第7話「魔界初の収穫祭」
数日後。
俺の畑は、とうとう最初の“収穫の日”を迎えていた。
まだ広さはほんのわずか、魔王城の庭先ほどしかない。
それでも――そこにはしっかりと根を張り、瘴気に打ち勝って育った野菜たちが瑞々しく葉を揺らしている。
「きゅいっ!」
ハルゥが嬉しそうに畝の間を走り回り、時々土を鼻で押し上げて小さなイモを覗かせた。
「こらこら、お前は食べ過ぎだぞ?」
俺はくしゃりとハルゥの頭を撫でながら、鍬をそっと土に入れる。
柔らかくなった土が、するりと刃を通す。
少し力を込めて持ち上げると――
「……出た!」
ころん、とした可愛い形のイモが顔を出した。
最初に芽を出したあの苗が、無事にここまで育ったのだ。
「ふふ、やったな」
背後で聞こえた声に振り返ると、ルキナが肩を揺らして微笑んでいた。
いつも厳格で冷たい印象の彼女が、こんな柔らかい顔を見せるのは珍しい。
「ありがとうございます。ルキナ様のおかげです。あの夜、一緒に畑を守ってくれたから……」
「……余計なことを。お前の畑を守るのは、私のためでもあるのだ」
そう言ってそっぽを向くルキナ。
でもその白い耳先が、少し赤く染まっていた。
「きゅいっ!」
ハルゥがその様子を面白がるように鳴き、ルキナの裾を引っ張る。
「やめろ、ハルゥ! 服が汚れる……!」
「だめですよ、ルキナ様。ハルゥはお礼を言ってるんです。俺の野菜を守ってくれたからって」
「……ふん」
小さく口を尖らせるルキナだったが、やがて諦めたようにハルゥの頭をそっと撫でた。
「……大した犬だ」
「犬じゃなくて魔獣ですけどね」
「きゅいっ!!」
その日の夕方。
魔王ゼルヴァからの命令で、急遽“小さな収穫祭”が開かれることになった。
玉座の間には長い食卓が並び、俺の畑で採れた野菜を使った料理がずらりと並んでいる。
「これが……俺の野菜……」
煮込み、ロースト、蒸し物、シンプルに塩で茹でたものまで。
香りだけで腹が鳴りそうになる。
「リク、来い」
ゼルヴァが手招きし、俺を食卓のそばへ立たせた。
魔族たちがずらりと居並ぶ中、その視線が一斉に俺に注がれる。
「……本当に、こんな大事にしてもらわなくても……俺、ただ畑作ってるだけなのに」
「ただの畑かどうかは、これから口にする我らが決めることだ」
ゼルヴァは静かにそう言うと、ナイフを取り、また芋を切った。
ぱく、と口に入れ――
「……やはり、これだ」
その頬が緩む。
魔族たちがざわめき、一斉に料理へと手を伸ばした。
「なんだこの味は……!」
「甘いだけじゃない、力が湧く……!」
「瘴気の中で食べても苦くない……体の奥が軽い……」
オーガの戦士が涙ぐみ、ハーピーの娘が小さく笑う。
誰もが、最初の一口を食べた時に顔を変えた。
ルキナはテーブルの端で、俺を見やってそっと呟いた。
「……すごいな、お前の野菜は。瘴気を忘れさせる」
「そんな、大げさですよ」
「大げさなどではない」
そう言うとルキナは小さく微笑んだ。
「……私も、初めて食べた夜からずっと、心が少しだけ穏やかになっている。戦いばかりの日々では、こんな気持ちは知らなかった」
「ルキナ様……」
俺は思わず息を呑んだ。
剣を振るう以外に、生きる意味を知らなかった人たち。
そんな魔族たちが、俺の野菜を口にして――ほんの少しでも笑えるのなら。
「やってよかった。畑を作って、本当によかった……!」
ハルゥが「きゅいっ!」と鳴き、俺の足元を回る。
「リク・タカナシ」
魔王ゼルヴァが立ち上がり、その場にいる全ての視線がまた俺に集まった。
「これより余は、お前に魔界農政顧問の地位を与える。正式に魔界の緑化計画を命じるものとする」
「え……っ」
周囲がどよめく。
「お前はこれからも好きに畑を作れ。そして魔族に食べさせろ。それこそが余の望む平和の礎だ」
ゼルヴァの瞳は真剣で、どこまでも深かった。
俺は胸に熱いものを感じ、ぐっと頭を下げた。
「……はい! 俺にできることなら、いくらでもやります! 畑で……この魔界を、絶対に緑に変えてみせます!」
宴は夜遅くまで続いた。
魔族たちの笑い声が玉座の間に響き、ハルゥは料理をもらいすぎてお腹を丸くして眠ってしまった。
ルキナはふと俺の隣に座り、小さな声で言った。
「……なぁ、リク」
「はい?」
「今度、お前の畑で……一緒に昼寝でもしてみたい。剣も鎧も置いて、ただ緑の上に転がって……何も考えずに」
「……いいですね。それ、絶対やりましょう」
俺はそう言って笑い返した。
魔界の夜は赤黒いはずなのに、今日の空は少しだけ柔らかい色に見えた。
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