これで世界が終わるとしても
まさつき
2025年7月5日に起きたこと
30メートルの津波は来なかったけれど、30メートルの魔人たちが現れた。
2025年7月5日、日本で巨大地震が発生し巨大な津波が押し寄せる……なんてことがまことしやかにSNSを騒がせていた。四半世紀もたつと、こんなバカげたオカルト騒ぎもしっかりリバイバルするらしい。
笑えるね。あいつらが来るまでは、みんな笑えてた。
今じゃすっかり、パニックだ。
それでも暴動や暴徒にならないのは日本人らしい節度かなと思う。
当時は1999年七の月に恐怖の大王がやってきて人類が滅亡するとのことで、20世紀も終わりが近いというイベント感、バブルがはじけて失われた十年がまもなく過ぎようとし、いっそ隕石でも落ちて世界がリセットされればなあなんて思ったもんだよと、親戚の叔父さんは言っていた。生まれた年が1970年代と間が悪く、就職氷河期真っ只中に放り込まれた世代の叔父さんらしい思い出だなあとは思う。
あたしもなんだか生きているのがかったるい。
失われた10年はとっくに四半世紀を越えて延長され、あれだけデフレだ物価が上がれば景気が良くなるだのと騒いだくせに、いざインフレになってみたら物価高だどうにかしろ米がないぞなどと言い出す老人たちを見ていると、いっそホントに大魔王でも大魔神でもやってきて世界が壊れちゃえばいいのになあなんて軽く軽く考えてしまう。そんなアラサーのあたしだった。
きっとそんなことを思う人が、世の中にはいっぱいいたのだろう。
マジでそいつらはやってきた。願いが叶ったのかもしれなかった。
ここであたしが物語の主人公であるのなら、「まだそこそこ、ギリ年若いかもな28歳にして人生を諦めちゃってる女性が、己の内面の間違いを正していく」なんて心の欠落を埋めるストーリーになるのかもしれないけれど。
残念ながらあたしはちょっとかわいいだけの市井の凡人に過ぎない。
だから今、こんなところで津波ならぬ全高30メートル、七つの魔人たちとたった一人で相対して九州のとある浜辺に立っているなんてことは、どう考えたっておかしいんだ。
おかしいのだけど、選ばれちゃったんだから仕方がない。
結局、あたしは主役の座に引っ張り出され、否応なしに檜舞台を踏まされた。
リバイバルした恐怖の大王はひとりではなく、せっかくだからと言わんばかりに七体も現れた。どうせなら世界中の七つの大陸に散ってくれればいいものを、よりにもよってそこだけ律儀にSNSの騒ぎ通り、日本だけを目指してやってきた。
どこからって? 海の底から。地を割って。
ここ一週間ほど連日連夜、南方のT列島を揺るがす地底地震を産声にして、やつらはどうやら異次元世界から現れた。なんかそんなことを、気象庁のお役人がしゃべってた。
マスコミの人らがあれやこれやと質問をし、お役人は四角四面な回答を紙とプロンプターを駆使して口走り、あたしは2時間テレビにかじりついて会見を見ていたけれど、要するに分かったことは「国は知っていた、どうしようもないので隠していた」ということと「救世主が現れるからだいじょうぶ」という、なにひとつ大丈夫と思えないような安心安全のメッセージだけ。
そういえば。
太平洋の底から巨大な敵が現れて世界の危機なんて映画があったよね。
直訳すると「環太平洋地域 」っていうダッさいタイトルのイかした映画。あの映画ってもしかして、この日起こることを予言した警句だったのかもしれない。ちなみに、世間じゃ評判の悪い2作目、あれはあれであたしはけっこう好きだった。
映画やアニメと違うのは、世界の危機にあらかじめ備えて秘密裏に巨大ロボットが建造されたりしてはいなかったということだ。つまりあたしは、生身であいつらと戦わなくちゃあいけない。徒手空拳というやつで。
そう、お上のお役人がテレビで言ってた救世主ってのは、どうやらあたしのことらしい。ちなみに、胸に北斗の七つキズはついてはいない。まだ傷なしの、綺麗なキレイなカラダの乙女なのである。
ある意味かわいそう……とか、思わないように頼みます。
あたし自身が世界でたったひとりの救世主だということを知ったのは、昨晩のことだった。
蒸し暑い熱帯夜に、午後10時を廻ってあたしの住んでる物騒なボロアパートの一階の扉を叩くその人は、十年前に突然失踪したあたしの叔父さんその人だった。
髭面で、白髪が増えて、ちょっとやつれながらお腹だけは立派なままの叔父さんは、あたしにとんでもないことを告げた。
「リサ、お前に星の守り人のお役目を引き渡す日が来た」――だって。
猛暑と熱帯夜続きの中での山籠もりで、とうとう叔父さんは気でもフれたと思ったけれど、眼は正気だった。叔父さんは正気な目を保ったまま垢臭い体でちゃぶ台の前で正座してあたしと対面し、99年の恐怖を密かに退けたのはこの僕なんだよとか、空恐ろしいキチガイじみた話をとつとつとあたしに語って聞かせ、しかし妙に真に迫ったその語り口に、あたしは真夏の怪談でも聞き入るように叔父さんの乾いた口元をじっとみつめていた。
「おまえにも星守りの血が流れているのだ、大丈夫」なんて叔父さんは言った。
な に が だ い じ ょ う ぶ な の だ ろ う ? ?
大丈夫だいじょうぶと言いながら叔父さんは、なにやら極めて怪しげな男根の張り型みたいな金属製の道具を押しつけてきて、「いきなり顔見せたと思ったらセクハラひどいよ」とあたしが抗議するのにも知らぬ顔をし、「これが切り札、守り人の力を解き放て」と、しっかり手渡されて握らされ、あたしは手の中のそれをマジマジと見てしまった。まだ、生の実物だって見たことないのに。ぐっと力をこめると奇妙な脈動を感じ、目を閉じると瞼の裏には遠い宇宙からやってきたあたしの遠い遠いご先祖の姿が浮かぶのだった。
叔父さんの話は、本当なんだ。あたしに流れる血とDNAの記憶が教えてくれる。
ちなみに、叔父さんはこれまでずっと童貞を護ってきたらしい。
守り人の力には、そういうこともどうやら大事なことらしく、あたしがずっと喪女であったのも、どうやら宿命の導きによるものだと、唐突に理解したのだった。
お役目を引き継いでやっと卒業できる……そう言って去ろうとする叔父さんにあたしは「何処へ?」と聞いたら一言「堀之内」と返され、もう二度と会うことはないだろうという雰囲気をたっぷり放ちながら、先代の守り人は晴れ晴れとした笑顔をだけを残して、夜の町へと消えていった。
翌朝。蒸し暑さに目が覚めるとまだ午前5時だというのに、あたしはだぶだぶLLサイズのノーブラTシャツにノーパン短パン姿のまま黒服のお役人たちに拉致も同然に車に乗せられ、ほどなくして自衛隊のいかつい飛行機に乗せられて、九州の何処かとだけわかる砂浜に置き去りにされた。
そういうわけであたしはこれから、七つの巨大魔人をすべて、葬らなければならない。ヤらねば、ヤられる。世界が終わってしまう。
けど正直そこは、どうでもいい。
変身は済ませた。変身というか、巨大化だ。叔父さんに託されたアレを握って天に掲げると、あたしはまたたくまに「デュワッ」とばかりに全高28メートルの巨人の乙女となっていた。
なお、着ていた服は全部破けた。全裸だ。正確には全裸に等しい姿だった。海面に映るあたしの姿は、まさに銀色の巨人そのもので、水着を描いたみたいな赤いラインが体のあちこちに走っていた。かえってエロさが増していると思った。胸にピコピコ光る何かは、無かった。
もうちょっと微細な凹凸を隠してくれるとありがたいのに……マスコミのヘリが、執拗にあれやこれやにカメラを向けてくる。
こんな巨体になったとしても、男の視線には敏感なままでいられるんだなと、妙な気づきも得られてしまう。てか放送コード、だいじょうぶ?
まあ、いい。さて……やろうか。
そこそこ素敵なプロポーションに、なかなかいい具合に弾けるGカップをゆらしながら、あたしは魔人目掛けて海の中へと一歩踏み出した。
七つの魔人も応えるように動き出す。波が泡立ち、地が震えた。血が滾る。
たとえこれで、世界が終わるとしても。
結末なんて、あたしにとってはどうでもいい。
世界が救われるに越したことはないけれど。
ナニモノにもなれなかった空虚な喪女のあたしに、やっと巡ってきた生きる意味。
物語の主人公としては、それで十分な結末じゃあないか……そんなことをぼんやりと思いながら、あたしは一体目の魔人の首を手刀で跳ね飛ばしたのだった。
魔人の血は赤かった。
噴火のような血しぶきが上がり、海は赤潮のように染まった。
残るは、あと、六体――
これで世界が終わるとしても まさつき @masatsuki
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