第30話 偽りの正義と、真実の刃

「――見つけたぞ、アレン。そして、イリス様」


洞窟の入口。滝の飛沫で濡れた岩の上に、シオンが昏い瞳で立っていた。

その後ろには、『六枚の翼』の残りのメンバーが、殺気を放ちながら俺たちを囲んでいる。

完全に、袋の鼠だ。


「二人まとめて、ここで始末する」

シオン――いや、カインは、短剣を構え、冷たく告げた。


「待て、シオン!」

俺は、叫んだ。

イリスを背後に庇うように、一歩前に出る。

「お前に、話さなければならないことがある!」


「……今更、何を」


「お前は、騙されている!」

俺は、イリスから聞いた、衝撃の真実を、ありったけの声でぶつけた。

「三年前、お前を見殺しにしたのは、俺たちじゃない! 俺たちの国と、お前が信じる教皇だ! 教皇は、自分の野望のために、お前を駒として使い捨てたんだぞ!」


俺の言葉に、シオンの肩が、ぴくりと震えた。

だが、彼の瞳に宿る昏い光は、消えない。


「……黙れ」


「本当だ! イリスが、そう言った!」


「黙れと言っている!」

シオンが、吼えた。

「聖女様を誑かし、その尊いお心を惑わせた、裏切り者が……! これ以上、その汚い口を開くな!」

彼は、俺の言葉を、俺がイリスを騙すための嘘だと判断したらしい。

いや、違う。

心のどこかで、それが真実だと気づいている。だが、それを認めてしまえば、彼の『カイン』としての存在意義が、全て崩壊してしまうのだ。


「イリス様が、お前の言葉を信じたとしても、俺は信じない! 俺の正義は、ただ一つ! 教皇猊下の御心のままに、悪を滅することだ!」


「その正義が、偽物だと言っているんだ!」


「問答無用!」


シオンの姿が、掻き消える。

狭い洞窟の中、四方八方から、『六枚の翼』の刃が、俺とイリスに襲いかかった。


「くっ……!」


俺は、イリスを庇いながら、必死に剣を振るう。

だが、多勢に無勢。消耗しきった身体では、捌ききれない。

頬を、腕を、浅い刃が掠めていく。


「アレン!」

イリスが、聖なる光で障壁を張るが、それもすぐに打ち破られる。


「終わりだ、アレン!」

シオンの刃が、がら空きになった俺の背後から、心臓を狙って突き込まれた。

速い。避けられない。


(ここまで、か……)


諦めかけた、その時。

俺の脳裏に、リリムの顔が浮かんだ。


『絶対に、生きて帰ってこい!』


そうだ。俺は、あいつと『契約』したんだ。

こんなところで、死んでる場合じゃない!


俺は、シオンの刃を、あえて、左肩に深く受けた。


「ぐっ……!?」


「なっ……馬鹿な!?」

シオンが、驚愕に目を見開く。


俺は、肩に突き刺さる刃の痛みも構わず、その腕を、俺の右手で掴み、固定した。


「捕まえたぞ、シオン!」


「離せ、アレン!」


「離すもんか! お前の目を、覚まさせるまでは!」


俺の瞳が、に輝く。

それは、怒りや憎しみから生まれる力じゃない。

友を、救いたい。ただ、その一心から生まれた、温かい光。


「イリス!」

俺は、叫んだ。

「何か、手は無いのか!」


イリスは、俺の覚悟を悟ったようだった。

彼女は、自らの胸に手を当て、祈るように、呟いた。


「……わたくしの最後の聖法気マナ、全てを賭けます! アレン、わたくしを信じて!」


彼女の足元に、複雑で、見たこともない、黄金の魔法陣が広がっていく。

古代の転移魔法。

聖女にしか使えない、禁断の秘術。


「させん!」

他の暗殺者たちが、魔法陣を破壊しようと、イリスに殺到する。


「お前の相手は、俺だ!」


俺は、肩にシオンの刃が突き刺さったまま、もう片方の剣で、暗殺者たちの攻撃を、鬼の形相で弾き返した。

激痛が、全身を駆け巡る。

だが、不思議と、意識は、かつてないほどに、冴え渡っていた。


「アレン、今です!」


イリスの叫びと共に、魔法陣が、眩いばかりの光を放った。

視界が、白に染まる。


「アレンーーーーッ!」

シオンの、悲痛な叫びが聞こえた気がした。

それが、俺がこの場で聞いた、最後の言葉だった。



光が、収まった時。

洞窟の中には、シオンと、『六枚の翼』だけが、残されていた。

アレンとイリスの姿は、跡形もなく消え失せている。


「……逃げられた、か」

暗殺者の一人が、吐き捨てた。


だが、シオンは、動かなかった。

彼は、ただ、アレンが消えた空間を、呆然と見つめていた。

その手には、まだ、アレンの血が、生々しく付着している。


『お前の目を、覚まさせるまでは!』


アレンの最後の言葉が、彼の頭の中に、木霊する。

自分が信じる正義。

アレンが叫んだ真実。

一体、どちらが、本物なのか。


ミシッ、と。

彼が顔につけていた、『カイン』としての仮面に、本当に、微かなヒビが入ったのを、誰も気づくことはなかった。

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