第2話 書けない

 私、小波さざなみ心彩こころは高校生だ。


 学校に通いながら、趣味の小説を毎日コツコツ書くためにアイデアを書き溜めたり、時にはがっつり原稿にしてみたり。

 そんな、普通の高校生。


 ……ちなみに友達はいません。部活にも入ってないから、基本一人きりだ。もう慣れてる。

 だけど──誰かと一緒に昼休みを過ごしてみたい、なんて思ったりする日も──ある。


「はぁ……」


 席に着いて、頬杖ついて、私は黄昏れていた。


 ……書けない。

 アイデアが浮かばない訳じゃない。

 なのに、思うように進めない。

 SNSで知り合った人たちはみんな、思い思いに作品を投稿してるのに。


「私だけ、置いてけぼりみたい……」


 呟いた。吐息になって消えるみたいに小さく。

 あぁ、そっか。

 私、疲れてるんだ。


 そう思って立ち上がり、トイレに顔を洗いに行った。




 パシャッ、と水を浴びると、冷たい感触が顔を覆って痛かった。


 そして、蛇口から流れる水の音を聞きながら、目の前の鏡を見た。左分けに髪留めした花柄のヘアピンが、少し寄れてる。

 淡い茶色の髪は、ボサボサだった。


 ……そういえば、今日髪といたっけ。覚えてないや。

 普段だったら、もっと、気を遣っていたはずなのに。

 例えば、エリスが私に『だらしないわね』って言って……それで気付いて……。


 心で何を呟いても、彼女たちはやって来ない。

 どうして、なんだろう。何を考えていても、モヤがかかってるみたいに、影を掴めずにいて。


「──……さん、小波さん」


 ハッとする。声のする方を振り向くと、気付かないうちに誰かがそこにいた。


「……大丈夫? ってか、あたしもそろそろ手、洗いたいんだけど」


「あっ、そ、ごめんなさい……」


「別に、そんな謝んなくてもいいけどさ……」


 クラスメイトだ、顔に見覚えはある。……だけど名前は、覚えてない。

 そそくさとその場から逃げるように、私はトイレを後にした。


 彼女の顔が、ずっとこっちを見てる気がしたけど。

 振り向くことは、出来なかった。


 何、やってるんだろう、私。




 家に帰ってからも、どこか気持ちが落ち着かない。

 ソファにうつ伏せに寝転がって、吐息を漏らした。


「……、はぁ……」


「心彩ー、あんた帰ってからずっとため息ばっか付いてるけど、うるさいぞー」


 ぶつくさ言うお母さんの声も、あんまり本気で聞いてなくて。


「うん……ごめん……」


 なんて言うけど、すぐ後にまたため息が出た。またしてもお母さんの声がしていた。


 小説を書いてるなんてことは、家族には言ってない。……言えてない。

 恥ずかしい気がして。ただでさえ学校の友達もいなくて、その上小説なんてインドア趣味。知られたら、なんかぎゃあぎゃあ騒いできそうで。


 ふと、スマホの画面を見つめる。映したのは、私の作品がある、webページ。

『ふとした日常をファンタジックに。』

 それが、私の書いた作品のタイトル。


 現実が妄想みたいに変わる、ちょっとした非日常──例えば魔物が世界を襲って、それをエリスやビビットみたいなヒーローが軽やかに救うっていう、王道を目指した一作だ。


 その作品をぼんやり眺めていても、やっぱり彼女たちの声は聞こえない。

 そんな時、一件のレビューが届いているのに気が付いた。


「……あっ!」


 思わず声が漏れて、跳び起きた。お母さんの妙な視線が刺さった気がしたけど、気にしない。


〈エリス達がめいっぱい今を生きる姿に感動しました! 作品のフォロー押させていただきますね!〉


 そんな感想に、思わずガッツポーズが出た。

 ……うん。やっぱり嬉しい!


 いつだって感想をもらう瞬間は心が晴れる。それが、この作品をしっかり読んでくれたものならなおさらだ。


 すぐに感謝の返信を送って、スマホを胸に抱く。間違ってなかったんだ、彼女たちは確かにそこにいる。


 この気持ちを無駄にしないために、いつも使ってるメモアプリを開いて──。

 ……開くだけで、終わってしまった。


 書きたい。でも、指が動かない。

 こんなに彼女たちの世界を愛してるのに、言葉が生まれない。

 エリスたちがいるのに、そこに手が届かない気がして──怖くなった。


 スマホを手元に置いて、電源を落とす。そうやってまた、ぼすっとソファに寝転がる。


 それが、今出来る私の、精一杯の「冒険」だった。

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