第7話 冷気と野菜のデスマッチ! 氷の苗床と灼熱トマト

 勇者農園の勝利に沸く夏の終わり。

だが、異変は静かに――そして確実に、忍び寄っていた。



「……なんだ、この寒さ」


 早朝、俺は畑で異変に気づいた。


 空は快晴、季節は夏の終盤にもかかわらず、畑の東側の土が――白く凍っていた。


 霜。しかも、普通の霜じゃない。

 まるで魔法のように、一夜にして“凍結”していたのだ。


「ユウト様! ご覧ください、王都からの緊急報が!」


 クラリスが駆けてくる。手には王印の封書。


「王立魔導院の報告によれば、東の峡谷“クレバス・デルタ”にて《氷の苗床》と呼ばれる魔族由来の植物が急速に拡大中。対象植物は、周囲の熱を吸収し、凍土を形成。周辺作物が壊滅状態とのことです!」


「……やっぱり魔族か。冷害なんて、農業にケンカ売ってんのかアイツら」


 このままでは、王都周辺の作物が全滅しかねない。

 さらに放置すれば、凍結被害は村々を襲い、国全体の食糧危機にまで発展する。


「ユウト様、わたくしも参りますわ!」


「もちろん。クラリスの水じょうろ、今回も頼りにしてるからな!」


「今回は《熱湯機能》付きですのよ!」


「え、なにその魔改造!?」



 数時間後、俺たちは問題の地――クレバス・デルタの入口にいた。


 冷気は、まるで生き物のように吹き出していた。


「これは……すごい冷気。普通の霜とは全然違う……」


 氷に覆われた地面を慎重に進む。

 すると、見えてきた。


 それは――まるで氷のトマト畑。


 透き通る果実、ツララのような茎、全体が氷でできた植物群。

 中心には、玉座のように鎮座する巨大な“氷の芽”。


「……あれが《氷の苗床》か……!」


 スキルを起動する。

 しかし――


「……っ!?」


 眩しすぎる。

 どの部位も“収穫適期”の光を放っている。これは……罠だ。


「ユウト様!? どうなさいましたの!」


「これ……“偽装適期”だ。魔族のトリックで、全部収穫に見せかけてる!」


「な、なんという悪趣味な魔法……!」


 その時だった。


「……よくぞ見破ったな、人間農家よ」


 低く響く声。空気がさらに冷たくなる。


 氷の苗床から現れたのは、銀色の髪に青白い肌を持つ――魔族の女だった。


「我は《霜晶の園丁(しもしょうのえんてい)》グラシエラ。魔王陛下に仕える氷の栽培士」


「なんで魔王軍に栽培士なんて役職あるの!?」


「野菜を支配すること、それすなわち世界を制す……魔王陛下の言葉である」


「それどこの農業系魔王様!?」


 グラシエラが指を鳴らすと、氷の植物たちが唸り声を上げて動き出す。


「くっ……氷トマトが来ますわ! ユウト様、あれは……燃やさないと……!」


「よし、あれを使おう。農園裏にあった、あの激アツ素材!」


 俺が取り出したのは――


灼熱唐辛子ヒートレッド・バースト!」


 真っ赤な果皮、常に高熱を帯びた灼熱系野菜。調理時に注意が必要なほどの熱量を持つ、農園の秘密兵器だ!


「いっけええええええええッ!!」


 俺はそれを手投げ弾のごとく、氷トマト軍団に叩きつけた!


 ——バチィッ!!


 氷にぶつかった瞬間に炸裂し、激しい熱反応が起こり、氷の植物が一気に溶けていく!


「……なに!? この温度は……ッ!!」


「冷気には熱で対抗するって、科学の基本だぜ!」


「それは……食べ物か!? 本当に食べ物なのか!?」


 クラリスも続く。


「わたくしの《熱湯じょうろ・マークII》、発射準備完了ですわ!」


「何!その名前!? じょうろが戦闘ロボになってる!!」


 そして、俺はスキルに集中する。


 氷の苗床の“核”――そこだけ、“真の適期”が見える。


「見えた……あそこだ!」


 俺の鎌が、黄金に光る芯へと向かって――



 ザクリッ――!


「収穫、完了だッ!!」


 次の瞬間、氷の植物が一斉に凍りつき、砕けて消えていった。


 静寂。


「や、やった……!」


 クラリスとハイタッチを交わす俺。

 だが、グラシエラは悔しそうに叫ぶ。


「……まだ終わらぬ。氷は芽吹き、また熱を奪う。我ら魔族の“農業戦線”は、始まったばかりよ!」


「農業戦線ってなに!? もうカテゴリがバグってる!!」


 彼女が消え去った後、俺たちは凍結被害の回復作業に取りかかった。


 クラリスのじょうろで、溶けた土を癒やし――

 俺のスキルで、根を見極め、新たな種を蒔く。


「ユウト様、わたくし……やっぱりこの仕事が好きですわ」


「ああ、俺も……戦いじゃなくて、土と向き合ってる時間が一番好きだよ」


 二人の影が、夕暮れの土に重なる。


(守りたいものがある。だから俺は、農家であり、勇者なんだ)



 そして夜。

 王城の宴席で、国王が告げる。


「ユウト殿。クラリスの農業教育は、極めて有益であった。よって、そなたに“農業公爵”の爵位を授ける」


「ちょ、ちょっと待て!? それって貴族入り!?」


「それともう一つ――クラリスとの婚約を考えるように」


「えええええええええええええええッ!?!?」


 次回!

「農家、貴族になるってよ!? 王女との結婚と畑の両立問題」

地位と恋と収穫の三重苦!

ユウト、畑と政略の間でまたしても苦悩!?

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