第3話「荒地に水を引け!」

「――なるほど、この土地には水脈が浅い場所が多い」


俺は地面に寝転がり、耳を土にぴたりと当てていた。


ハルゥが俺の隣で同じように耳を立て、赤い瞳をきょろきょろと動かしている。


「きゅいっ?」


「そうだな、ハルゥ。確かに少し先に地下水の流れる音がする……間違いない。あそこに井戸を掘れば、きっと水が手に入る」


魔界に来てまだ数日。


俺は魔王ゼルヴァから与えられた荒地をひたすら歩き、土を掘り返し、石を取り除いていた。


村でやってきたように、どんな土地でも農地に変えてきた自信はある。

ただ、ここは魔界。

瘴気に満ち、栄養はほとんどない。水も腐っている可能性が高い。


それでも――。


「やるしかない。やらなきゃ、俺は……」


畑がないと生きていけないのだ。


「お前、何をしている?」


声に顔を上げると、そこには長い銀髪を風に揺らす魔族の少女がいた。


肌は雪のように白く、血のような瞳。

漆黒の甲冑に身を包み、腰には魔剣を下げている。


「えっと……誰?」


「この地の管理を任されているルキナだ。魔王陛下の姪にあたる」


「ひ、姫様……!?」


思わず飛び上がって頭を下げた。


この数日で分かったことがある。魔族は階級社会で、特に魔王の血筋は絶対的な権威を持つ。

逆らえば文字通り首が飛ぶ。いや、逆らう理由もないんだけど。


「ふん。見苦しい。顔を上げよ。……人間ごときに頭を垂れられても気分は良くない」


「は、はい……」


恐る恐る顔を上げると、ルキナは俺をじっと見つめていた。

その瞳は冷たくもどこか興味深げで――。


「聞いたぞ。お前がこの荒地を畑にすると豪語したとか。人間風情がどこまでできるものか、見せてもらおう」


「そ、それなら……これを見てください!」


俺はハルゥの助けを借りて探し当てたポイントを指差した。


「ここに井戸を掘れば、地下水が引けます。土地は水が命。水を得られれば、あとは肥やしと太陽さえあれば、少しずつ土は蘇るんです!」


「……そんな簡単に言うが、水は腐っているのではないか?」


「大丈夫です。ハルゥのおかげで、瘴気が強すぎる水脈は外しました」


「……なるほど」


ルキナは僅かに目を細め、剣の柄に手を置いたまま俺を見下ろしていた。


「貴様……ただの農民のくせに、なかなか見所があるではないか」


「ただの農民だからこそ、畑のことなら誰にも負けません」


少しだけ胸を張って言ってみると、ルキナの口元が僅かに緩んだ気がした。


「ふっ……面白い。ならば許可を出そう。この地に井戸を掘るがいい。必要な魔族を貸し与える」


「本当ですか!? ありがとう姫様!」


「礼など要らぬ。ただ……しくじれば、その鍬で自分の墓を掘ることになると思え」


冷たい声に背筋がぞわりとしたが、それでも俺は深く頭を下げた。


「はい……!」


数時間後。


「お、おい……嘘だろ……」


「どけどけ、人間の言う通りにやる!」


「お前ら、そこの石を運べ!」


ルキナが派遣してくれた魔族たちは、身の丈を越す斧を振るうゴブリン兵や、筋肉だらけのオーガ、翼を持つハーピーまで様々。


俺は彼らに井戸掘りの段取りを説明し、最初の深い穴を掘る工程を見守っていた。


掘り進むにつれ、じわじわと湿った空気が上がってくる。


「……もう少しで……!」


そして――。


「来た!!」


ざぶり、と音を立てて泥水が溢れ出した。


「水だ……! ルキナ様、やりました! 水脈です!」


「……ふむ」


ルキナはそっとその水をすくい、手の甲に落とした。

少し顔をしかめたが――。


「瘴気は薄いな。人間が飲むには無理だが、作物なら何とか……」


「充分です!」


俺は勢いよく頷く。


「この水を引いて、土を耕し、肥やしを入れれば……必ずこの土地を畑に変えてみせます!」


ルキナはくくっと喉を鳴らし、小さく笑った。


「良いだろう。存分にやれ、リク・タカナシ。お前の畑、楽しみにしているぞ」


赤い瞳がわずかに優しく見えた気がした。


こうして、魔界農業計画の第一歩――井戸が完成した。


「……やってやるさ。魔族だろうと、瘴気だろうと……畑の前じゃみんな同じだ!」


俺は固く握った拳を、再び荒れた大地へ向けて突き出した。


ハルゥが「きゅいっ!」と鳴き、足元を嬉しそうに走り回る。


荒野の風が、少しだけ優しく吹いた気がした。


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