ナイフと毒、そして裏切り

 重い身体を引きずりながら、狭い路地を通りぬける。その理由は少し前に遡る--


 いつも通り任務をこなそうと位置についていた自分は、後ろから近寄る影に気づけなかった。殺意を感じ咄嗟にナイフを振りかざす手を避けたが、完全には避けられなかった。その鋭利な刃は右肩を切り裂き、鮮やかな赤を生み出す。

相手を倒そうとこちらも武器を構えるが、なにかがおかしい。

視界がぼやけ、思うように身体が動かない。

 とにかく相手を倒すことが最優先だと判断した自分は素早く距離を詰め、喉めがけてナイフを横に振る。相手のナイフが自分の腹から胸を大きく切ったが、このタイミングを逃したら次はいつ攻撃を与えられるかわからない、怯むわけにはいかなかった。喉を切り裂くと、目の前には鮮血が飛び散り、相手は声にならない悲鳴をあげて倒れた。

 しばらくしてから、この違和感が毒からくるものだとわかった自分は、これ以上任務が続行できないことを無線で仲間に伝えた。

他の敵が来る前に撤退したほうがいいという仲間の助言を受け入れ、自分は毒で重くなった身体を壁に預けながら少しでも離れようと歩き始めた。--


 一連の出来事を思い出しながら振り返ると、自分の血がずっと続く線をつくっていた。これではすぐに他の敵に居場所がバレてしまう。焦る気持ちとは裏腹に、足はどんどん重くなる。


「大丈夫か⁉︎」


遠くから駆け寄る足音がする。仲間が来てくれたのだ。顔を上げそいつが近くにいることを確認すると、自分の身体は安心したように力が抜けた。そしてもう限界だというように仲間にもたれかかる。


「悪い、、、毒がまわってきた」


「力、、、はいらねぇ」


まともにうごかない頭で必要なことだけを伝える。いつ気絶してもいいように。


「大丈夫だ。すぐに他の仲間も来てくれる。それまで少し休め。」


「、、、、、、感謝する」


身体をより仲間にもたれかからせ、話す時に使い切った息を整える。仲間の手が背中にまわされ、身体を支えてくれた。やっと休める。

しかしその安心感はすぐに消え去った。

仲間の表情がニヤリと歪む。もし、それに気づけていたら、もし、仲間を突き放すことができていたならば、多少は未来が変わっていたのかもしれない。


だが、もう何もできない。


仲間は腰から取り出した銀色に光るナイフをすばやく自分の胸元に滑り込ませていく。


(、、、っ!)


突然の出来事に頭が混乱する。


「どう、し、、、て、、⁉︎」


裏切られたと理解したと同時に、ナイフが抜かれた。傷口から大量の血が溢れ、地面を汚していく。


「毒で死ぬと思ったんだけどな。まさかここまで耐性が強いとは思わなかったよ。」


嘘だ。何年も共に任務をこなしてきた仲間が、酒を交わし、笑い合っていた仲間が、今、自分を殺そうとしている。今までの時間はなんだったんだ。

様々な思いが一度に大きな波となって押し寄せる。声を出そうとするが、掠れた呻き声しかだせない。


「、、、っ、、、、っ!ゔっ、、、あ゛?」


支えを失った身体は血だまりの上に落ちる。たくさんの足音が近づいてくるが、争う音は聞こえない。

そうか、この任務は、自分を消すためのものだったのか。

いやになるほど冷静な頭でそんなことを考えながら、意識は冷たく暗い水のなかに沈んでいった。

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