いざ本部へ

 次の日の放課後。

 ゆるふわミルクティーヘアの彼女に「今日は部屋・・に行かんで」と言われ上空を飛行中。

 といっても俺の飛行能力フライトではなく来留さんの瞬間移動テレポートに頼っている。

「こんな明るいのに空飛んで大丈夫?」

「案外空なんか見ぃひんもんよ。それに見られたかてなんかデカい鳥としか思わへんやろ」

 たしかに上空千メートルにいれば人間とは分からないだろう。飛行機やその類のものに遭遇さえしなければ。

「で、今日はどこに行くの?」

「テミス。正式に入るなら本部行かなアカンから」

「そうなんだ。……待って、昨日勝手に見学したけど大丈夫だったの?」

「……黙っといたらええねん」

 大丈夫ではなさそうだ。間違っても喋るヘマだけはしないように気をつけなければ。

「ま、今日は出動も無いし、ゆっくりできるわ」

「そんな日もあるんだね」

「基本的に事件はチームごとに分担してるからな。ほんまに無いか、どっかのチームが出動してるかやな」

「なるほどね」

 そうして瞬間移動テレポートを続けること約十分。


 街の喧騒が届くことのない山奥。そこにテミスと呼ばれる施設は存在した。

 なんとも無機質な白い建物で、誰も利用しなくなった廃墟と思いそうだ。

「どこから入るの、これ……」

「ここや」

 来留さんは壁に設置されている指紋認証に白くて細い人差し指を当てる。すると白い壁の一部が型抜きクッキーのように長方形に開いた。

「うおお!? 最新テクノロジー!?」

「めっちゃびっくりするやん」

 ふっとわずかに口角を上げる来留さん。

 なんだか幼い子どもを見るかのように微笑まれ恥をさらした気分になる。


 彼女に続いて中に入ると、スーツや白衣を身につけた人たちが忙しなく動き回っていた。

「お疲れ様です」

「礼奈ちゃん、お疲れ様」

 男女関係なく来留さんへの挨拶は飛んでくる。彼女は律儀に会釈と挨拶を返していた。

 彼女は少し進んだところでエレベーターのボタンを押す。

 四階まで昇ったエレベーターはなかなか一階まで降りてこない。

「来留さん、すごいね。いろんな人に知られてるし……」

「まあ長いからなぁ」

「そうなんだ……これからどうするの?」

「総監長に会う」

「……総監長って、どのくらい上の人……?」

「え、一番上よ」

「いっ……!?」

 トップに顔を合わせるのならもう少し早めに言ってほしい。というか聞かなかったら言わなかったのかと問いたい。

 

 そうして一階に到着したエレベーターへ乗り込み四階で降りる。一階とはまるで別世界のようにしんとしており、重厚そうな木目のドアがただ一つ。

 来留さんは学校の職員室かのように躊躇うことなくノックし一声かける。中から「どうぞ」と声が聞こえた。

 さっさと入る彼女とは裏腹におそるおそる俺は入る。

 奥側は大きなガラス窓になっており、その手前には洗練されたデスクと黒革の椅子。

 座っているのは還暦を迎えたであろうスーツを着た男性だった。顎に生えている髭のせいかワイルドさが増している。

「総監長、以前話をしていた例の人です」

「そうかその人が。……連れてきたということは、入職ということかな?」

「はい」

 総監長は立ち上がりゆっくりと歩いてくる。

「君、名前は?」

「綿来……綾人です」

 ふぅん、とじぃっと品定めするような目に息が止まりそうだ。

「君は……なんだか他とは違う感じがするね」

「そ、そうですか?」

 もしかして、バレてしまったか?

 やはりこの立場の人間ともなると超能力者エスパーかどうかすら、いとも簡単に見抜けるのだろうか。

 背中から徐々に熱が消える感覚がする。

「総監長それ皆に言うてますよね。もうやめたらどうです」

 表情は真顔を保っていたが俺の心の中ではズッコケている。漫画ならコマから足しか出ていない古典的なコケ方をしているところだ。

「え〜これくらい許してよ! ……で、綿来くんの超能力はなにかな?」

 キリッとした目つきから打って変わって目尻に皺を作る総監長。一気に印象がやわらぎホッとする。

「飛行能力、です」

「飛行能力? いいねぇ〜、空飛ぶなんて人類誰もが夢見るものだよ! 私は夢の中でも良いから空を飛びたいと思ってね、昔は明晰夢の訓練を——」

「あの、話の長い上司って嫌われるらしいんで気ぃつけた方がええですよ」

「来留くん、もう少し手心というものをだね……」

「すいません手続きあるんで。お時間いただきましたありがとうございました」

 もはや漫才コンビのやりとりである。

 早口で言い終えると彼女は俺の裾を掴んでドアへ向かった。

「えっ、あっ、ありがとうございました!」

「もう行くの? 寂し——」

 バタン。と重いドアの音によって総監長の声はかき消された。

「や、優しそうな人で良かった……」

「いや遊んどるだけの人や。じゃ、次行くで」

 すたすたとエレベーターの方へ行く来留さん。


 次は三階に到着。目の前には最初から開けっぱなしのドアがあった。

「すいませーん」

 中は小さなオフィスルーム。彼女が声をかけると、奥から

『実働課 課長 萩本』とネームプレートをつけた初老の男性が現れた。

「はーい。お、礼奈ちゃんか。……そっちの彼は?」

「この人をディケに入れようと思ってるんよ。それを伝えたくて」

「そうかそうか、良いじゃないか。ちょっと待ってね」

 そういうと実働課課長はまた中へ戻った。

「来留さんってもしかしてここのドン……?」

 目をまんまるにしたかと思えば、彼女は口元を抑えて必死に声を殺して笑い始めた。

「ちゃ……ちゃうって……! 萩本さんとは付き合い古いから……それだけやって……!」

「だって総監長とも仲良さそうだし、あの人にだって……」

「ドンちゃうわ……! 昔からの仲やからこんな感じなだけやって……!」

 俺はくすくすと笑うたびに揺れる小さな肩や涙で滲んだ白みがかったまつ毛に釘付けになる。

 ハッとして「そんなに笑わなくても良いだろ!」と言ったところで課長がバインダーを持ってきた。

「はいこれ。とりあえず書いてくれるかな?」

「わ、分かりました」

 書類には名前や住所、超能力の詳細などの項目があった。「こっちに座りなさい」と中に招かれ椅子に座った。

「んん……発動条件とか発動可能時間とかわっかんねぇ……」

「適当でええよそんなん。なんなら空欄でもええわ」

 隣に座っている来留さんはローテーブルに置かれているバスケットへ手を伸ばし、チョコクランチをもしゃもしゃと食べる。しかも二個目だ。

 学校ではあんなにミステリアスで品行方正っぽいのに、人は見た目では分からないものだ。

「ま、分かるところだけで良いからね。それにしても、もう高校生かぁ早いねぇ」

「私はそんな気ぃせんけどな〜」

「……来留さんっていつからここにいるの?」

「もう十年くらいになるかな」

「超能力が覚醒したのはそんくらいやな。現場出動するようになったんは八年前か」

「そ、そんな歳から……!?」

 総監長や課長にフランクな態度をしている時点でなんとなく察してはいたが、途端に雲の上の人に思えてしまい身を引いてしまう。やはりドンではないか。

「宝木さんとか黒瀬さんがリーダーじゃないのって、そういう……」

「そやな。七花は小五、黒瀬は中二のときに入ったから自然とそうなったんよ」

 小学生の頃には既に実働部隊員だったとは。修羅場を潜ってきた数も段違いだろう。

 そんなベテラン超能力者エスパーの彼女は悠然とえび塩味の揚げ煎餅を齧っている。食い過ぎだろ。


 書類を書けるところは書き、分からないところは不明と埋めて課長へ渡した。すると判子を押して「じゃ、これ持ってアネナの方に行って検査受けてきてね」と言われ俺と来留さんは実働課を出た。

「アテナってなに?」

「隣にある超能力研究機関や」

 

 ヒュンと場面転換。瞬間移動テレポートした先は白衣を着た女性がいるカウンター前だった。

「あら礼奈ちゃん」

「お疲れ様です。すいません、検査お願いできます?」

 来留さんは俺が手に持っていた紙を抜き取り女性に渡した。そのまま「ちょっと待っててね」と奥の方へ消えて行く。

「え、中に瞬間移動テレポートして入って良いの?」

「ええよ」

「じゃあ他の超能力者エスパーも入りたい放題じゃないのか?」

「ちゃんと部外者が入ってきたらアラート鳴る仕組みになってるで」

 さすが超能力に関する施設だけありセキュリティ面はきちんとしている。

 けれど、部外者ではない来留さんが超能力を使わなかったのはなぜなのか。

「さっき指紋認証してたのは?」

「たかが十分とはいえマッハ一で瞬間移動テレポートしてるんやで? しかも二人分の質量、二つも県超えて——」

「それは本当にごめんなさい、心の底からありがとうございます」

 やたらと速いなとは思っていたがマッハ一も出ていたのか、というか出せるのか。俺のウェーブスインガーだったら……と考えかけたがやめておいた方が良さげだ。


 白衣の女性に名前を呼ばれ中に入ると病院でもよく見る器具や道具ばかりだった。

 検査といっても大半は健康診断のようで身長や体重、視聴や聴力のテスト。それにプラスして脳波検査があり、額周辺にペタペタと電極をつけられる。

「じゃあ今の状態で超能力を使ってみてくれない?」

「はい」

 天井やコードの長さを考えできる範囲で飛ぶ……というより浮いているという方が正しい。

「あ、あれ?」

「どうかしましたか?」

「超能力波がキャッチできないのよ……どうしてかしら」

 しまった、まさかここでボロが出るとは。

 超能力と妖力では原理が違うためか、こういうところで顕著になってしまうのだと痛感する。

 女性と同じように困った顔をしながらも、内心は心臓バクバクだ。

「ちょっと他の先生呼んでくるわね」

 ここで半妖だとバレたら——

 『えっ!? 半妖!? 超能力者エスパーじゃなくて!?』

 『面白い、解剖と実験のしがいがありそうだね』

 ——なんて可能性も大アリだ。


「なになに、超能力波をキャッチしないって?」

 駆けつけたのはメガネをかけた三十代くらいの男性。『医療課 課長 雲切』のネームプレートが胸元で揺れている。

 あぁ課長が来てしまった。これは終わりだ。と死を悟った。

 医療課の課長はデスクトップと睨めっこをしながらキーボードを打ったりマウスをクリックしたりするが、当然一向に変わる気配はない。

「うーん、なんでだろ。機械はおかしくないはずなんだけど……電極の方がダメか、それとも別の原因か……ま、いいよ」

「いいんですか!?」

 思わず驚いて声を上げてしまった。俺の声に二人も驚く。

「超能力なんて分からないことだらけの発展途上分野だしね。機械がキャッチできないこともあるんだろう。こんなケースは初めてだから貴重だよ」

「そ、そうなんですね……」

「それじゃあ検査の方は終わりね。いつか研究に協力してくれると嬉しいな」

 朗らかな笑みで検査の終了を告げる雲切さん。俺は引きつった笑みで礼を伝えた。


「おつかれさん。途中でなんかあったん?」

 待合室のソファでスマートフォンから顔を上げる来留さん。

俺はなだれ込むようにソファへ身を預けた。

「や……なんか機械の不調? で超能力波が取れなかったとかで……」

「へぇ〜そんなことあるんや。綿来くんの超能力ってなんか変わってるしな」

 肥大化した不安に耐えきれず、小声で尋ねる。

「……こ、この研究所って、解剖……とか実験とか……された人いる?」

「そーいえば、だいぶ昔に……ってなわけないやん。さすがに人権は尊重されてるって」

 古株の彼女が言うなら間違いないだろうとため息を長く吐いた。その様子を見て「アニメの見過ぎや」と鼻で笑われた。


「忘れ物ってそれ……?」

「ここじゃないと買われへんねん」

 来留さんが「忘れ物したから」とテミスに戻り、受付横にある自販機でフルーツオレを購入した。

「ネットで買ったら?」

「まとめ買いって量多いからそれはそれで迷うんよな」

「あぁ、たしかに」

 と話していたとき。

 彼女の背中越しにスーツ姿の女性が見えた。

 甘い色の波打った髪は顎のラインで切り揃えられ、細フレームの眼鏡をかけている。

 来留さんは俺の視線に気がつき振り返ったと同時にその女性と目が合った。

「お母さん」

「礼奈、来てたん」

 特徴的な髪色からそうではないかと思っていたが、想像通りであった。彼女よりも一層厳しい表情をしており背筋が伸びる。

「ちょっと手続きで」

「そうなん。そっちの人は?」

 レンズの奥にある目は俺を捉え問うた。

「新しくチームに入る人やで」

「わ、綿来綾人といいます」

「礼奈のこと、頼んどきます。それじゃあ」

 一礼すると来留さんのお母さんはあっさり仕事へと戻っていった。


 帰り道も戦闘機の如く上空を移動。オレンジ色の日が差し、地上は白い光がぽつぽつと灯りだしていた。

「お母さん、仕事熱心そうな人だね」

「……そやな」

 先ほどと変わらない平らな抑揚。だが、どこか吐き捨てるような言い方だ。

 ……俺はなにかまずいことを言ってしまったようである。

「えっと……その、ごめん」

「なにが?」

 不思議そうな顔をしており、隠そうとしているのか本当にそう思っているのか見分けがつかない。

「さっき、ちょっと怒った感じだったから……違うの?」

「あー……なんもないよ、別のこと考えてただけや」

 これは前者だ。直感がそう言っていた。

 こういうとき、他人はどう声をかけるべきなのだろうか。

 俺は踏み入れられる領域の人間ではない、けれど大体は察してしまった。

「ま、まあなんだかんだ子どものことは大事に思うよな、親って!」

「……」

 焦った思考から生み出された言葉は出力後に後悔する。これはきっと今後も人生で何度も経験するのだろう。

 余計なことを言ってしまったと分かるが、どんな発言が正解なのかは後悔してからも思いつきはしない。

「……綿来くんのとこは、どんな親御さんなん?」

「え! えーと……二人とも、いつもちゃらんぽらんっていうか、能天気というか……しっかりしてよって思うような人だよ!」

 最後にあはは、と付け足した。

 来留さんは微かに笑った。悲しげに。

「そぉか……仲、ええんやな」

「ん、ま、まぁフツーだよ、フツー!」

 彼女から声が発された気がしたが、聞き返す勇気はなかった。

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