訪い
久保ほのか
1
今日もあれが戸を叩く。
親父を埋葬したのは2週間前のこと。窓の外を黒い人影が横切り、玄関を頻りに叩いたのが1週間前。以来、今日までノックの音は絶えない。
息を潜めてじっとしていれば、じきに去る。
この土地のものはみな知っている。埋葬から1週間後、稀に家を訪うなにかが現れることを。
子供の頃から語り聞かされる伝承だ。
家に入れたら最期、「奴ら」は一滴残らず血を吸い取り、空っぽの死体を置き去りにどこかへ消える。
その死体も数日もせず消えるという。
噂じゃ奴らと同じ化物になるそうな。
物音を立てず、目と耳を塞ぎ、やり過ごす…...
木枯らしが吹き荒れ木々が唸る。その音に負けじとノックも激しくなる。外はさぞ寒いだろう。
底冷えのする寒さは屋内も同じで、物音を恐れて暖炉も使えないのでおれは数日前から風邪を引いてしまった。
咳も鼻水も必死に堪えている。だが、鼻が……ムズムズする……
ハックション!
やってしまった......!ノックの音がピタリと止んだ。不吉な静寂。永遠に思えた一瞬の静けさを破ったのは、懐かしい塩辛声。
「息子よ、いるんだな?」
「玄関を開けて、家に入れてくれ。ここは寒くてかなわん。ひどく冷えるんだ」
まぎれもない親父の声だった。
招かれなければ入ることのできない、忌むべき訪問者。奴らにとっては帰宅だろうが、我々生者にとっては襲撃だ。
気づかれてしまっては仕方がない。意志を強く持って、決して入れなければいいのだ。奴らは夜しか来ないのだから、日々の生活には困らない。
「息子よ、入れてくれ、雨が降っているよ。体が芯まで冷えちまった。早く暖炉の火にあたりたいもんだ」
「息子よ、薪をくべているな?パチパチ音がする。いい音だ......外じゃ獣の唸り声がする。こんなとこにゃいられんよ。入れてくれ」
「息子よ、お前の顔が見たいよ。もう何日も見てないからなぁ......俺はお前の父親なのに、なぜ家に入れてくれないんだ?」
息子よ、息子よ、息子よ、息子よ。
耳を塞いでもなお聞こえてくる。あれは、もう、親父ではない。なのにすごく懐かしい、温かい声、まるで生きて帰ってきたような......
今日もあれが戸を叩く。
叩き始めて1ヶ月、俺はなぜ拒んでいるのだろう。
あれは俺の親父。
あれ、なんかじゃない。彼、だ。
だって親父なんだから。
今日は特に冷え込んでいる。まるであの日のような、底冷えのする寒さ。
この頃は特に寒い。全てを麻痺させる寒さだ。こんな寒い冬の夜に、父親を外にほっぽり出す息子がどこにいる?
早く入れてやらなくちゃ。
俺は戸に手を伸ばした。暖炉の火が、わずかに揺れた。
訪い 久保ほのか @honokakubo
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