私の愛した世界を、あなたにも

鮎のユメ

第1話 小説が好きだ

 小説が好きだ。物語が好きだ。

 ハラハラして、ドキドキして、時々クスッて笑えて、ちょっぴり泣けるような。

 そして最後には、ちゃんとみんなが笑顔で迎えられるような、そういう話が、私は好きだ。


 そんな思いで、私──小波さざなみ心彩こころは、小説を書くことを始めた。


 ワクワクするような世界と楽しく愉快なキャラクターが織りなす痛快な物語。ファンタジーってやつだ。


 キャラクターを書くのが特に好きだった。

 その子たちの掛け合いを書いて、読んで、私自身一緒になって楽しんでるみたいで、ドキドキした。


 創作って、こんなに楽しいんだ!


 気付けば私は、その子たちの〝声〟がどんなことをしていても頭に浮かぶくらい、その世界に、のめり込むようになった。


「ん……疲れたー。今日はもう、休もうかなー……」


 そんな風に愚痴を吐こうものなら、すぐさま飛んでくるのは私のもっともお気に入りのキャラクター、エリスだ。


『まったく心彩こころは、そんなんじゃ私たちみたいなヒーローになんてなれっこないよ』


 わかってるって。まぁそもそも、私じゃヒーローなんて向いてないけど。


 真面目で厳しく、私を叱ってくれる。だけど時々褒めてもくれる、優しい心の持ち主だ。腰に手を当てて、まっすぐ私を見てくれている。

 そして、私の声に、反応してくれるのがもう一人。


『そうかー? ウチは心彩なら、絶対なれるって思うけどなー。だって、あんなに楽しそうに書いてくれるんだもん』


 そう言って、エリスの大親友、ビビットは私を明るく励ましてくれる。今も頭の後ろで手を組んで、にこやかだ。

 気さくで勝気な、みんなの頼れる姉貴分。


 私が、大好きな子たちだ。

 ……イマジナリーフレンドだなんてバカにはしないでほしい。




「……ふぅ。これで、完成……!」


 10万字ほどが長編作品という枠組みに入るって知ってから、私は頑張って、彼女たちの登場するその作品を書き終えた。世の作家さんたちって、これをずっとやってるんだ……って思うと、本当にすごいし、骨の折れる作業なんだなぁと感心もした。


 だけど、作品を書き終えた後に残った高揚感と達成感は、何にも代えがたいものがあって。

 軽く小躍りしたくもなる、そんな気分だった。


『お疲れ様。よく頑張ったわね』


 エリスの声が私を撫でるみたいに、優しく響く。


 べ、別に? 大したことしてないし……?

 そうやって強がるように心で呟く。でも顔はにやけっぱなしだった。


『またまたぁ。ウチらのこと、ずっとずっと考えてたくせにぃ』


 なんて言って、からかうビビットの声が、耳元でうるさかった。




 その作品を、私はインターネットに、誰もが見られるサイトで、公開した。


 そしたら瞬く間に大反響! ……なんてことは流石に起こらず。無名だし、始めたばかりの私の小説なんて、誰も見てくれない。それは予想してた。

 でも、少しずつでもPV、つまり見てくれる人が増えていたり、ブックマークされたり。

 そんな些細なことでさえ、胸がいっぱいになった。


 感想が届いていた日には、もう、小躍りなんてものじゃない。

 泣きそうになるくらい、嬉しかった。すぐに反応して、返信を送って、感謝を綴った。


 読まれるって、〝伝わる〟って、こんなにも心に響くんだ……!


 私が大切に育ててきた思いが、キャラクターたちが。

 誰かに届けたいと思って書いたその作品が、評価されていること。

 それが堪らなくて、小説を書くことはやめられそうになかった。こんな楽しいこと、やめられるはずがない……!




 それから私は、ある配信者に自作小説を読んでもらうという企画に挑戦した。


「えっと、これでいいのかな……?」


 ドキドキしていた。だって、ちゃんと作品を読んでもらうなんて、生の声を聞くなんて、初めてだったから。


 ……だけど、結果は。


「……これ何が面白いの?」


「何でここで視点変更入るかなー、邪魔じゃない?」


 酷評だった。それも、結構厳しめに。


 きつい言葉も多かったけど、その人はちゃんと、作品の〝どこをどう直せばいいか〟を教えてくれた。

 考え方や、書き方のコツみたいなことも。私にとっては、ただの酷評じゃなかった。


 そんな、学びのある配信だった。


 はぁー! なるほどなー! って私は息をついて、配信にコメントしながら、自作の酷評されたところをまとめて、次に活かそうって思った。


 正直、強い言葉を言われて、へこみそうだった。それでもめげないと、再びペンを握った。負けないように次の作品を書こうって思った。


 大丈夫、構想なら任せて。

 もう10作品ぐらいは考えてある。

 キャラを動かすのは得意なんだから。


 だから私は、まずログラインってヤツから、お話の整理をし始めた。


 そっか、こうやってやるんだ!

 だから、物語の軸がぶれないんだ。

 そうやって、基礎からやり直していた。


 ……だけど。


「んー……」


 どうにも、やる気が起きない。

 なんだか体が熱っぽいような。頭がいっぱいなような。


 だからその日は、もうそのまま寝ることにした。




 ──そして、目が覚めた時。

「あれ……?」


 エリスの声が、しない。

 ビビットも、もう、返事をくれなかった。


 その日からだった。

 彼女たちの声が、私の中から、聞こえなくなったのは。

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