第4章 5.


   5.

「見てください。この騒乱状態、警察とたぶん中国の傭兵部隊と思われる連中の衝突に端を発して――」

――スマホカメラ掲げて大声で何事かを叫んでいるのは、自称フリーカメラマンの動画投稿者、Tフラッシュである。


【ヤマザトタナカ】

いや、逃げてください

【てるまめ】

ヤバイヤバイヤバイって

【単芝小僧チャンネル】

Tさん、まじめに危険なので離れましょう。


コメントが滝のように流れていくのを見るTフラッシュは内心歓喜の渦の中にあった。

ここまで自分がバズるなんて! そりゃ細々とやってきたチャンネルだ。基本的に生中継・生配信というのは月に1回、それも視聴者コメントと軽く慣れ合う目的が強かった。

それが、新規も含めてすごい数になっている! なれ合いのトークではなく報道マンとして!!

いや、これって本当に報道マンか? などという疑念は自分の中にある。カメラマンとしてさほど仕事があるわけではない。

そのために知名度目的で始めた動画投稿だが、思いのほか面白かったのでのめり込んだが、特別今まで評価されてきたわけではない。

だからこそ、今、この場を離れるわけにはいかないのだ。


【ヤマザトタナカ】

妨害装置が動いている状態で、あなたまともにリスボンできるんですか

【てるまめ】

命大事にですよ

【単芝小僧チャンネル】

警察と傭兵部隊は何が原因でぶつかったとか現地ではどんな話が飛び交っているのですか。

現地の警備担当の企業司令部に向かってください。そっちの方が多くの情報を獲得できるはずですよ

【Y10PPP】

女子寮が暴れてるくさいんだな、もう~


撃たれてポーションの在庫が付きた奴が仲間に連れられて大急ぎで後方に連れられて行く。

その風景をカメラに収めながら、Tフラッシュは興奮の極みにあった。


「あっ!」

目の前で飛んでいくのは携帯式地対空ミサイル。企業が落とされた警察の『大型軍事用ミリタリーグレード』ドローンに代わって打ち上げた武装ドローンが撃墜された。

空から落ちてきて大破炎上するその風景はまさに異常な風景極まりない。

まさに『戦争』をイメージさせる風景。視聴者もTフラッシュも興奮は最高潮。もはや聞こえてくる銃声や剣戟の音色は恐怖ではなく興奮を煽り立てるBGMにしかならない。


「ご覧になりましたか? いま、たぶんミサイルか何かにドローンが落とされました! 軍事衝突の確かな証拠といえるかもしれません」

「ここは危ないです。下がりましょう!」

『春日警備運輸』の腕章をつけた人間がTフラッシュを見つけて、その腕をつかむ。


「この先は『女子寮』が制圧している区画です。今はむしろ彼女たちの自主性に任せて防衛線を維持することを優先しています」

「『女子寮』ですか? それはどういうことで」  「『女子寮』は『女子寮』です。ここを知ってる人たちならあれがヤクザより厄介な武装集団だと知ってます。さぁ!」

「待ってください。つまり、女子寮という名前の武装集団がいて、それと警察がぶつかってるで良いんですか?」

「違います。正直こちらも何が何だかわかりませんけど、西部区画では警察、中国傭兵、女子寮の三つ巴、東部では多分麻取かな? 麻取とどうも別系統らしい中国傭兵とやっぱり警察かな。こいつらの三つ巴、とにかく全体がホットスポット! さぁ! 早く危ないから!」

鳴り響く、モンスター発生警報。

こんな時にと、舌打ちが聞こえてくる。


天井の鍾乳石から、滴り落ちる水。


                    落ちて、水音を響かせ、音は高々一滴の音とは言えないほど大音響へと変貌する。


思わず耳を閉じる。手で耳をふさいで、生暖かい風が吹き付ける。


むせる。     む せ る 。


ゴホゴホと、むせて、気づけば咳は止まらない。口から血が流れ、


                                      耳や鼻から血が流れ、


気づけば、全身から血が流れ、しかし咳は止まらない。


【てるまめ】

ヤバイヤバイヤバイ、精霊風だこれ

【Y10PPP】

ガス状モンスターは本当に怖いよー

【単芝小僧チャンネル】

おいばかにげろ

【ヤマザトタナカ】

えっなにこれなにがおきてるうの


突如吹き上がるのは火炎の渦。無数の火柱が、『精霊風』というモンスターを焼き払っている。

背中に無反動砲を背負ったポニーテールの侍少女であった。和装に日本刀の少女は己が持つ日本刀から広がる業炎を振り回している。

すなわち、現代化刀剣類としての機能と自らのアーツの組み合わせによる燃え盛る炎の刀。

業炎は次第に赤色から青色へ。そこから黄金と青白い光が無数に組み合わされたものへ。

大熱量と熱量によって生じる上昇気流。その2つが、『精霊風』というガス状モンスターをそのあるべき姿を無理やり変質させる。

燃焼現象は遠慮なく空気を汚染し、そこにいた何かを破壊していく。

火は最強の浄化手段だ。オカルト的にも或いは物理的にも。ただし、浄化は破壊を意味する時もある。


「たっ……」

   すかった。

と、Tフラッシュは思ったが、お礼を言う前に侍少女は去っていく。

燃え盛る日本刀を片手に脚がすべて筋骨隆々とした爪の生えた鬼の腕になっている巨大な毒蜘蛛相手に戦いながら。


「彼女にはあとで謝意を表し、今はこの取材に全力を注ぎます!」

そういってカメラを掲げてたら侍少女が戻ってきた。例の巨大毒蜘蛛が群れを成して彼女に襲い掛かりながら。


「ギャーーーーーーーーーーーーーーー!」

謝意はいつ表明するのか、彼は大声をあげてその場を離れる。

まぁ、自分では勝てなかったモンスターを瞬殺する少女が逃げ惑うモンスターには戦えないのは道理である。

とはいえ、無抵抗でやられるつもりはないようで、逃げ惑いながら後ろに散弾銃をぶっ放す。

射撃の腕だけは確からしい。一瞬見て撃ち込んだだけの散弾は見事に毒蜘蛛の1体の顔を吹き飛ばした。

『トルコ製:P.A.式散弾銃』のスライドを引いて、シェルショットがチェンバーに送り込まれる。

再びの発砲。侍少女に襲い掛かろうとしていた毒蜘蛛の腕を吹き飛ばす。侍少女は侍少女で、逃げ回りながら飛び跳ね、近くの鍾乳石もどきの柱を蹴って空中一回転。

その勢いのまま燃え盛る刀を振り下ろして、一刀両断していく。


「も、モンスターがこのように! はっ、せいするダンジョン内部では、安全地帯は人が作るものでぇぇえす!」

頑張ってカメラにそう叫ぶTフラッシュ。その叫びは『代々木ダンジョン村』の防衛を担う企業たちの『無人兵器ドローン』たちの注意を引いた。

ワイヤーで接続された電動ノコギリのロケット弾が複数射出され、毒蜘蛛を文字通りバラバラに粉砕する。

その余波は近くの現代アートっぽいなんかよくわからない模様が描かれた壁を粉砕し、その瓦礫を周辺にばらまくほどだ。


「たっ、助かった」

今度こそ大丈夫だろうと思ったその矢先、ドローンがロケット砲で吹き飛ばされる。

ロケット砲を撃ち込んだのは、傭兵。それも大陸系傭兵企業のロゴマークをでかでかと防御ベストに描かれた傭兵。

ついでにロケット砲の砲身はTフラッシュと侍少女に向いていて――


「――バカ野郎!」

撃ってきた。


そして、ロケット弾は着弾する前に横からの散弾によって空中で爆散する。


「「「!?」」」

傭兵が、Tフラッシュが、侍少女が、一瞬何が起きたのかと目を白黒させた次の瞬間、電動アシストのダンジョン用マウンテンバイクが突入し、その突撃槍ランスを傭兵に突き立てた。

傭兵の体が文字通り引き裂かれ、そのままぶっ飛び、肉片が散らばって蒸散始める。


「いちちゃん、コメント主はこの向こうらしいよ!」

「そうなんですか? この2人がピンチっぽかったので、この人達かとおもいました」

そんなことをいって、立ち去る2人の美少女とそれを待ってるらしい2人組の少年。

Tフラッシュはそんな4人組にカメラを向けて、走り出した。よくわかんないけど、あいつらは間違いなく『持ってる』。

あいつらの後をつければそれだけで、スクープ間違いなしだと。

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