱出する!」

「そそそそうだ! おおおおれたちは四人もいるんだぞ! 観念しろ!」

 白金みなとは墨田業平の横に立ち、ファイティングポーズを取った。その足は震えているが、荒川紅緒には頼もしく見えた。

「弥生ちゃん、いまのうちに……」

 荒川紅緒が小声で言うと、中野弥生は無言でうなずいた。二人はそっと、プールサイドの隅を歩いた。

 これは、墨田業平の作戦だった。

 墨田業平と白金みなとの能力は戦闘向きではない。そこで、二人が囮になることにした。二人が好戦的になることでテロリストの注意を引き、荒川紅緒と中野弥生がテロリストを拘束するのだ。

 筋肉質の墨田業平と、全身日焼けした白金みなとは、いかにもスポーツマンだ。力自慢の男子二人が、か弱い女子二人を守ろうとしている――相手にそう思わせれば、こちらの勝ちだ。

「威勢が良くてカッコいいわねぇ」

「ガキがイキりやがって。来い、相手してやる」

 コウホクの声に、荒川紅緒は違和感を覚えた。六年一組を襲撃したジュウロクに、とてもよく似た声だったからだ。しゃべり方も似ている気がする。

「いいい行くぞこらぁ!!」

 白金みなとがプールサイドを走り出す。墨田業平も、反対側のプールサイドを走り出した。対岸にいるコウホクとサカエを、はさみうちにするつもりだった。荒川紅緒たちも、白金みなとのあとを追うように走った。

 白金みなとがコウホクに接近する。コウホクはどっしりと構え、微動だにしない。

「おらああっ!」

 白金みなとが殴りかかろうと加速した、そのときだ。

 突然、至近距離にコウホクが現れた。

「!」

 そのまま、腹を強く殴られ、後ろに突き飛ばされる。

「いってぇ……なんだいまの、瞬間移動か!?」

 起き上がろうとした白金みなとのすぐ横に、またコウホクが現れた。そして、白金みなとを蹴り飛ばす。

「ぐはっ」

 白金みなとは金網のフェンスに叩きつけられた。

「みなと!!」

 荒川紅緒は、その信じられない光景を見ながら、泣くように叫んだ。

 そこには、コウホクが三人いた。

 荒川紅緒は理解した。

 コウホクとジュウロクは、似ていたんじゃない。二人は同一人物だ。

 コウホクの能力は、分身能力!

「なぁにが『おれたちは四人もいる』だぁ? こっちは何十人もいるぞ!」

 コウホクの数がさらに増える。そのうちの何人かが、荒川紅緒と中野弥生の方へ素早く駆け寄ってくる。

「い、いやっ!」

 中野弥生が悲鳴を上げ、指先を分身に向けたが、一歩遅かった。後ろに回り込まれ、押さえつけられてしまう。荒川紅緒もすぐに捕まった。

「みんな!」

 墨田業平が叫ぶ。

「よそ見してる暇はないわよ!」

 サカエが腕を振ると、プールの水がひとりでに盛り上がった。そして、墨田業平に襲いかかる。

「な、なんだっ!?」

「私の能力は『水を操る』。私達がどうしてプールにいたと思ってるの? ……溺れろ!!」

 墨田業平の体が、プールの中に引きずり込まれる。

「業平君!!」

 紅緒が叫んだときには、墨田業平の姿はプールサイドから消えていた。

「カッコよく見えても、やっぱり子供は子供ね」

 サカエが高笑いした。

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