第3章 7.


   7.

(((まずい……)))

『長谷川』は仮にもベテラン。状況が悪いところに転がっていることがいやでもわかる。敵には増援の当てがある。そして、まず間違いなく敵には通信手段がある。

こちらの通信手段を封じておきながら、相手は自由に使える。

すでにこちら側は戦いで弾薬を消耗している。


「一般市民に弾薬の提供をお願いして、どのくらい集まると思います?」

「警察としては提供ではなく、売却をお願いするしか手がありませんし、後日払いを受け入れてもらうしか」

「なるほど、県議会がうるさそうだ」  「そちらだって、本店(厚労省)がうるさいのでは?」

お互い大変ですねと小さくつぶやき、そして、大声を上げ始める。内容はいたって単純。後日支払うので弾薬の売却をお願いするというもの。

9ミリ拳銃弾、5.56ミリ西側ライフル弾。可能ならショットガンの弾丸もお願いしたいと。

代々木ダンジョン村の西部地区とやらで活動中の警察の部隊と接触し、どうにか今の状況をできないかという話が何やら変な方向に進んだ。


「9ミリなら……1発500円でいいです?」  「ご、ごひゃ、それじゃ50口径と変わらない値段じゃないですか」

「持ち込み代金まで考えたら50口径はもっとかかりますよ。40発まで売ります。全部で2万円!」

「マイナンバーカードを撮影させてください、後日きちんと払わせていただきます」

戦場のど真ん中で、値段交渉や取引を一般市民相手に勝手に始めたベテランたちを見て思う。


(この仕事、もう何でもありだな)

「45口径あります!!」  「おお! ありが……オートリム!?」

「1発1500円くらいほしいっすね!」  「なんでこんなマイナー弾薬持ってきて、どやってるのこいつ。高いし使わないから」

苦笑しながら見て見ぬふりを決め込む税務職員の皆さんもその表情には疲れが見える。

状況は一向に良くならない。通信妨害そして


「『妨害装置』……」  「今、リスポーンすれば、行先はおそらくはどこぞの船の上に設置された非公式のダイビングスポットでしょう」

そして、その場合……おそらくは


「国外で、反社関係の人間たちに囲まれてどうなるかって流れか。クソが」

妨害装置の厄介さはその点だ。


「こちらが切り札を切ります」  「お願いできます?」

『長谷川』は目の前のスマホのアプリを起動させる。

そのアプリはそれ専用のアプリであり、最悪の状況を見越してネット回線などを使用せずそのままラジコン操作を受け付けられるようになっている。

すなわち『軍事用ミリタリーグレード』の大型ドローン操縦用アプリ。

使い捨て90ミリ低圧砲と20ミリ機関砲と言う主砲と、グレネードマシンガンの副砲から成り立つ多脚装輪式の陸戦遠隔ドローン。労基のダンジョン監査自衛用最終決戦兵器。


「こいつでどうにか出来ない相手には、こいつが頑張ってくれる間に逃げるんだよ」

「『長谷川』さん、今時の役所って怖いんですね」

軽自動車サイズの陸戦遠隔ドローンが2人の目の前に現れる。遠隔操縦だから、スマホアプリが必須だ。

遠くに聞こえる剣戟が近づいてきている。


「ああ、バッテリーが……」

弾薬はもちろん、レイピアのバッテリー残量もまた不安になってきた『長谷川』ら役人連合にとって、こいつが最初で最後の切り札。そのドローンの屋根に腰掛ける。

インファイトフレームまで持ち出すような連中だ。一体ここのブラック企業はどんな奴らと何の利益があって手を組んでいたのだろう。


「……ここまでだな」

証言者や回収した書類を収めた段ボールがある。これ以上は損害が大きすぎる。妨害装置が稼働中の今、アバターとはいえ、死ねば犯罪組織のど真ん中。

二度とまともな体、身分で日本の土を踏めるかどうかも怪しい。最低限の証拠と証言者は確保した。撤収しよう。

ひとまず県警が管理しているダイビングスポットまで移動しよう。少なくともそれで――


「――どうする? 初めての現場はコレはきつすぎるから、早退して良いぞ」  「えっ!? この惨状でどうやれば帰れるんです!?」

新人と証拠はなんとか守れるだろう。この陸戦ドローンを使えば、こいつらだけでも何とか出来るだろうから。


「ついていきます! こんなところで置き去りにされるほうが大変だ! パワハラで訴えますよ!」

「労基がパワハラで訴えられるのか……マスコミの良いエサになる……」

尤も戦場のど真ん中、帰れと言われた人間が素直に帰れるかについて考えなかった分、『長谷川』も手一杯なのだが。




―― 大陸系『採掘企業』の一つ『百億万』の移動基地:座標レイヤー32.2度、128.0度 ――

彼らが動き出す。彼らが使用していたテントの類いの片付けが始まり、ダンジョン用に改良された軍用車両団のエンジンが鳴り響く。

在庫一掃処分がてら、大量に投入されているガソリン式の内縁機関だ。このガソリン補給用のドラム缶だけでも凄い額になるが、それだけの期待感に答えねばならない。

すなわち、サラミスライスの投資回収。ここ数日でサラミスライス用に投入した部隊が物凄い勢いで撃破されてかえってくる。

しかも投入した武器弾薬燃料の類いは悉く略奪されたり日本の当局に抑えられると言う始末。

本社はやり方を変える決断を下し、一度撤退する事を選んだ。が、このまま何もせず撤退するのはサラミスライス戦略の真逆の対応だ。

故に、日本側に痛撃を与えてから撤退する事になった。それが実現可能かどうかはこの際判断されない。

かろうじて残った無事の戦力をかき集め、2カ所から日本側の一大拠点と化している場所を連続で襲撃し破壊する。


「それとは別に、追加のオーダーだ。『アセット』の回収任務が追加された」

そういって提出されるのは複数枚の写真。すなわち、あの『被疑者』の生身とアバターの写真、『代々木ダンジョン村』で活動する企業関係者と設備。

中南海や本社上層部が都合良く使ってきたとかで、今回こいつが持ち出した最後の『物品』を是非とも回収したいと。故に本人達ごと確保するようにと。

何しろ、『被疑者』の場合『物品』が何処にあるのか、そして仮に見つけた所で強固に暗号化され、暗号の解除鍵がわからない恐れがあると。


「『アセット』の身柄を何が何でも日本当局に確保されてはならない。万が一そのような事態になる場合、それと引き替えにとにかく大打撃を与えねばならない。

とはいえ、ダンジョンのレベル1で爆撃機だの弾道弾だのは使用不可能だ。地下空間でそう言う代物が使えると思う物は是非使い方を教えて欲しい。

故に原始的な放火や爆弾設置による破壊行為がメインとなる。或いはモンスタートレインという方法だな。作戦は我が社『百億万』を初めに5つの企業による連合作戦だ。

各所で連中の拠点を襲撃する事になっている。が、この方面最大の日本拠点は我々の担当だ。心してかかれ」

『百億万』の社員、戦闘要員たちは自らの武器の最終点検を行う。ライフル、拳銃、手榴弾に棍棒、青龍刀、矛や呉鉤ごこう。変わり種ではパタンなど。

大陸系『採掘企業』『百億万』の戦闘部隊。その数2個戦闘大隊。他にも8個の戦闘大隊がどこかにいるが、この方面で合流することはほぼ無いだろう。

戦闘大隊と呼ばれる増強混成大隊が10個で編成される戦闘旅団という特殊な軍事編成を東シナ海全体で1個配置するのが『百億万』の限界だし、それだって実際の所、軍部による援助が無ければ維持できないだろう。

そして、ここ数日、日本側の襲撃――謎の4人組、おそらくは特殊部隊――により、すでに1個の戦闘大隊が人員以外の装備物資を喪失し戦闘能力を失っている。


「同業他社の連合軍だが、実際は我々を出し抜く気満々だ。最悪の場合、今回の件で業績悪化した我が社を買収するつもりかもしれないな。

言っておくがもしそうなった場合、諸君等の待遇や福利厚生について、私からは何一つ保障出来ない」

指揮官という名の上司の発言に、戦闘部隊の戦闘要員、すなわちそう言う部署の社員達としては頭を抱えざる得ない。


「確認が、日本当局の特殊部隊などの戦力が常駐している可能性は?」

「あるが、現状では確認されていない。現場には複数の同業者も出入りしているそこからの報告も上がっているが、武装警察や日本軍の公的な戦力は確認されていない。

常設されているのは民間委託された警備隊があるだけだ。ただし、『アセット』の確保を目的として官警の集結を確認してある。これを見過ごすことは出来ない。心してかかれ」



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