第19話「戦いの終わりと、最初の一輪の花」
戦は、長い長い時間を経て――終わった。
人間軍はついに火術師団を失い、主力部隊が崩壊して撤退したとの報が入った。
黒竜将軍グレイオが丘の上に立ち、遠ざかる人間軍の陣を見送りながら低く唸る。
「……これでしばらくは攻めてこまい。だが、完全に終わったわけではない」
その爪は大地を軽く抉っていた。
「はい……分かっています。でも、今は……」
俺は畑に目を向けた。
焼け焦げた土。
無惨に千切れた苗。
それでも――小さな緑が確かに残っていた。
「……お前の畑は強いな、人間よ」
グレイオの声がわずかに優しくなった。
「強いんじゃありません。こいつらはただ、生きたいだけですから」
「……そうか。ならば余も、それを見守ろう」
黒竜将軍は大きく息を吐き、漆黒の翼を一度広げた。
「剣や炎が要らぬ世界を……お前が耕すのだ」
夕方。
戦の後処理に追われていた魔族の兵たちが、ようやく畑に戻ってきてくれた。
「人間の火術師どもはやっと消えたか……」
「リクの畑が焼けるのはもう見たくないな」
「また石を運んでやる。次の畝はどこに作るんだ?」
みんな疲れ果てているのに、それでも笑って言ってくれる。
「ありがとうございます。ここをまた耕し直します。ルキナ様と、みなさんと一緒に」
「おう!」
荒れた声で返事をして、ゴブリンの小柄な兵士たちが小さな畝を作り始める。
オーガは大きな石を退け、ハーピーたちは上空から全体を見渡し、良い場所を指示してくれた。
その様子を見ていたルキナが、そっと俺の肩に額を預ける。
「……お前はやっぱり、不思議な男だ」
「え?」
「戦より、剣より……ただ畑を耕しているお前の周りに、みんな自然に集まる」
ルキナは少しだけ照れたように笑った。
「……だから私も、お前の隣に立つのだろうな」
「それなら、ずっと立っていてください。ルキナ様がいないと、俺はすぐに迷いますから」
「……ばか」
でも嬉しそうに目を細めて、そっと手を握ってくれた。
「きゅいっ!」
ハルゥが畑の中央をくるくる回り、小さな声を上げる。
「どうした、ハルゥ?」
しゃがんで視線を落とすと――
「……!」
小さな、小さな花が咲いていた。
まだ一輪。
けれど、確かに薄い紫の花弁が開いている。
「これ……俺たちが撒いた種……」
戦の火で焼け、瘴気の嵐に晒されて――それでも芽吹いて、花を咲かせた。
ルキナが小さく息を呑む。
「……綺麗だな」
「はい……世界で一番綺麗です」
畑の中央に咲くその花を、俺たちはしばらく黙って見つめていた。
「リク」
「はい?」
ルキナが俺の手を取ると、そのまま小さな声で言った。
「この花がもっと増えて、この畑が花で埋め尽くされたら……私、本当に剣を置ける気がする」
「……俺もです。絶対にそうします。ルキナ様の剣も、鎧も必要なくなる世界にします」
「ふふ……それなら早くしろ」
ルキナは小さく笑い、俺の肩に頭を預けた。
「……私はずっと、お前の隣にいたいから」
その言葉が胸の奥に深く突き刺さる。
「……俺も、ずっと一緒にいてください」
ハルゥが「きゅいっ」と鳴き、俺たちの間に鼻先を押し付けた。
小さな花はまだ風に揺れていた。
でも――それは確かに魔界で最初の花だった。
そして、剣も鎧も要らない春が近づいている証だった。
俺はその花を守るため、また鍬を強く握りしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます