第六話:恋の板挟みと、加速するドタバタ

「潰すしかないのよ!」

麗華の悲痛な叫びが、

私の耳から離れない。

あの言葉は、私にとって、

宣戦布告ではなく、

すでに始まっている戦いの、

激化を告げるものだった。

悠真くんを巡る攻防は、

もはや、学園全体を巻き込む、

大騒動へと発展していた。

私の心は、焦燥と、

そして、彼への激しい独占欲で満たされていく。


学園の朝。

登校してくる悠真くんを、

麗華は校門前で待ち伏せていた。

麗華は、悠真くんを見つけるやいなや、

彼の腕に自分の腕を絡ませ、

満面の笑みで言った。

「藤堂様、今朝はわたくしとご一緒に、

学園まで参りましょう」

悠真くんは、驚いて目を丸くし、

慌てて腕を抜こうとするが、

麗華はそれを許さない。

「さあ、ご一緒に参りましょう、藤堂様」

まるで、新婚夫婦のように、

親密そうに悠真くんを引っ張っていく。

その光景を見た時、

私の胸には、焼けるような嫉妬がこみ上げた。

ふざけないで。悠真くんは、私の夫なのよ。


授業中も、麗華の行動はとどまることを知らない。

教科書を借りるふりをして、

悠真くんの机に体を密着させる。

参考書を広げる際には、

わざとらしく彼の肩に触れ、

その指先が、彼の首筋を、

かすめるように動かす。

悠真くんは、そのたびに、

顔を真っ赤にして、視線を泳がせていた。

彼の戸惑う姿は、私にとって、

たまらなく愛おしい。

同時に、彼を奪い取ろうとする麗華への怒りが、

私の心の奥で、渦巻いていた。

「身体を使ったお色気バトル」が、

こんなにも早く、公衆の面前で始まるなんて。


昼休み。

悠真くんは、生徒会室で書類整理をしていた私のもとに、

逃げるようにやってきた。

「桐生院さん、助けてください…!

鳳凰院さんが、購買にもついてくるんです…」

彼の顔は、疲れ切っていた。

「あら、どうしたのかしら、悠真くん。

随分とお疲れのようね」

麗華が、優雅な足取りで生徒会室に入ってくる。

彼女の手には、豪華な包みが一つ。

「藤堂様のために、とっておきのプレゼントですわ」

そう言って、悠真くんの机の上に、

有名ブランドの高級万年筆を置いた。

悠真くんは、目を白黒させ、

「い、いえ、こんな高価なものは…」

と、震える声で拒否する。


麗華は、そんな悠真くんの手に、

自分の手を重ねる。

「ご謙遜なさらないで。

あなた様には、このくらいがお似合いですわ」

彼女の声は、甘く、誘うようだった。

そして、私に、挑戦的な視線を向ける。

麗華との「会話バトル」が始まった。

「鳳凰院さん。悠真くんは、そのような派手な物は、

お好みにならないと存じますわ」

私の言葉は、あくまで上品に、

しかし、彼女の行動を否定する。

麗華は、微笑んだまま、

「あら、でも、大切な方からの贈り物は、

何であれ、お喜びになるはずですわ。

特に、未来の…花婿候補となれば」

その言葉は、私への明確な皮肉。

私の胸が、また、チクリと痛んだ。

彼女は、悠真くんを「花婿候補」と、

堂々と言ってのけたのだ。


悠真くんは、二人の間で、

まるで嵐に翻弄される木の葉のように、

震えていた。

「わ、私は…その…」

彼は、隙を見て、生徒会室から、

逃げ出そうとする。

しかし、麗華は素早く彼の前に回り込み、

その行く手を塞いだ。

「藤堂様、まだお話は終わっていませんわ」

私は、もう逃げ場のない悠真くんを見て、

内心で、優越感と、少しの哀れみを感じた。

これが、花婿争奪戦の日常。


その夜、屋敷に戻ると、悠真くんは、

麗華からもらったという万年筆を、

困ったように見つめていた。

「桐生院さん、これ、どうしたらいいでしょう…

こんなもの、僕には…」

彼の戸惑う姿が、私にはたまらなく愛おしい。

私は、そっと彼に近づく。

「無理に使う必要はないわ。

あなたが、本当に使いたいものを使えばいい」

そう言って、彼の隣に座る。

家でのお色気バトルは、まだ温存。

今は、彼の心を癒すことに専念する。

彼の優しい心が、

二人の間で揺れ動いているのが、

手に取るように分かった。


私は、彼の肩にそっと手を置く。

「大変ね、悠真くん。

色々な人に好かれるのは」

私の言葉は、一見、労わるようだが、

その奥には、彼への独占欲が、

ひそかに隠されていた。

彼が、私の言葉に、

安堵したように息を吐いた。

「桐生院さん…」

彼の、困ったような、

しかし、私にだけ向けられる、

その表情が、たまらない。

悠真くんの心が、

私の方へと傾きつつある。

そう、私は確信した。


その時、リビングの照明が、

激しく点滅し始めた。

ガタガタと、食器棚の食器が揺れる。

テーブルの上の花瓶が、

今にも倒れそうだ。

座敷童の力が、コミカルに乱れている。

悠真くんの心の動揺が、

最高潮に達しているのだ。

彼は、顔を真っ赤にしたまま、

「わ、私は…その、どうすれば…」と、

言葉にならない声を出していた。

私の仕掛けた「身体を張る取り合い」に、

彼が、純粋にドキドキしている。

それが、私には、たまらなく愛おしい。

そして、同時に、

「よし、このままいける!」と、

闘志が燃え上がった。


麗華は、学園内で悠真くんを狙い続ける。

体育祭の競技。

麗華は、悠真くんとペアになるよう、

巧妙に生徒を誘導した。

二人三脚で走る悠真くんと麗華。

麗華は、わざとらしく体勢を崩し、

悠真くんにぴったりと寄り添う。

その度に、悠真くんの顔が赤くなるのが、

離れていても分かった。

私の身体が、熱を持つ。

「私だって、普通の女の子なのだから…」

私は、自分に言い聞かせた。

悠真くんの好意を引くために、

私も行動しなければ。

放課後、私はこっそり、

手作り弁当を悠真くんの机に入れた。

彼がそれを開けた時の、

驚いた顔を想像するだけで、

私の胸は、甘く疼いた。


悠真くんが、生徒会室に顔を出した時、

私は彼に、補習を申し出た。

「悠真くん、最近、少し学業が、

疎かになっているようだから。

私がお手伝いして差し上げましょう」

これは、生徒会長としての義務。

そう言い聞かせながら、

二人きりの補習室で、

彼と向き合う。

静かな空間。

私の吐息が、彼の耳元に届くほどの距離。

「わからないところは、遠慮なく聞いてちょうだいね」

そう言って、彼の手に、私の指が触れる。

彼の体が、びくりと震えた。

その反応が、私を、さらに大胆にさせた。


学園内で、悠真くんの「取り合い」は、

もはや日常風景となっていた。

授業中、休み時間、部活動、昼食時。

あらゆる場面が、二人の令嬢による、

悠真くんを巡る直接対決の場へと変貌する。

悠真くんは二人の間で振り回され、

隙を見ては逃げ出そうとする。

「僕は、ちょっと飲み物を…!」

そう言って、教室から駆け出そうとするけれど、

すぐに廊下で待ち構えていた麗華に捕まり、

引き戻される。

「あら、藤堂様、どちらへ?

わたくしと、まだ話がありますのに」

麗華の甘い声に、悠真くんの肩が震える。

別の時には、麗華から逃れた悠真くんが、

私の後ろに隠れるように身を寄せ、

「桐生院さん、助けて…!」と、

小さな声で訴えてきた。

そんな時、私は優雅な笑みを浮かべ、

麗華に向き直る。

「鳳凰院さん。悠真くんは、

私と生徒会の仕事がございますから。

邪魔をなさらないでくださる?」

上品な言葉遣いの中に、

確かな牽制の意を込める。

麗華は、私の言葉に一瞬たじろぐが、

すぐに負けじと、

「あら、わたくしは、

藤堂様の健康を気遣っているだけですわ。

会長のように、ご無理なさって、

お身体を壊されては困りますもの」

と、皮肉たっぷりに言い返す。

悠真くんは、二人の会話の板挟みになり、

目を白黒させていた。


座敷童の力も二人の感情に呼応するように、

コミカルな形で発動し、

予想外のハプニングを引き起こす。

教室のロッカーが勝手に開いて、

中のものが散乱したり、

体育館のボールが、勝手に二人の間に転がってきたり。

悠真くんは、そのたびに、

「ひぇっ!」と小さな悲鳴を上げる。

彼は、学園中を逃げ回り、隠れ場所を探すが、

どこへ行っても、まるで二人の令嬢の、

レーダーに引っかかるかのように、

すぐに捕まってしまう。

図書室の片隅で参考書を読んでいれば、

麗華が隣に座り、吐息がかかる距離で、

「藤堂様、この部分がどうしても分からなくて…」

と、わざとらしく体を寄せてくる。

慌てて逃げ出せば、今度は私が、

廊下で彼を待ち伏せ、

「悠真くん、最近、運動不足ではないかしら?

私と一緒に、少し歩かない?」

そう言って、彼の腕を、

まるで恋人のように、そっと掴むのだ。

悠真くんは、二人の間で、

完全に振り回されっぱなしだった。


悠真くんが「もう、どうしたらいいんだ…!」

と頭を抱えている。

その彼の姿を、麗華と私が、

勝利を確信したような笑みを交わす。

麗華は、悠真くんの困惑する顔を、

まるで楽しんでいるかのように見つめ、

「藤堂様、どちらを選ばれるのかしら。

わたくし、とても楽しみですわ」

そう言って、悠真くんの目の前で、

上品に微笑んでみせる。

私も負けじと、悠真くんの手をそっと取り、

私の頬に、彼の指先を触れさせた。

「悠真くん。選ぶのは、あなたよ。

だけど、後悔だけはさせないわ」

互いに、どちらが彼を射止めるか。

それは、家と家の未来を賭けた、

そして、私自身の、

秘めたる欲望をかけた、

壮絶な戦いの、まさに中間点だった。

この花婿争奪戦は、

まだまだ、終わらない。

私の心が、焦燥と、

そして、奇妙な興奮に震える。

このドキドキは、もう、止まらない。

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