第五話 ムマシルパパから予期せぬ報告 そして決戦へ

土曜の朝、九時頃。

三姉妹、ムマシル、聡実、桂太の計六人で近くの大型ショッピングモールを訪れた。

「ワオッ! 日本のショッピングモールは大規模ですねー」

 ムマシルは興奮気味だ。

「このショッピングモールは十年くらい前に出来たんだ。私が幼稚園の頃からしょっちゅう行ってるよ」

「普通のお店以外に、シネコンやボウリング場、カラオケボックス、歯科医院、スポーツクラブなども入っていますよ」

 聡実はこう伝えると、

「施設が充実し過ぎねっ!」

 ムマシルはますます興奮した。

「みんな、早く映画見に行こう!」

 森音はそう叫んでせかし、一人で先へ進もうとする。

「森音、そんなに急がなくても朝一の回間に合うっしょ」

「シネコン、アタシ初体験よ。ウキョンブ王国にはシネコンどころか映画館すらないし」

 みんなでモール併設のシネコンへ向かっていく途中、

「きゃっ!」

 桂太のすぐ前を歩いていた由梨乃は軽く悲鳴を上げ、慌ててスカートを押さえた。

今しがた由梨乃のプリーツスカートが思いっきり捲られ、ショーツが露になったのだ。ちなみに地味な白だった。

「桂太くん、見た?」

「絶対もろに見たでしょ? 桂太さん、正直に答えなさい」

 由梨乃と聡実が上目遣いで問い詰めてくる。

「うん、でも、わざとじゃないって」

 桂太は焦り気味に弁明する。

「分かってるよ。私、見られたこと全然気にしてないからね」

 由梨乃はにっこり微笑んだ。

 その傍らで、

「こら森音、スカート捲りはやっちゃダメって学校でも先生に再三言われてるでしょ」

「いたたたぁっ。痛いよ牧恵お姉ちゃん。ごめんなさぁい」

 牧恵が森音の両こめかみを拳でぐりぐりしている姿があった。

「まあまあ牧恵、森音は反省してるから許してあげて」

「ユリノさん心優しい、ウキョンブ王国民の気質を持っていますね」

 由梨乃の寛容さに、ムマシルが深く感心していると彼女のスマホの着信音が鳴った。

「パパからだ」

 ムマシルは嬉しそうに通話ボタンを押す。

 すると、

『ムマシル、緊急事態だ。NMA団全員が、もうまもなく日本に到着するみたいなんだ。ぼくの所にさっきメッセージが届いた』

 いきなりやや早口調でこんなことを伝えられた。

「えっ! マジで。明日到着する予定だったのに」

『昨晩遅く、サイパン島付近で雷の直撃を食らったおかげで、潜水艦のスピードがかなり上がったそうだ。日本で一番多くの日本人が住んでる東京周辺をめちゃめちゃに荒らしてやるから覚悟しとけと言っていたぞ』

「やっぱり東京周辺を狙うつもりなのね。やばいなぁ。今夜、より実践的な訓練をして決戦に備えるつもりだったのに」

『ムマシル、頼もしい日本人の仲間達を揃えたんだろう? ムマシル達だけできっと勝てるはずだ。頑張れ』

「ちょっとパパ、そんな暢気なこと言ってないで」

 ムマシルは困った様子で伝えるも、電話を切られてしまった。

 ムマシルも電話を切った後、この旨をみんなに伝える。

「もう来るのか。というか、雷食らっても壊れないってのが凄い」

 桂太は感心していた。

「私、怖いよぅ」

「由梨乃お姉ちゃん、銭湯に出たあのお姉ちゃんみたいなお兄ちゃんみたいな子どもばっかりみたいだから平気だよ」

「でも、集団だから手ごわいかも」

 由梨乃の不安は消えず。

「由梨乃さん、みんな付いてるから怖がらないで。わたしはいつかかって来られても大丈夫なよう、心構えていますよ」

「ワタシもーっ。武器は鞄に入ってるし。一回やってみたかったんだよね、こういうの」

「あたしも準備万端だよ。NMA団、早く現れないかなぁ」

 聡実と牧恵と森音は早く戦いたがっているようだ。

「あいつらが来るまでまだもうしばらくは大丈夫そうだから、とりあえず映画見ましょう」

「ムマシルちゃん、本当に大丈夫かな? そんな余裕の構えで」

「……たぶん大丈夫ですよユリノさん」

 ムマシルは一瞬間を置いたが、にこっと笑って自信たっぷりに答えた。

「由梨乃お姉ちゃん、映画を見て楽しい気分になれば、きっとNMA団と戦う勇気がわいてくるよ」

ともあれみんなは予定通り、シネコンへ。

「カフェまでついて、立派な映画館ね。ウキョンブ王国にも出来たらいいな」

 ムマシルは設備の豪華さに感激する。

「あたし、これが見たかったのーっ!」

森音は壁にいくつか提示されてあるポスターのうち、お目当てのものに近寄った。

「森音ちゃんはまだあんな幼稚なのが見たいんだな」

 桂太はにっこり微笑む。

「桂太くん、私もこのアニメ大好きだよ。九時半から始まるみたいだね。もうすぐだね」

 それは、本日公開されたばかりの女児向け魔法もありのファンタジーギャグアニメだった。

「これ、CMで予告流してましたね。わたしもちょっと気になってたの」

「好きな声優さんも出てるし、けっこう面白そうじゃん。動物キャラが中心、イケメンショタも出るから大友ウケは悪いかな?」

「日本の子ども向け最新アニメ映画が見られるなんてラッキー♪」

「俺はこの辺で待っとくよ。チケット代の節約にもなるし、そもそも高校生の見るものじゃないし」

 桂太は当然、見る気にはなれず。

「桂太お兄ちゃんもいっしょにこの映画見ようよぅ。さっき桂太お兄ちゃんの三倍くらいは年上に見えるおじちゃんが一人で入って行ったよ」

「仕方ない」

 森音に背中をぐいぐい押されチケット売り場の方へ連れて行かれる。

「森音、これはどう? ゾンビがいっぱいよ」

 牧恵は他に上映されているホラー映画のポスターを指す。

「それは絶対嫌ぁー」

 森音は顔をしかめ、すぐにポスターから顔を背けた。

「わたしもそれは見たくないです」

「アタシも、ホラー系は苦手だな」

「俺も、進んで見ようとは思わんな」

「私もこういう実写のホラー映画はものすごく苦手だよ」

「ワタシはけっこう好きだけどなぁ」

「牧恵は感性がおかしいよ。小中学生三枚、高校生三枚」

 由梨乃が代表して、お目当ての映画六人分のチケットを購入。受付の人がその入場券と共に入場者全員についてくるオマケのおもちゃセットをプレゼントしてくれた。

チケット売り場向かいの売店でドリンクやポップコーンなどが売られていたが、みんな何も買わず、お目当ての映画が上映される5番スクリーンへ。

薄暗い中を前へ前へと進んでいく。

「由梨乃ちゃん、周り幼い女の子ばっかりだから、やっぱり、俺達は入らない方が……」

「まあまあ桂太くん。気にしなくてもいいじゃない。たまには童心に帰ろう」

 桂太は否応無く、由梨乃に背中をぐいぐい押されていく。

「桂太さん、気にせずに」

 聡実はその様子をすぐ後ろから微笑ましく眺める。

 真ん中より少し前の列の席で、桂太は森音と由梨乃に挟まれるように座った。座席指定なのでそうなってしまった。

 由梨乃の隣が牧恵、森音の隣がムマシル、その隣が聡実だ。

(視線を感じる)

 桂太は落ち着かない様子だった。

 他に五〇名ほどいた客の、七割くらいは小学校に入る前であろう女の子とその保護者であったからだ。

 上映開始から四〇分ほど経った頃、

「カタツムリくん、頑張れ、頑張れ!」

 森音はスクリーンに映し出された動物さんレースの様子を他の幼い子ども達と同じように凝視しながら必死に応援する。

 次の瞬間、

「うわぁぁぁっ! ぎゃあああっ!!」

 森音はびっくり仰天し大きな悲鳴を上げ、座席から転げ落ちそうになった。

「きゃぁぁぁっ!」

「あの、由梨乃ちゃん……」

「あっ、ごめんね桂太くぅん」

 由梨乃もかなりびっくりし、思わず桂太に抱きついた。

 スクリーンに突然、多数の血まみれゾンビの姿が断末魔の叫び声とともに映し出されたのだ。

 すぐに元の映画の映像に戻ったが、

「ぎゃぁぁぁっ!」「ぅわぁぁぁーん」「マッ、ママァァァァァ~」「ぼくもう帰るぅぅぅ」

 泣き出す子どもが大勢出る。

「アハハハッ、何今の?」

 大声で笑い出す勇敢な幼い子どもも中にはいたが。

「何かしら? さっきのシーン」「編集ミス?」「びっくりしたわ~」

 保護者の方も動揺していた。

「怖かったよううううう」

 森音もやはり泣き出してしまう。

「わたしも甚だびっくりしましたよ」

 聡実の心拍数はけっこう上がっていた。

「俺もびびった。別の映画のワンシーンが写ったのか?」

 桂太は苦笑いを浮かべる。

「レアな体験が出来てよかった♪」

 牧恵はくすくす笑っていた。

「アタシ気絶しそうになったよ。これは、NMA団のしわざに違いないわ。特殊なカメラを使ったイタズラよ。ウキョンブ王国民にとっては、日本人がブルーレイデッキに入っていた子ども向けのアニメをこっそりエッチな映画のに取り換えることくらいた易いことよ。犯人はおそらくこの劇場内にいるはず」

 ムマシルは不機嫌そうに推測する。

「そうなのか。こんな悪質なイタズラしたやつ、どこにいるんだ?」

 桂太は周囲をきょろきょろ見渡す。

「森音や他のいたいけな子ども達をあんなトラウマになるくらい恐ろしい目に遭わせて、私も許せないよ。見つけたらしっかり注意しとかなきゃ」

 由梨乃はぷっくりふくれていた。

「ちょっと探して来ますね」

 ムマシルが席を立つと、

「私も探しに行くよ」

「俺も」

 由梨乃と桂太も席を立ち、5番館内を静かに歩き回る。

一番後ろの方まで進むと、

「へへへ、ホラー映画の映像写し、大成功だったな」

「日本の映画館のスクリーンを占領することなんて楽勝だよね」

 こんな声が聞こえて来た。

 ムマシルの推測通り、NMA団員のうちの二人のしわざだったようだ。

 そいつらは一番後ろの客席にいて、デジカメのような物体を手に持っていた。これで操作したらしい。

 二人とも八歳くらいの少年だった。

「ちょっとおまえらいいかな?」

 桂太はそーっと近寄り、デジカメのような物体を背後からさっと奪い取った。

「やっべ。見つかった」

「逃げろ」

「逃げちゃダメだよー」

 由梨乃はにこやかな表情で、席を立って逃げようとした二人の少年の後ろ首襟をガシッと捕まえる。

 そのままズズズッと引っ張って5番館外の通路へ連れ出した。ムマシルと桂太もいっしょに館外へ出る。

「ダメでしょ、こんなイタズラしちゃ」

「やりたい気持ちはよく分かるが、公共の映画館でやっちゃダメだな」

 由梨乃はやや厳しく、桂太は優しく注意。

「ごめんなさーい」

「アイムソーリー、アベソーリー」

 少年二人は謝るも、

「この子達、確保っ!」

 ムマシルは容赦なくこの悪ガキ二人の後頭部をあのピコピコハンマーで叩いて五センチくらいのミニサイズにし、指でつまんだ。

「元に戻してー」

「ぼく、反省してるから」

「ダーメ! 戻しません!」

 これにて二人の退治に成功。

「ムマシルちゃん、ここまでするのはかわいそうな気が」

 由梨乃がそう言うも、

「ちゃんといい子にしてたら後で元に戻すから」

 ムマシルの意思は変わらず。

「技術は高度だけど、子どもみたいな犯人なら捕まえるの簡単だな」

 桂太はにっこり微笑む。

「すっごいかわいい! この男の子達はこのあとどうするの?」

 牧恵も劇場の外へ出て来た。

「この懺悔ハウスに強制収監よ」

 ムマシルはそう伝えて、リュックから三〇センチ立方くらいの大きさの、ミニチュアの日本武道館のような形のものを取り出した。

「形は違うけど、リ○ちゃんハウスやシ○バニアファミリーハウスみたいだね」

「懐かしい。由梨乃お姉さんや桂太お兄さんと昔いっぱい遊んだね」

「俺は無理やり付き合わされた感じだけどな」

 桂太は苦笑する。嫌な思い出だったようだ。

「まさにそれらをモデルに開発されたものだそうですよ。きみたちは中でしっかり反省しなさい!」

「うわぁっ、やめてー」「あーん、ぼくもうとっくに反省してるのにぃ」

煙突も付いており、ムマシルはその穴にミニサイズにした少年二人を容赦なく放り込んだ。

「豪華なおウチだけど、閉じ込めちゃったらかわいそうだよ」

 由梨乃はさらに哀れむ。

「中は外から見た以上にとっても広くて快適だから。トイレも設備されてるし。中からは絶対に外へ出られないようになってるけどね」

 ムマシルは爽やかな笑顔でこう伝え、懺悔ハウスと名付けられたミニチュアハウスをリュックにしまう。

「持ち運んでも、中のやつら大丈夫なのか? けっこう揺れるだろ」

 桂太も少し心配してあげた。

「その点も問題ありません。外から強い衝撃を受けても中には全く影響ないように出来てるので。上下逆さまにしても中の人は全く気付きませんよ」

 ムマシルは自慢げに説明する。

「これもまたすごい技術だな」

「私、欲しくなって来ちゃった」

「ワタシも、ちょっと」

四人は席へ戻って再び映画鑑賞を楽しむ。

 その後は何事もなく上映終了。

「あのホラー映像のせいで、あれ以降のお話楽しく見れなくなっちゃったよ。またあんなシーンが出て来たらどうしようって思って」

 森音はすむーっとしながら感想を述べた。 

「あれは台無しでしたね」

 聡実は深く同情出来たようだ。

「ワタシはいい演出だったと思うけどな。とりあえずNMA団退治したしさぁ、これからゲーセンで遊ぼうよ」

「いいですねえマキエちゃん。アタシ、日本のゲーセンは今まで一度も立ち寄ったことがないので楽しみ♪ でもその前にまだ早いけどお昼ご飯食べましょう。腹が減っては戦ができぬということわざが日本にはあることだし」

みんなはシネコンをあとにし、モール内レストラン街のファミレスへ。

六人掛けテーブル席に桂太と由梨乃、森音と牧恵、聡実とムマシルが向かい合う形で座ると、聡実がメニュー表を手に取りテーブル上に広げた。

「わたし、天麩羅蕎麦にしよう」

「俺は坦々麺で」

「桂太お兄ちゃんが頼もうとしてるやつ、真っ赤っ赤でものすごーく辛そう。桂太お兄ちゃん、お口から火が出ちゃうよ」

「桂太くんは相変わらず辛い物好きだね。私はビーフシチューとパンのセットにするよ」

「あたしはお子様ランチにするぅ♪ お飲み物はミックスジュース」

「森音、四年生でしょ。そろそろお子様ランチは卒業しなきゃ。ワタシは小二の時には卒業したよ」

 牧恵はくすっと笑う。

「べつにいいじゃん。大好きだもん」

 森音は恥ずかしがるしぐさもなく主張した。

「お子様ランチはウキョンブ王国では四〇年ほど前に日本から伝わったみたい。アタシのママも子どもの頃食べたって言ってたよ。日本のお子様ランチと少し違って、デザートにいちごと生クリームを使って東京タワーっぽく見立てたアイスクリームもついてるよ。プリンも雪を被った富士山っぽくデコレートされてるな」

「へぇ、あたしウキョンブ王国のお子様ランチも一度食べてみたいな」

「私も。すごく美味しそう」

「日本でも材料揃えれば簡単に作れるよ。アタシは、日本に来たことだし、握り寿司定食にするよ。あの、高いからダメかな?」

 ムマシルは由梨乃の目をちらっと見た。

「全然気にしなくていいよムマシルちゃん」

 由梨乃は快く認める。

「ワタシはきのこのリゾットにしようっと。これでみんな決まったね」

 牧恵がコードレスボタンを押してウェイトレスを呼び、注文を済ませる。

それから五分ほどして、

「お待たせしました。お子様ランチでございます。それとお飲み物のミックスジュースでございます。はいお嬢ちゃん。ごゆっくりどうぞ」

 森音の分が最初にご到着。新幹線の形をしたお皿に、旗の立ったチャーハン、プリン、タルタルソースのたっぷりかかったエビフライなど定番のものがたくさん盛られていた。さらにはおまけのシャボン玉セットも付いて来た。

「とっても美味しそう♪」

 森音は嬉しそうにお子様ランチを見つめる。

 それからほどなく、他のみんなの分も続々到着。

 こうしてランチタイムが始まった。

「あたし、エビフライは大好物なんだ」

 森音はしっぽの部分を手でつかんで持ち、大きく口を開けて豪快にパクリと齧りつく。

「美味しいっ♪」

 その瞬間、とっても幸せそうな表情へと変わった。

「モグモグ食べてる森音さんって、なんかクルミを齧ってるリスさんみたいですごくかわいいです」

「森音、ほっぺがマンガみたいにぷっくりふくれてるわね」

「モリネちゃん、かっわいい」

聡実と牧恵とムマシルはその様子を見てにっこり微笑む。

「森音、食べさせてあげるよ。はい、あーん」

 由梨乃はお子様ランチにもう一匹あったエビフライをフォークでぷすっと突き刺し、森音の口元へ近づけた。

「ありがとう由梨乃お姉ちゃん。でも、食べさせてもらうのはちょっと恥ずかしいな」

 森音はそう言いつつも、結局食べさせてもらった。

「桂太くん、私の少し分けてあげるよ。はい、あーん」

 由梨乃はビーフシチューの中にあった牛肉の一片をフォークで突き刺し、今度は桂太の口元へ近づける。

「いや、いいよ」

 桂太は困惑顔を浮かべ、左手を振りかざして拒否。右手で箸を持ち、麺を啜ったまま。

「あーん、またダメかぁ」

 由梨乃は嘆く。でも微笑み顔で嬉しそうだった。

「桂太さん、お顔は赤くなっていませんが、きっと照れていますね」

「桂太お兄さん、一回くらいやってあげなよ」

 聡実と牧恵はにこにこ笑いながらそんな彼を見つめた。

「出来るわけないだろ」

 桂太は苦笑いしながら伝え、引き続き麺をすする。

「赤ちゃんみたいで、恥ずかしいもんね」

 森音は桂太の気持ちがよく分かったようだ。

「ムマシルちゃん、警戒し過ぎ」

 牧恵は、周囲を気にしながら握り寿司を頬張るムマシルを見てくすくす笑う。

「だっていつNMA団に襲われるか分からないし」

 結局、ムマシルの心配はここでは杞憂に終わった。

みんなはこのあと予定通り、モール内のファミリー向けアミューズメント施設へ。

「やはりウキョンブ王国のゲーセンよりも豪華で賑やかだな。プリクラも相当種類があるし」

 ムマシルはかなり気に入ったようだ。

「ムマシルちゃん、みんなで記念に撮ろうよ」

「いいですねえマキエちゃん」

「わたし、プリクラ撮るの久し振りだな」

「私も」

「あたしはつい先週お友達と撮ったよ」

 女の子五人は最寄りのプリクラ専用機の前へ近寄っていく。

「桂太くん、いっしょに写らないの?」

「由梨乃ちゃん、状況的に考えて俺は写らない方がいいだろ。俺も写りたくないし」

「桂太お兄さん、女の子五人の中に男の子一人だからって恥ずかしがらなくてもいいじゃん。ハーレム王になれるこのチャンスを思う存分楽しまなきゃ」

「桂太くんもいっしょに写ろう。高校時代の思い出になるよ」 

「桂太さん、お願いします。桂太さんが仲間はずれになっちゃいますし」

「ケイタさんもせっかくなので写って下さい」

「いや、いいって」

 桂太は気が進まなかったが、

「桂太お兄ちゃんもいっしょに写ろうよぅ」

「分かった、分かった」

森音に腕や服を引っ張られたりしがみ付かれたりすると断り切れなかった。

みんなはプリクラ専用機内に足を踏み入れると、前側に牧恵と森音とムマシル、後ろ側に桂太達三人が並んだ。

「あたしこれがいい!」

森音の選んだイルカさんのフレームに他のみんなも快く賛成。

「一回五百円か。けっこう高いな」

桂太はこう感じながらも気前よくお金を出してあげた。

 撮影落書き完了後、

「おう、めっちゃきれいに撮れてるじゃん」

 取出口から出て来た、十六分割されたプリクラを真っ先にじっと眺める牧恵。自分が見たあと他のみんなにも見せてあげた。

「お友達に自慢しよっと」

 森音も大満足な様子だ。

「牧恵ちゃん、桂太お兄さんとデート、ハートマークって落書きしないで」

 桂太は迷惑顔を浮かべる。

「いいじゃん桂太お兄さん、ほとんど事実なんだし」

 牧恵はてへっと笑い、舌をペロッと出した。

「聡実ちゃんは、相変わらず表情がちょっと硬いね」

「本当だ。聡実お姉さん弁護士みたい」

「聡実お姉ちゃん、がり勉少女っぽいね」

「あれれ? 笑ったつもりだったんだけどな。生徒証の写真はもっと表情硬いよ」

 聡実は照れくさそうに打ち明ける。

「アタシも生徒証やパスポートの写真は表情めっちゃ硬いよ。睨んでるような感じだな」

 ムマシルがさらりと打ち明けると、

「ムマシルさんも同じなのですね、よかった」

 聡実に笑みが浮かんだ。

「聡実ちゃん、今の表情いいね」

 由梨乃はサッとスマホをかざし、カメラ機能で聡実のお顔をパシャリと撮影する。

「聡実ちゃん、いい笑顔が取れたよ」

「由梨乃さん、恥ずかしいからすぐに消してね」

 聡実の表情はますます綻んだ。

「由梨乃お姉さん、見せて見せて。聡実お姉さん、本当にいい笑顔してるじゃん」

「あたしにも見せてーっ。聡実お姉ちゃん本当にかわいい」

「サトミさんのこの笑顔素敵♪ 消すのは勿体無いよ」

 牧恵と森音とムマシルは興味深そうにその写真を眺める。

「あーん、これ以上見ないでー」

 聡実は表情を綻ばせたまま、頬を赤らめた。

(どんな表情してるんだろ?)

 桂太は気にはなったが、罪悪感に駆られ見ようとはしなかった。

「アタシ、あのワニを倒すゲームで遊びたーい。ウキョンブ王国のゲーセンでも大人気ですよ」

 ムマシルはその筐体が目につくと、さっそく側へ歩み寄る。

「俺はこのゲーム苦手だな。反射神経いるし」

「パーフェクト目指して頑張れムマシルちゃん」

 由梨乃が快くプレイ料金を出してあげた。

「よぉし、日本バージョンのでもパーフェクト目指すよ」

 ムマシルは興奮気味にプレイ開始。

 全部で五匹いるうち、最初はちょうど真ん中のワニがゆっくり飛び出て来た。

「とりゃぁっ!」

ムマシルが専用ハンマーを勢いよく振り下ろし叩くと、

 いでっ!

 とワニは悲鳴を上げた。

「やっぱ簡単ね」

 しかしその後、二匹同時に出て来るようになると、

「あっ、一匹ミスっちゃった。日本バージョンは難しいな」

 ムマシル苦戦。

「あたしこれ得意だよ。パーフェクト出したこともあるよ」

「やるねえモリネちゃん、手伝って」

「うん!」

 森音も参戦。

 その結果、

いで、いでぇ、いでぇっ!

三匹同時に出て来ても、俊敏な動作で全部叩くことに成功した。

ワニの飛び出し引っ込むスピードはますます速くなっていく。

倒した数が四十匹を越えると、

もう! 怒ったぞぅ!

こんな機械音声が。

「ここから難易度さらに上がるけど、全部倒すよ。ムマシルお姉ちゃんは一番端お願い」

「了解♪」

 森音とムマシルは専用ハンマーを振り上げ待機。

 さっそく五匹同時にすばやく飛び出て来た。

 次の瞬間、

「うっわぁ!」

「きゃぁっ!」

 森音とムマシルは専用ハンマーを投げ捨て、慌てて筐体から離れた。

 飛び出て来たワニが筐体から離れたのだ。

 怒ったワニ、

許さないワニ、

痛かったワニ、

思いっ切り叩きやがってワニ、

おまえらも噛んでやるワニ! 

 桂太達の周りを這ったり飛び跳ねたりして暴れ回る。

「最近のはこうなってるの?」

「ブチッて切れた?」

 聡実と牧恵もあっと驚く。

「いや、さすがにこんなことは起きないだろ」

「このゲームのワニさん、今まで数え切れないくらい叩かれてるだろうから、ついに怒りが頂点に達したのかな? きゃぁっ!」

「あっ、危ないっ、由梨乃ちゃん」

 桂太は由梨乃の膝に噛みつこうとしたワニをとっさに蹴る。

 蹴られたワニは床に落ち、ごろーんと転がった。

「ありがとう、桂太くん」

「いや、どういたしまして。いってぇ。さすが強化プラスチックで出来てるだけはあるな」

 桂太のつま先はジンジン痛んでいた。

 ますます怒ったワニィィィ~!

 蹴られたワニは涙目で、桂太に反撃しようとしてくる。

「うわっ、なんか他の四匹も俺んとこに来たぞ」

「ケイタさん、アタシに任せて。これは間違いなくNMA団のしわざね」

 ムマシルはけん玉で応戦しようとした。

 その時、

「その通りだ。これぞ真のゲームセンター荒らしだぜ」

 どこからともなく小学五、六年生くらいの銀髪の少年が現れた。

 五匹のワニはピタッと動きを止めたのち、そいつのもとへ這って近寄り、急に大人しくなる。

「元に戻っていいよ」

 少年がそう言うと、五匹のワニはあの筐体に引っ込んでいった。

 手懐けているかのようだった。

「おまえのしわざか。またガキじゃないか」

 桂太は迷惑顔だ。

「微妙にジャニ顔でワタシの好みじゃないけど、新作マンガのキャラに使えそう」

 牧恵はさりげなく呟く。 

「銀髪のお兄ちゃん、ダメだよ、こんなことしちゃ。危ないでしょっ!」

 森音、怒り心頭に発す。

「わざとやったのね」

 ムマシルも怒っていた。

「まあね。なんか、これだけいたらおれ、ケンカしても勝てそうにないや。ごめんね」

 少年は逃げようとした。

「おい待て」

 桂太はその少年の腕をさっと掴む。

 次の瞬間、

「うわっ、なんだこれ?」

 桂太は両サイドから白い雲状のものをぶっかけられた。とっさに両手で目を覆う。

「きゃっ!」

 由梨乃、

「何これ? 生クリームじゃないよね? バラエティ番組で罰ゲームされる時ブシャーッて吹き出る真っ白なドライアイスの霧とも違うっぽいし」

 牧恵、

「体中べたべただぁー」

 森音、

「これはひょっとして、綿飴かしら?」

 聡実、

「絶対そうね。この味は」

 ムマシルも巻き添えを食らった。

「どうだ。まいったか日本人。これはぼくちん作の綿飴銃だよーん。この間の理科の授業で先生は竹鉄砲作れって言ってたのを無視して作ったんだ。綿飴はウキョンブ王国産のさとうきびから作られた砂糖を原料にしてるよん」

「綿飴って、雲みたいにふわふわした手触りかと思って触ったらべたべたする砂糖の塊なんだよな」

 手にライフルスコープのようなものを持った九歳くらいの少年二人組が、桂太達の近くにいた。

一人はメガネをかけ紫髪坊っちゃん刈り、もう一人はぼさっとした水色髪だった。

「おまえら、サンキュー。おれもちょっと被害受けたが」

 少年は桂太の捕縛から逃れ、綿飴銃で攻撃して来た少年二人の側へ。

「あの、雲の正体は水蒸気なのでふわふわした手触りじゃないですよ」

 聡実は服にまとわりついた綿飴を手で取り除きながら一応伝えておく。

「あんた達、これくらいでアタシ達が怯むと思った?」

「べたべたはするが、ダメージはないな」

 ムマシルと桂太、怒りの表情。

「にっ、逃げろ」

「おう!」

「了解だよん」

 タタタッと走り去る少年三人、

「森音、あれやるよ」

「うん!」

 牧恵と森音はリュックからすばやくお手玉を取り出すと、休まず少年三人に向かって断続的に十数個投げ付けた。

「あいてっ!」「痛いっす」「ぎゃふんっ!」

 そのほとんどが少年三人の背中や後頭部やお尻、膝裏に命中。

「森音、牧恵。お手玉を節分の豆みたいに使うのはよくないよ」

 牧恵は困惑顔で注意する。

「由梨乃ちゃん、緊急事態だから大目に見てやって」

 桂太は優しく説得。

「中の小豆はあとでわたし達が美味しくいただいた方がいいですね」

 聡実は苦笑いでこう意見した。

「ウキョンブ王国製のお手玉の中身はコーヒー豆だよサトミさん。さてとっ、悪い子はお仕置きよっ!」

「やっ、やめろっておれ反省してるのに」

「ぼくちんももう二度とやらないよん」

「オイラもさ」

「どうせ口だけでしょ。そりゃっ!」

 ムマシルは少年三人に向かってあやとりの紐を投げまとめて拘束したのち、容赦なくピコピコハンマーで少年三人の後頭部を叩いて五センチくらいのミニサイズに。

「中でしっかり反省しなさい!」

「ぎゃぁっ」

「ちょっと待ってー」

 一人ずつつまみ上げ、懺悔ハウスに放り込む。

「降参です。しかしぼくちんたちを倒したところで、今、ぼくちんの仲間たちは秋葉原を荒らしまくってるよーん」

 最後につまみ上げられた眼鏡の少年がそう伝えると、

「ワタシ達のアキバを荒らしてるだって! みんな、今すぐアキバへ行こう!」

 牧恵は怒りを露にし、こう強く懇願する。

「そうね。情報ありがとう、ぼく」

「あのう、感謝状としてぼくちんだけは閉じ込めないで欲しいのですが……」

「ダーメ」

「やっぱりー。うぎゃぁっ」

ムマシルはにこっと笑って眼鏡の少年を容赦なく放り込むと、

「みんな、これに乗って。電車より速いよ」

 休まずリュックに片付けてコンパクトになった畳を取り出す。

屋外に出てから、二メートル四方くらいの大きさにふくらませた。

 みんなそれに乗り込むと、すぐに出発。

「桂太くん、アラジンになった気分で楽しいでしょ?」

「俺は、なんか今にも落ちそうで怖いけどな」

「大丈夫ですよケイタさん、不安定なようでかなり安定していますから。例え天地ひっくりかえっても乗ってる人は落ちないようになってるの」

「そうなのか。というか、誰かに見られたらやばくないか?」

「大丈夫です。アタシ達以外の人達からはカラスが何羽か飛んでいるようにしか見えないようになってるので」

「それもすごい科学技術だな」

 桂太は深く感心する。

「それにしても服やお顔がべたべただよ。綿飴はすごく美味しいけど」

 由梨乃は自分にまとわりついた綿飴を美味しそうに頬張りつつ、不快な気分を伝える。

「それなら大丈夫です。ウキョンブ王国製の掃除機で吸い取りますから。これさえあればマンゴスチンをぶつけられてもへっちゃらです」

 ムマシルはリュックから取り出すとさっそくスイッチを入れた。

「きれいに取れたね。風が気持ちいいよ」

「べたべた感がなくなったな」

「わたしもすっきりしたわ」

「ワタシもう少し食べたかったんだけど」

「あたしもーっ。日本の綿飴よりも美味しかったよ。掃除機の中、綿飴の塊が出来てるんじゃないの?」

「出来てるけど、食べない方がいいと思うよ。他のゴミも交じって衛生上良くないので」

みんなの周りにつむじ風のようなものが生じ、見事自分も含めみんなにまとわりついた綿飴の除去に成功。

「残念。ムマシルお姉ちゃんのリュックって、ド○えもんの四次元ポケットみたいに何でも入ってるね」

「このウキョンブ王国製のリュックは大きさ以上にたくさん入るようになってるの。取り出し易く重さも感じさせないような仕組みになってるよ」

 ムマシルは自慢げに伝える。

 こうしているうちにあっという間に秋葉原上空へ到着。

JR秋葉原駅電気街口付近に着地した。

みんな降りた後、空飛ぶ畳はムマシルの手によってすぐさまコンパクトにされ再びリュックに。

「ここがリアル秋葉原かぁ。ものすごい人ぉ! みんなアニメが大好きなのかなぁ?」

 ムマシルは興奮気味になる。

「ワタシ、部活動の一環でもよくアキバに来るよ。月に三、四回くらい」

「わたしもそれくらいの頻度ですよ」

「牧恵お姉ちゃんと聡実お姉ちゃんの大好きな街だもんね。由梨乃お姉ちゃんはあまり好きじゃないみたいだけど」

 楽しんでいる様子の牧恵と聡実と森音。

「だって人が多過ぎて落ち着かないもん」

「俺も、なんとなーく居辛い。早くこの街から出たい」

由梨乃と桂太も今までにアキバを何度か訪れたことはあるが、街の雰囲気に相変わらず慣れず。

「あっ、なんか凄い行列が出来てるぅ!」

 ムマシルは大声で叫ぶ。駅すぐ近くにあるとあるお店の入口付近に、大勢の男性とごく少数の女性が群がっていたのだ。

「美味しいシュークリームでも売ってるのかなぁ?」

 由梨乃も興味深そうに行列をちらりと眺めてみる。

「それを望む人と明らかに客層が違うだろ。何かのアニメかゲーム関連のイベントがあるんだと思う」

 桂太は苦笑いで推測した。

「いつもの休日のアキバと変わりないみたいだけど、NMA団はどこにいるのかな?」

 牧恵は一応、周囲を見渡してみた。

みんなは中央通り沿いに差し掛かると、北方向へ歩いていく。

「今のとこNMA団いないようだし、ワタシ、ちょっとここに用事あるから」

牧恵の希望により、みんなはすぐ近くにあったアニメグッズ専門店に立ち寄ることに。

発売中または近日発売予定のアニソンBGMなどが流れる、賑やかな店内。

「やっぱアタシの住んでる街のアニメグッズ専門店『アニメゴマッコンホ』よりグッズの種類が豊富だぁ!」

 ムマシルは大満足している様子だ。

「池袋本店はもっと規模でかいよ。ねえムマシルちゃん、ウキョンブ王国でもアニメキャラの中の人、声優さんはやっぱ人気ある?」

 牧恵はこんな質問をしてみる。 

「はい、日本と同様熱心なファンもたくさんおられますよ。ただ、ウキョンブ王国では当然のことながら、生の声優さんと触れ合える機会はありません。声優さんのイベントに参加出来るのは羨ましい限りです」

 ムマシルがやや残念そうに呟くと、

「ワタシ、声優さんのイベントはそんなに魅力は感じないんよ。特に女性声優の場合、客はディープな男の人ばっかりで怖いから」

 牧恵は苦笑いを浮かべながら伝えた。

「ああいうの、男の俺から見ても怖いよ。邦靖や駿作がよく見てるアニメイベントのブルーレイで声優さんが挨拶する度にうをぉーっ、とかオットセイみたいに叫んで、声優さんが歌ってる時はうぉうぉ叫びながらペンライト振り回してすごい激しく踊ってる集団」

「私は恥ずかしがり屋さんだし怖がりだから、声優さんは絶対無理だなぁ」

 桂太と由梨乃も苦笑いを浮かべる。

「話を聞く限り、声優さんのイベントはけっこう過酷そうですね」

 ムマシルは声優さんとイベントの参加者に尊敬の念を抱いたようだ。

「ワタシも声優を職業としてやるのは無理。でもアフレコ体験は楽しかったよ」

「わたしも同じく」

「あたしもすごく楽しかったーっ。牧恵お姉ちゃん、今年の夏休みも連れてってね」

「うん、もちろん連れてってあげるよ。ムマシルちゃんもぜひ」

「出来れば参加したいなぁ。ウキョンブ王国ではそういう機会ないから」

「きっと楽しめると思うよ。それじゃワタシ、トーンと原稿用紙買ってくるね」

 牧恵はそう伝えてお目当ての画材道具コーナーへ。

 他のみんなは食玩コーナーへ立ち寄る。

「プ○キュアの新しいお菓子が出てるね。買おう」

「わたしは、このチョコレートを買うわ」

「あたしはこのドロップ買おうっと」

「アタシは、このお饅頭とマドレーヌお土産に買うよ。アニメに関係ない普通の東京土産もいっぱい売られてるのね」

「俺は十個中八個が激辛のクッキー記念に買おうかな。でも買い辛いな、このパッケージじゃ」

 楽しそうに物色し、続いて文房具などのキャラクターグッズコーナーへ。

「ナ○トの下敷きとノートと、ボールペンも買おう」

「森音、無駄遣いはし過ぎないようにね」

「はーい」

 森音がお目当てのグッズを籠に詰めている時、

「お待たせー」

 牧恵が戻って来た。籠にはB4サイズの漫画原稿用紙と数種類のスクリーントーンが。

「牧恵お姉ちゃんは今回はグッズ買わないの?」

 森音が尋ねると、

「うん。黒○スとか銀○とか暗○教室とかの新作グッズ欲しいのいっぱいあるけど、ここは我慢。今月の小遣い無くなっちゃう」

 牧恵は商品棚から目を背けた。

「それじゃ、そろそろお金払ってここ出よっか?」

 由梨乃がそう言った直後、

「あっ! ちょっと待って」

桂太はコミックコーナーにいた誰かに気が付き、近寄っていく。

「やぁ、桂太君ではあ~りませんか。奇遇ですね」

 駿作であった。

「邦靖は一緒じゃないみたいだな」

「つい二五分ほど前まで一緒にいましたよん。昼飯を食いに行くと言って、と○のあなの前で別れましたぁ」

「そっか。それにしても駿作、また同じやつ保存用、鑑賞用、布教用の三つ買うつもりなのか」

 桂太は駿作が手に持っていた籠の中を眺め、呆れ気味に呟く。

「桂太君、この三つは全く違うものですよん」

「タイトル同じだろ」 

「これはラノベをコミカライズしたものなのですが、作者と出版社がそれぞれ違うのですよん。アニメを三話まで見て面白かったので、原作コミカライズ版も買おうと思いまして」

 駿作はにこやかな表情で主張した。

「表紙は確かに違うけど、なんか、どれも同じような絵柄に見える」

 桂太は若干呆れ顔だ。

「桂太君、全く違うではあ~りませんか。目をよく凝らしてみましょう」

 駿作に軽く鼻で笑われてしまった。

「こんにちは駿作さん、やっぱりいたわね」

「やっほー、駿ちゃん、奇遇だね」

 聡実と由梨乃は嬉しそうにご挨拶。

「どっ、どうもぉ」

 駿作は緊張気味にご挨拶。

「あーっ、桂太お兄ちゃんのお友達の丸尾くんもどきだぁ! 久し振りだね」

「駿作お兄さん、お久し振り。また痩せたような」

 森音と牧恵も駿作の姿に気付くと、彼の側にぴょこぴょこ駆け寄っていく。

「あっ、どうもどうも」

 駿作はかなり緊張気味だ。彼の心拍数、ドクドクドクドク急上昇。小中学生くらいの現実の女の子は特に苦手なのだ。

 そんな彼に、

「ケイタさんの親友のシュンサクさん、直接会うのは初めてですね」

 ムマシルは爽やかな表情と元気な声で挨拶した。

「こちらの緑の髪の子は、いったい?」

「ワタシと同じ中学のお友達よ。インドネシア人なの。髪は染めてるよ」

 牧恵は駿作が混乱しないように、こう嘘の内容も伝えておく。

「そうでしたかぁ」

 駿作は居心地が悪くなったのか、

「じゃっ、じゃあね」

会計を済ませるとそそくさこのお店をあとにした。

「駿ちゃん逃げちゃったね」

「駿作さん、そんなに慌てなくてもいいのに。シャイな性格をなんとかしてあげたいです」

 由梨乃と聡実は彼の後ろ姿を微笑ましく見送った。

「聡実お姉さん、駿作お兄さんに絶対恋心持ってるでしょう?」

 牧恵はにこりと笑い、聡実の肩をポンッと叩く。

「牧恵さん、そんなことは全くないからね」

「いててて、ごめんね聡実お姉さん」

 きっぱりと否定され、両ほっぺたをぎゅーっと抓られてしまった。

(サトミさん、照れ隠ししてる)

 ムマシルはふふっと微笑む。

 みんなこの店から出て、中央通りを南に向かって引き返していると、

「あーっ、くっそぉ。身分証明書がないと買えないとは残念なりー」

 とある漫画関連商品販売店から、一二歳くらいのぶくぶく太った縮れ金髪の少年、

「せっかくおら達が一八歳以上に見られるように催眠術かけたのになぁ」

 八歳くらいのやや太った縮れ青髪の少年、

 ポリネシア系の顔立ちをしたこの二人に加えて、

「明らかなんだから売って欲しかったよね」

マレー系の、九歳くらいの痩せ細ったオレンジ髪坊っちゃん刈り&メガネの少年、合わせて三人がしょんぼりした様子で出て来た。

「ひょっとして、きみ達、ウキョンブ王国のNMA団の子?」

 牧恵は近寄って問いかけてみた。

「そうなり」

「なんだこの根暗っぽいブス、アキバは喪女の来る場所じゃねえぞ。喪女は池袋にでも行ってろ」

 八歳くらいの少年が言う。

「坊や、ワタシは池袋もよく行くけど、アキバの方が好みなの。きみ達、一八禁の同人誌買おうとしてたでしょ?」

 牧恵はニカァッと笑ってそう主張し、顔を近づけ問い詰める。

「……うん」

 八歳くらいの少年は怯えた様子で答えた。

「あんた達、まだガキなんだから矢○先生のToLov○るで我慢しなさい! 下手な一八禁コミックよりもエロいわよ」

「そりゃそうだけどさぁ、おら達はスリルを味わいたくて」

「日本でそんなことしたら、お巡りさんに捕まるのよ」

「年齢制限はちゃんと守れ。ガキの頃からいかがわしいマンガやアニメばかり見てたら、俺の親友の邦靖や駿作みたいになっちゃうぞ」

 ムマシルと桂太は協力して少年三人の頭をすばやくピコピコハンマーで叩き、五センチくらいのミニサイズにした。

「すごく太ったお兄ちゃんは、日本でお相撲さん目指したら? 史上初のウキョンブ王国人力士になれるよ」

 森音はしゃがみ込んで、こう勧めてみた。

「いや、おいら、力士なんて無理なりー。稽古としきたりが厳しすぎるようだし」

 一二歳くらいの太った少年は苦笑いしながら主張する。

「相撲は日本でそこそこ人気あるらしいが、ホモでマゾのスポーツだよな。裸でマワシ一枚で抱き合ってるし」

 八歳くらいの少年は同情する。

「お相撲は紙相撲でやる方が楽しいよね。きみたちに忠告。ぼくらを倒したところで、ぼくらの仲間達が今、スカイツリーと東大と両国の辺りで悪さしてるからね」

 九歳くらいの少年はにやついた表情で伝えた。ひそかに森音のネコさん柄パンツを覗いていたのだ。

「NMA団のやつら、いろんな場所を手分けして荒らし回ってるのね。これは、アタシ達も手分けした方が良さそうね」

 ムマシルはこう提案した。

「わたし、東大を担当するわっ!」

聡実は積極的に希望する。どこか嬉しそうだった。

「私はスカイツリーがいいな」

「あたしは両国がいい」

「ワタシも両国担当しようかな。相撲の街だからいいBLネタ探せそうだし」

「俺は、どこにしようかな?」

「では、ユリノさんとケイタさんとアタシはスカイツリー、サトミさんは東大、マキエちゃんとモリネちゃんは両国ってことで。スカイツリーは空中戦になるかもだから、申し訳ないけどマキエちゃん、モリネちゃん、サトミさんは、電車を使ってくれませんか?」

「分かりましたムマシルさん」 

「両国はアキバから近いし、もちろんOKよ」

「あたしもOK」

「おまえら楽しそうにして余裕だな。あっちで悪さしてるやつらは、おら達よりずっと手ごわいぜ」

 八歳くらいの少年は自信たっぷりに言う。

「それはどうかしら? アタシ達だって手ごわいわよ。それじゃ、エロ坊やたち、中で反省しててね」

「やめてぇー」「わぁーん」「入れないでー」

 ムマシルは他に捕まえた団員達と同じようにそいつらを懺悔ハウスに放り込んだ。

「では、これでアタシがさっきやったように小さくして、この懺悔ハウスに閉じ込めてね。このタイプのは上部のふたを開ければ中に入れられるよ」

 それをリュックに仕舞うとピコピコハンマーを取り出し、森音、牧恵、聡実に手渡したのち小型の懺悔ハウス、横浜ランドマークタワー型のを牧恵に、さいたまスーパーアリーナ型のを聡実に手渡す。

「聡実ちゃん、一人で大丈夫?」

「大丈夫ですよ由梨乃さん、では行って来ますね」

聡実は自信たっぷりに伝え、地下鉄末広町駅の方へ向かっていった。

「それじゃあ行って来るね。やっつけたら連絡するよ」

「どんな強敵が出てくるのかな? ワタシわくわくして来たぁーっ!」

 森音と牧恵はJR秋葉原駅から両国へ向かうことに。

「森音も牧恵も気をつけてね」

「両国だけに、ものすごいデブがちゃんこ屋荒らしてたりして」

「ケイタさんの推測、当たってるかも」

由梨乃、桂太、ムマシルは空飛ぶ畳に乗ってスカイツリーへ向かっていく。

     ※

 聡実は目的地へ辿り着くと、

「ここに来たの、二年振りくらいだわ」

 懐かしさに浸った。

訪れたのは、かの〝東大赤門〟だ。

続いて、

「やはり東大といえば、この場所ね」

 赤茶色の煉瓦造りの外観が特徴的な、安田講堂の前に移動した聡実は、デジカメで嬉しそうに撮影する。

 その最中だった。

「日本一頭のいい大学のやつらに、バカになる催涙弾くらわしてやろうと思ったのに、東大生の姿ほとんど見掛けないな」

「そりゃ今日は土曜日だもん。仕方ないよ」

「まあ東大生といえども、ウキョンブ王立大生の成績上位層よりはバカだろうな」

「きっとそうだよね」

 こんな話し声を聞いた。

(あの子達ねっ!)

 聡実は即確信する。

 一二歳くらいの男女二人組だった。

 少年の方は青髪七三分け、少女の方はピンク髪セミロングウェーブだった。

 二人とも水鉄砲のようなものを手に抱えていた。

「神聖な東大を荒らそうとしてるのは、あなた達ね」

 聡実はその二人のもとへ歩み寄り、話しかける。 

「おう、きみ、東大生? いや、そのわりには幼いから東大志望の子か?」

 少年の方が問いかける。

「そうよ。二年十ヵ月半後に現役合格を狙ってるの」

 聡実はきりっとした表情で答えた。

「そうか」

「ねえ、この食パンみたいな顔の女、バカにしちゃおうよ」

「そうだな。おまえをバカにして東大合格の夢を断たせてやる」

「やっちゃえ!」

 二人は水鉄砲的な形の銃を向けた。そして休まず発射する。

「そうはいかないわ」

 聡実はすばやく手に持っていた日傘を広げて回避。

「バリアされた!」

「今度は当てるわよ」

 悔しがる少年少女。もう一度引き金を引く。

 しかし、

「動作遅いわよ。それっ!」

聡実はポケットから取り出した石川五右衛門柄めんこを地面に叩きつけた。

「うおっ!」

「きゃぁっ! パンツが」

 すると少年少女は風圧に負け、しりもちをついた。弾みで手に持っていた銃も遠くへ吹き飛ばされる。

「あー、くっそぉ」

「拾わなきゃ」

 少年少女、落ちた所まで拾いに行こうとする。

「さすがウキョンブ王国製のめんこね」

 得意げになる聡実。

 しかし次の瞬間、

「きゃぁっ!」

 背後から攻撃を食らわされてしまった。

「後ろにもいたのは気付けなかったようね」

 聡実の背後の立っていたのは、金髪ポニーテールの五歳くらいの少女だった。

「まさかもう一人いたなんて。不覚を取ったわ。まさに灯台下暗しね。このドロドロの半液体、くさーい。ドリアンのにおいだぁ」

 聡実は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「やったわっ!」

「まいったか?」

「わたちの存在に気付けないようじゃ、お姉ちゃんは東大生にはなれないね」

 NMA団三人組は大喜びする。

「もう、こんなイタズラして。許さないわよ。きゃっ、きゃっ!」

 聡実は少年に近寄ろうとしたら、すてんっと転んでしりもちをついてしまった。

「いたたたぁー。これ、バナナの皮じゃない。わたしったら、昔のマンガみたいなことしちゃったよ」

 頬をほんのり赤らめて照れくさがる。

「ウキョンブ王国産のバナナの皮は世界一滑りやすいからな。このお姉ちゃん、さくらんぼ柄のパンツを穿いてるな」

「こら、覗くのはやめなさい僕。きゃっ、きゃあっ!」

 聡実、今度は五歳くらいの少女に黄色っぽく、べっとりしたものをぶっ掛けられた。

「バナナ銃だよ。今度は熱々のココナッツミルク銃を食らわせてあげる。えいっ!」

 五歳くらいの少女は肩に掛けていた鞄の中に銃をたくさん隠し持っていた。

「きゃぁん。髪がべとべとー。食べ物を粗末にしちゃダメでしょ」

 聡実がピンチに陥っていたその頃、両国では、 

どすこーい、どすこーい。

 JR両国駅南側の車道を、高さ五メートル以上はあると思われる巨大な相撲ロボが掛け声を出しながら、のっしのっしと時速六キロくらいで闊歩していた。車は大迷惑している様子だった。

「こいつは手ごわそう。水風船や水鉄砲じゃ絶対通じなさそうじゃん」

「パパが持ってた、がんばれゴ○モンのスーフ○ミソフトにもこんな感じの敵が出てたよね。桂太お兄ちゃんの大きいお友達の、邦靖お兄ちゃんが突進すれば簡単に止めれそうなんだけどなぁ」

 歩道から眺める牧恵と森音、策を考えてみる。

「あの邦靖お兄さんよりも大柄なのが多いリアル力士は、まだ東京入りしてないのかな? そろそろ夏場所なんだけど」

 牧恵は周囲をきょろきょろ見渡して探してみた。

 その時、

「うわぁっ、なんだ、あれ?」

 曲がり角の向こうでこんな声が。

「さっきの声、邦靖お兄ちゃんの声だよね?」

「間違いなくそうっしょ」

 森音と牧恵は声のした方へ駆け寄ってみた。

「やっぱり邦靖お兄ちゃんだぁっ!」

「邦靖お兄さん、お久し振りぃーっ! 両国で会うなんて思わなかったわ。ついに角界入り決意した?」

 予感的中!

「ハッハッハッ。まっさか。おれ、両国はアキバのすぐ近くだからしょっちゅう訪れるけど、相撲にはいっさい興味ないぜ。美味いちゃんこ屋がいっぱいあるからなんだ。今から昼飯食いに行くところ」

 邦靖は満面の笑みを浮かべながら伝える。

「勿体ないなぁ。邦靖お兄ちゃんなら横綱になれるのに」

「おれが角界入りしたら三秒で逃げ出す自信があるぜ」

「ねえ邦靖お兄さん、あのロボに体当たりして動き止めてくれない?」

「無理。一トン以上はあるだろ、あれの重さ。ではまた」

 邦靖はにっこり笑顔で言い、そそくさここから走り去っていった。

「あーんもう。使えないな」

 牧恵はしかめっ面で嘆く。

「そうだ! 地面におはじきとビー玉を敷いて転ばせるのが良いかも」

 森音はとっさに思いついた。

「それはいいかもね。先回りしよう!」

 森音と牧恵は走って相撲ロボを追い抜かし、これから通ると思われるルートにおはじきとビー玉をばら撒く。

 約三〇秒後、相撲ロボがその上を通りかかった結果、

ごっつぁんでーす。と呟きながらすてんっと転んでドシーッンとしりもちをついた。

相撲ロボ、身動き出来ず制御不能に。

「やったぁ!」

「そういえばこれ、中の人いるのかな?」

 牧恵はふと気になった。

 ほどなく、

「やるわね、日本人。ロボ完全に壊れちゃった。両国国技館と江戸東京博物館潰しに行く計画が台無しだよ。こうなったら直接対決よ」

 相撲ロボの大銀杏の部分がパカッと開いて中から人が。

出た来たのは、七歳くらいの浅紫色お団子頭の女の子だった。

相撲ロボは鼻の部分一押しで手のひらサイズに。

「中の人いたね。あたしが三秒で片付けてあげる」

「あんたの弱点はすでに調査済みよ。それ、おばけ攻撃!」

「きゃあああああああっ! まっ、牧恵お姉ちゃあああああっん」

 森音はおばけもびっくりするような大声で叫び、牧恵の背中にぎゅっとしがみ付く。

七歳くらいの少女が手に持っていた銃を発射すると、リアルなろくろ首の3D映像が現れたのだ。それは十秒ほどで姿を消した。 

「森音。さっきのおばけはホログラムよ」

 牧恵はくすっと笑う。

「あんた、ひょっとして今でも夜中に一人でおトイレに行けないとか?」

 少女にもくすくす笑われてしまった。

「そんなことないよぅぅぅ」

 森音が震えた声で即否定した。

「森音、服が伸びるから、あんまり強く引っ張らないでね」

 牧恵はちょっぴり迷惑がった。

「ごめんなさい、牧恵お姉ちゃぁん」

 森音は今にも泣き出してしまいそうな表情で謝る。

「森音のしぐさ、とってもかわいいわ」

牧恵はにこにこ微笑みながら眺めていた。

「それそれそれーっ!」

 少女がさらに続けて銃を発射すると、

「ぎゃぁっ、のっぺらぼうだ。火の玉だぁ」

 森音はますます怖がって逃げてしまう。

 その後も提灯おばけ、からかさ小僧、砂かけ婆、ぬりかべ、山姥、一反木綿などなど和風おばけ達の3Dホログラムがおどろおどろしい効果音と共に現れ十秒ほどで姿を消した。 

「あたちの勝ちね。あれれ? もう弾が切れちゃった」

 少女、予想外の事態に戸惑う。

「もう! 絶対に許さないもん」

 森音はプラスチック製ヨーヨーで反撃開始。

「んぎゃっ!」

 見事少女のお顔に直撃。

「ごめんね、痛かった?」

 森音は爽やかな表情で謝る。

「ものすごーく痛かったわ。仕返ししてるぅ!」

 少女はうるっとした表情を浮かべ、懐からなわとびを取り出した。

「鞭打ちの刑よ。えいっ、えいっ、えいっ!」

 そしてパチンッ! パチンッ! パチンッ! と地面に何度も叩き付けつつ森音を追い掛け回す。

 ヒュンヒュンヒュンヒュン風の切る音も聞こえて来た。

「牧恵お姉ちゃん、助けてーっ」

 森音、ちょっぴり焦る。

「はいはーい」

 牧恵は余裕の表情を浮かべながらピコピコハンマーを取り出し、少女を追いかける。あっという間に追いつくと後頭部を軽く叩き、ミニサイズに。

「しまった。この眼鏡の和風なお姉さんの方にも注意すべきだったぁ」

 少女、がっくり肩を落とす。

「あたしの勝ちだね」

 森音はピースサインをとった。

「ちっちゃくなってすっごいかわいいじゃん」

 牧恵はにっこり微笑む。

「二度とこんなイタズラしちゃダメだよ」

「はーい」

少女は森音の手によってすみやかに横浜ランドマークタワー型懺悔ハウスに強制収監。

 その頃、スカイツリーの上空三百メートル付近では、一人用の小型飛行機がぐるぐる旋回していた。 

「あの飛行機、なんか霧みたいなもの撒いてるな」

「あんなことしたら、展望台からの景色が見えにくくなってる違いにないよ」

「これはかなり悪質なイタズラね」

 空飛ぶ畳に乗った、桂太と由梨乃とムマシルはその飛行機にどんどん近づいていく。

「今日は景色悪いな」「晴れてるからもっときれいに見えるはずなのにね」「損した」「あら、急に見えにくくなったぞ」

 由梨乃の推測通り、第一展望台からも第二展望台からも景色が見えにくくなっていた。お客さんは口々に不満を漏らす。

「どうだ日本人。人工霧で視界が悪くなっただろ」

乗っている一三歳くらいの少年は、楽しそうにこんなことを呟いた。

「こらーっ! お客さんは高い入館料払ってるんだからやめなさーい!」

「中の男の子、そんなことしちゃダメだよ」

「スカイツリー上って景色が悪かった時のがっかり感はけっこうでかいぞ」

 ムマシル達は空飛ぶ畳に乗った状態で注意する。

「うるせえ、これでもくらえ日本人とムマシル」

 少年は飛行機から、ミサイルのようなものを発射して来た。

「まずいわこれは。きゃっ、きゃあっ!」

 ムマシルは慌てて方向転換しようとした。

「きゃあああっ、落ちる、落ちるぅぅぅ!」

「由梨乃ちゃん、俺の腕にしっかり捕まって」

 しかし間に合わず。

 畳の裏側にドゥゥゥーンッと直撃し、さらに中央付近を貫通させられ、制御不能になってしまった。

「ユリノさん、ケイタさーん、床にしっかり手を突いて下さいね。そうすれば安全ですのでーっ」

 空飛ぶ畳はふらふら中を舞いながら、地上へ向かって落ちていく。

「あいつの乗った飛行機、霧に隠れて見えないわ。一か八か」

 ムマシルは霧に覆われた任意の場所へ向けて、Y字型のパチンコに石を当てて打ってみた。

 すると、カツーンという金属音が聞こえて来た。どうやら当たったらしい。

「あれだけじゃダメージ受けるはずはないから、これも使うわ」

 ムマシルはリュックから昨晩折った折り紙の数々が入った袋、さらに孫の手も取り出す。

「えいっ!」

 袋に向けて孫の手を振りかざした。

 すると中の折り紙は羽ばたき、飛行機の方へと飛んでいった。

「うわっ、折り紙で前見えねえ。ハンドルも言うこと聞かねえ。やっべ」

 機体やエンジンにまとわりつかれ、飛行機の方も制御不能になったようだ。ふらふら漂いながら、どんどん地上へ向かって落ちていく。

「よぉし! お仕置き成功♪ 折り紙も戦力になったでしょ?」

 ムマシルはにこりと笑う。

「確かに。下は民家やビルだらけだし、落ちたらやばくないか?」

「中の男の子も無事じゃないよね?」

 桂太と由梨乃はしっかり捕まりながら、飛行機と操縦していた少年を心配する。

「大丈夫ですよ。ウキョンブ王国製の飛行機は、墜落しても壊れずに操縦者にも衝撃が行かないように出来てるので」

 ムマシルが伝えたその直後に、空飛ぶ畳は近くの公園敷地内の地面に激突した。

 それでも桂太、由梨乃、ムマシルは全くの無傷だった。

「けっこうなスピードで落ちてったのに、全く衝撃なかったな」

「さすがウキョンブ王国製の空飛ぶ畳だね。民家やビルや線路の上に落ちなくて良かったよ」

 桂太と由梨乃はほとほと感心する。

「これは偶然じゃなくて、制御不能になっても自動的に安全な場所へ墜落してくれるような仕組みになってるの」

 ムマシルは自慢げに伝えた。

 飛行機もまもなく、桂太達のいる五メートルほど手前の地面に激突した。

 これもまた全く衝撃がなく、飛行機も、

「やるなぁ、ムマシル」

 操縦していた少年も全くの無傷だった。

「そこのハーレム的環境の少年、おいらと地上で対決しようぜ」

 そいつは地面に降り立つや、宣戦布告。桂太よりも顔つきは幼いが、背丈は一七五センチほどあり、体格も桂太よりは良かったが、

「ああ、いいぜ。望むところだ」

 桂太は快く勝負に乗った。

 こうして桂太達三人も畳から降り、地面に降り立った。

「桂太くん、頑張って」

「ケイタさん、健闘を祈りますよ」

 由梨乃とムマシルは固唾を呑んで見守る。

「くらえ! 日本人死ね死ねスーパーキック」

 一三歳くらいの少年は、小学生が五秒で考えたようなネーミングの蹴りを、桂太のわき腹目掛けて食らわして来た。

「速ぁっ!」

 桂太は寸でのところでかわす。

「ケイタさん、日頃からジャングルを駆け回り海や川で泳いでるウキョンブ王国民は、日本人よりも身体能力高いから気をつけてね」

 ムマシルは爽やかな笑顔で伝えた。

「そうか。ってことは、体も柔らかいってことか?」

「その通りだぜ少年」

「それじゃ、証拠見せてくれないか?」

「分かった。おいらの柔らかさを見せてやる。驚くなよ」

 少年はそう言うや、足を伸ばしたまま背中を曲げ腕を地面に付かせる。

「隙ありっ」

 桂太はその隙に少年の背中を押さえ込み前のめりに転ばせ、

「うぉっ!」

 身動きが取れないように地面に押さえつけた。

「桂太くん、余裕だったね」

「ケイタさんの作戦勝ちでしたね」

 由梨乃とムマシルはにっこり笑顔で褒める。

「くっそ、おいらよりちっちゃいから勝てると思ったのに」

 少年は悔しそうに呟く。

「ムマシルちゃん、こいつを小さくしてやれ」

「了解♪」

 ムマシルはピコピコハンマーを手に持って少年の方に近寄っていく。

 しかしその時、

「日本人の少年、油断し過ぎ」

「うわっ! なっ、なんでだ?」

 少年に袖をつかまれた桂太の方が持ち上げられ、

「自在に馬鹿力の出る手袋のおかげさ。ウキョンブ王国の科学技術力を思い知れ日本人」

投げ飛ばされてしまった。

「きゃぁん」

 ムマシルも巻き添えを食らう。桂太の体が当たってバランスを崩し、しりもちをつく。

「ごめんムマシルちゃ、ぐぁっ!」

「さっきまでの威勢はどうした? 日本人の少年」

少年は桂太の腹に蹴りを食らわす。彼は桂太に地面に押さえつけられた時、手袋をポケットから取り出して右手にはめたのだ。

「そんなの使うなんて卑怯よ」

 ムマシルは弾みで側に落ちたピコピコハンマーを拾おうとしたが、

「こいつを使う方がよっぽど卑怯だろ」

 少年に手袋をはめた右手で先に拾われ、五〇メートルほど先まで放り投げられてしまった。

「あーん、あんなに遠くまで飛ばしちゃって」

 ムマシルが悔しそうに呟いた。その直後、

「ん?」

「よぉし、捕まえた」

 少年は桂太に背後から抱きつかれ、両腕を固められてしまった。

「桂太くん、すごい」

「ケイタさん、ナイス」

 賞賛する由梨乃とムマシル、

 ところが、

「甘いな少年」

「そんなっ、ぐぉっ!」

 簡単に振りほどかれ、桂太は右手で突き飛ばされてしまう。

「日本人の少年、起き上がれるものなら起き上がってみろ」

「なんてパワーだ。全然動けない」

 さらにみぞおちの辺りを右手で押さえつけられる。

「このままじゃ桂太くんが負けちゃうぅぅ」

 由梨乃は心配そうに見守る。

「ここはユリノさんも協力してあげないと。こんなこともあろうかと、ユリノさんのお部屋からいいものを持って来ましたよ。じゃ~ん」

 ピコピコハンマーをあの間に拾いに行って来たムマシルは、トートバッグからヴァイオリンを取り出した。

「ムマシルちゃん、それも持って来てたんだ」

「さあユリノさん、早く何か演奏してあげて下さい」

「分かった。じゃあ、『南の島のハメハメハ大王』を弾こう」

 由梨乃はさっそくヴァイオリンでその曲を弾き始める。

「なんだこれ、し○かちゃんのヴァイオリンみたいな酷い音だな」

 少年は思わず両手で耳をふさいだ。

「ケイタさん、今よ」

 ムマシルはピコピコハンマーを投げ渡す。

「ああ! ありがとう由梨乃ちゃん、ムマシルちゃん」

 相手が怯んだ隙に、桂太はすばやくそいつのおでこをピコピコハンマーで叩いた。

「しまった」

 少年は焦るが、まもなくミニサイズに。

「どうだ! これで俺の勝ちは決まりだな」

 桂太はにこっと笑う。

「くっそぅ。油断した」

「ユリノさんの演奏攻撃、堪えたでしょ?」

「ああ、かなりな」

「中でしっかり反省してね」

 ムマシルは悔しがる少年を指でつまみ上げ、懺悔ハウスへポイッ。

「あの、よく考えたらさっきの、俺に投げ渡さずにムマシルちゃんが直接叩いてもよかったような」

「それだとケイタさんに見せ場がないじゃないですか」

 ムマシルは桂太に向かってパチッとウィンク。

「べつにいらなかったんだけど」

 桂太は照れ笑い。

「なんか、複雑な気分だけど、桂太くん、おめでとう!」

 由梨乃が嬉しそうに桂太の健闘を称えていた。

その最中だった。

「姉ちゃん、こいつをくらえ」

 どこからか別の少年の声がして、

「きゃっ、きゃあっ!」

 由梨乃は大きな悲鳴を上げる。

 日本では見かけないカラフルな昆虫が多数、由梨乃のまわりをまとわりついていた。

「大丈夫か? 由梨乃ちゃん?」

 桂太は慌てて由梨乃の方へ駆け寄っていく。

 その途中で、

「よそ見してていいのかな?」

「ぐわぁっ!」

 桂太はわき腹に蹴りを一発食らわされた。

「やぁ、昨日振りだね、ムマシル。この少年の方ははじめましてだね」

 現れたのは、昨日銭湯に現れた少女っぽい風貌の少年だった。

「桂太くーん、大丈夫?」

 由梨乃は昆虫を振り払おうとゆさゆさ体や両手を揺さぶりながら心配する。

「ユリノさん、アタシが助けますよっ! もう一人隠れていたとは」

 ムマシルは由梨乃の元へ駆け寄っていく。

 しかし、

「きゃぁんっ! 冷たぁっ!」

 途中で背後から何者かに水鉄砲で顔を攻撃されてしまった。

「しまった。さらにもう一人いたのね?」

 振り向くや否や、

「えっ! 嘘?」

ムマシルは五センチくらいのミニサイズに。ムマシル自身も驚く。

「ムマシルちゃん、大丈夫? きゃぁぁぁ~。冷たぁいっ!」

由梨乃も背後から何者かにおしりを水鉄砲で攻撃され、五センチくらいのミニサイズにされてしまった。

「うちの存在に気付けないなんて灯台下暗しね。これはド○えもんのひみつ道具、『さいぼうしゅ○小き』を参考に作ったうちの自作水鉄砲よ」

こんな声がして、木の裏側から一人の少女が現れた。

「捕獲成功♪ うちらの仲間を虫みたいに捕獲した仕返しよ」

 その子はすばやくミニサイズのムマシルと由梨乃をつまみ上げる。

「桂太くぅぅぅぅぅぅぅん、たーすーけーてー」

「予想以上に手ごわかったです、NMA団」

「きゃぁっ! 蛾が襲って来たぁ。ヤスデさんにゲジゲジさんに、ヤモリさんまでいるよぅ。大蛇と恐竜に見えるよう」

「ユリノさん、安心して下さい。アタシがけん玉とヨーヨーの二玩具流で退治しますから」

 由梨乃とムマシルは通常サイズの日本の昆虫や節足類、爬虫類達が蠢き飛び交うガラス水槽の中に入れられてしまった。

「ハーレムボーイのお兄さん、うち、NMA団団長のチャロッチャよ。ちなみに一二歳の中学一年生。ついこの間までランドセル背負った小学生だったよ」

 チャロッチャと名乗った少女はホホホッと口元を押さえながら言う。背丈は一四〇センチに届かないくらい。黒髪三つ編み。まっすぐ伸びた細めの一文字眉。丸っこいお顔でぱっちりとした茶色い瞳。お肌も白く普通の日本人以上に日本人っぽかった。

「団長って女か。おまえじゃなかったのか?」

 桂太が問いかけると、

「昨日変わった。オレは副団長に降格した」

 少年は苦笑いを浮かべて言う。

「だって日本視察で役に立たなかったんだもん」

 チャロッチャはふくれっ面で言った。

「まあそんなことはどうでもいい。おまえら、よくも由梨乃ちゃんとムマシルちゃんを」

「きみの彼女を返して欲しかったら、上野動物園まで来なさい」

「楽しみに待ってるよ、少年」

 チャロッチャと副団長の少年はそう伝え、由梨乃とムマシルを閉じ込めた水槽を持って空飛ぶゴザに乗り、空高く舞い上がってしまった。

「ごめんなさいケイタさん、アタシの空飛ぶ畳は、破けて使い物にならなくなっちゃいました」

「桂太くーん、絶対助けに来てねーっ!」

 ミニサイズのムマシルと由梨乃は懸命に叫ぶ。

「上野ならここからそんなに遠くはない。電車でもすぐに行けるな」

 桂太は旧業平橋、とうきょうスカイツリー駅へ向かって走りながら、聡実と森音と牧恵のスマホに、由梨乃ちゃんとムマシルちゃんがさらわれたとの旨のメールを同時送信した。

とうきょうスカイツリー駅に辿り着き、電車に乗り込んだのと同じ頃。

東大安田講堂近くの人目につきにくい場所。

「あーん、眼鏡までべとべとー」

「ナンプラー攻撃も効いたみたいだな。催涙弾が全く効果なかったのは誤算だが、べとべとになったおまえの姿を見れておれは満足だぜ」

「ねえ、この子やっつけたら東京ドーム行って、巨人の試合をめちゃくちゃにしに行きましょう」

「そりゃいいな。レーザービームで目くらましして、ボールの軌道も孫の手で操ろうぜ」

「こら、ダメですよそんな妨害行為したら」

「お姉ちゃん、とどめだ。タピオカ銃ぅ!」

「きゃっ! パンツの中狙わないで」

 聡実、尚も苦戦中。三人組から何度も銃撃される。

 そんな時、

「んぬ、松林さんではあ~りませんか。はてさていったいなぜこういう状況に?」

 なんと、駿作が近くに現れてくれた。

「あっ、駿作さん、ちょうどいい所に。わたしを助けて」

「えっ、えええ」

 動揺する駿作。

「こいつ、おまえの彼氏か?」

 少年に質問され、

「違うって。クラスメートよ」

 聡実は慌ててこう伝える。

「あの、松林さん、今日は凄まじく臭いですね。夏コミ会場以上の悪臭ですよん。なんか1,プロパンチオール臭が……まさに腐女子ですね」

 駿作は思わず手で鼻を押さえつけた。

「この子達にドリアンのくさい果汁ぶっ掛けられたの」

「そうでしたかぁ。ところでこれは、いったいどういう状況なのでしょうか?」

「東大の五月祭でやるヒーローショーの練習よ。わたし、ボランティアで参加することになったの。今、ヒーロー役のわたしが、敵役のこの子達に襲われてピンチに陥ってるって状況で」

 聡実は駿作が極力混乱しないように、こう嘘の内容を伝えておいた。

「そうなのですか?……」

 駿作はぽかんとなる。

「そういうわけで、わたしを助けて欲しいの」

「いや、なんか、よく分からないのですがぁ」

「とにかく、このピコピコハンマーであの子達を叩いて欲しいの。軽くでいいから」

 聡実はそう伝えて駿作に投げ渡す。

「えー、その、あの」

 駿作、まだ状況が把握出来ず。

「こいつ弱そうだな」

「でもめちゃくちゃ賢そう。次はこいつをやっちゃおう」

「ねえお兄ちゃん、わたちといっしょに数学クイズで遊ぼう」

「えっ、えっ、えっと、その、僕は、ふらりとキャンパス見学しに来ただけでして……」

 たじろぎ困惑する駿作。

 果たして勝負の行方はいかに?

      ※

 桂太が上野動物園内へ辿り着いた時、

「パンダちゃん、かっわいい! ウキョンブ王国の動物園でもパンダちゃん飼育して欲しいよぅ」 

「チャロッチャ、生パンダ、やっぱいいよね」

 チャロッチャと副団長の少年はジャイアントパンダをうっとり眺めていた。

 ミニムマシルとミニ由梨乃を閉じ込めた水槽はすぐ横に置いて。

「おい、おまえら」

 桂太はゼェゼェ息を切らしながら、呆れ気味に話しかける。

「あっ、ハーレムボーイ、よく来たわね」

「話があるならもう少し待って。オレ、これからパンダを写真に収めるんだ」

「待てるか。由梨乃ちゃんとムマシルちゃんを早く解放してやれ」

「うちとチャンバラ勝負して、勝てたら解放してあげるわ。ここじゃ人目につくから、場所を変えましょう」

「なんでそんなガキの遊びしなきゃいけないんだよ?」

「きみ、うちに勝つ自信がないのね。うちよりずっと体格のいい男の子のくせに情けないなぁ。武士国家の子とは思えないな」

 チャロッチャはくすっと笑う。

「日本が武士国家なのは江戸時代までの話だろ……しょうがない、勝負してやる」

 桂太は不満そうにしながらも癪なので乗ってあげた。

 桂太達は上野動物園から出て、上野公園内の人目につきにくい場所へ。

「桂太くん、早くやっつけちゃって」

「ケイタさんならきっと勝てるはずよ」

 ミニムマシルとミニ由梨乃は、熱い眼差しで応援してくれた。

「任せて由梨乃ちゃん、ムマシルちゃん、俺は絶対勝つから」

 桂太はその二人の方を向いて真顔で宣言する。

「かなりの自信ね。さあ勝負よ。うち、この服装でやるわ。身軽になるし、うち、パンダ大好きなの♪」

 チャロッチャは上着を一枚脱いだ。するとパンダさんの刺繍が施されたTシャツ姿に。

「案外かわいらしいな」

 桂太はやや呆れる。

ともあれ決戦開始。

「くらいなさい! ハーレムボーイ」

「ハーレムボーイとか言うな」

 桂太は呆れた様子でチャンバラ棒をチャロッチャの脇腹めがけてすばやく振りかざす。

「あぁんっ、いったぁい!」

 直撃し、チャロッチャは甘い声を漏らした。

「ケイタさん、いい振りですね。乗り気なようで嬉しいです」

「私とムマシルちゃんを救うために、本気になってくれてるね」

 ムマシルと由梨乃は賞賛する。

「大丈夫か?」

 桂太は心配してあげた。

「敵に情けをかけるなんて、日本人らしくないわね。まあチャンバラじゃ勝てそうにないな。相撲勝負に急遽変更よ」

 チャロッチャは自分のチャンバラ棒を投げ捨て、桂太の体にガバッと抱きついた。そして彼のジーンズの裾を両手でがっちり掴む。

「やったぁっ! いい形だチャロッチャ」

 副団長の少年はガッツポーズを取った。

「チャロッチャちゃんちっちゃいし、これくらいで俺を投げ飛ばせるとは思えないな」

 桂太は余裕の表情だ。彼もチャンバラ棒を投げ捨てる。

「それはどうかしら? そりゃぁっ!」

「うわっ、嘘だろ」

「驚いてるね、ハーレムボーイ」

 チャロッチャは桂太に寄りかかって体勢を崩させ、馬乗りになった。

「うっ、動けねえ。重いっ。俺より小柄なのに、なんてパワーだ」

「体重が重くなるシールを特殊なお尻に貼ってるから。うちのパンツ脱がぜばシールを外せるよ。やってみてね♪」

「……」

 桂太は対応に困ってしまう。

「ただいまの決まり手は、寄り倒しだな」

 副団長の少年はにこにこ顔で呟いた。

「桂太くーん、この子のおしりペンペンしてお仕置きしてあげて」

「ケイタさん、遠慮せずにやっちゃって下さい。泣かしてもけっこうですよ」

 由梨乃とムマシルからそう言われるも、

「それは、ちょっとな……」

 桂太は何も出来なかった。

「紳士ね、ハーレムボーイ。それっ、縦四方固」

 チャロッチャは柔道の技を用いてさらに強く圧し掛かってくる。

「いってててぇーっ!」

 苦しがる桂太。

「そろそろ参ったって言った方がいいんじゃないかしら? きみの体、めんこみたいにぺっちゃんこになっちゃうよ。きみについてる二つのスーパーボールも潰れちゃうよ。きゃはっ♪」

 チャロッチャは嘲笑う。

 その時だった。

「桂太お兄ちゃんをいじめちゃダメーッ!」

「桂太お兄さん、華奢な女の子に力負けしてしまってますね」

 森音と牧恵が駆けつけてくれた。

「こいつ、ケツに体重が重くなる特殊なシール貼ってるらしいからなんだ。いてててっ!」

 桂太は必死に言い訳する。

「そういうことか」

 牧恵はすぐに納得してくれたようだ。

「そこのお嬢さん二人は、オレと勝負しようぜ」

「あっ、あなたはこの間の男の娘!」

 牧恵は嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「ああそうだ。この間はよくもやってくれたな。根暗っぽい姉ちゃん、くらえーっ!」

 副団長の少年はそう言うや牧恵に飛びかかり、両おっぱいを服越しに鷲掴みしてくる。

「こっ、こら。おっぱい揉まないで。力抜けちゃう」

 予想以上のすばやい動きだったため、牧恵はちょっぴり動揺してしまった。

「お姉ちゃんみたいなお兄ちゃん、牧恵お姉ちゃんのおっぱい触っても楽しくないよ」

 森音は少年の背中をぺちぺち叩く。

「おまえのはまだぺったんこだから触りがいがないんだ。あと三年は待ってくれ」

 少年は尚も牧恵へのおっぱい揉みをやめてくれない。

「みんな頑張れーっ!」

「アタシ、期待してるよ」

 ミニサイズの由梨乃とムマシルは檻の中から温かいエールを送ってくれた。

「お姉ちゃんみたいなお兄ちゃん、その言い方失礼だよ。くらえっ! 水風船爆弾っ!」

 森音は手提げ鞄から水風船を取り出し、少年の背中に向かって何個も投げつける。

「ぎゃっ、うわっ、卑怯だぞおまえ」

 怯む少年、

「卑怯じゃないもん」

 森音は続いて水鉄砲を取出し、少年の顔面目掛けて発射。

「うおっ!」

 少年、とっさに右手で顔を覆う。

「次はこれだよ」

 森音、今度はシャボン玉を吹いた。お子様ランチについて来たやつだ。

「ちょっと待て、シャボン玉液が目に入るだろっ!」

少年、顔の周りに多数のシャボン玉をまとわされ両手で目を覆う。ついに怒って牧恵の体から離れ、森音に襲いかかる。

「エッチな男の娘ね。さてと、あなたのパンツは、ワタシが脱がしてやるわっ!」

 解放された牧恵は尚も桂太に圧し掛かり続けるチャロッチャの側へ駆け寄り、スカートを捲った。

「あんっ、やっ、やめてぇ~」

 チャロッチャ、足をバタバタさせ必死に抵抗。

「パンダちゃん柄パンツかぁ」

 けれども敵わず。牧恵にショーツを捕まれずるりと脱がされてお尻丸出しにしまう。

「なかなかきれいなお尻してるじゃん。手触りもいい」

「あーんもう、ぷにぷに触らないで。このお兄さんに剥がしてもらいたかったのにぃ」

「シールもパンダ柄かぁ。相当なパンダ大好きなのね」

牧恵はにやりと笑い、チャロッチャのぷりんっとしたお尻に貼られていた、直径五センチくらいの丸っこいパンダさんのお顔柄シールをべりっと剥がす。

「いったぁ~い。もっとゆっくり剥がしてよ」

 チャロッチャは涙目に。剥がした部分がほんのり赤く染まっていた。

「剥がしたわ桂太お兄さん」

「ありがとう牧恵ちゃん、急に軽くなった。これで動ける」

 桂太はチャロッチャの両肩をぽんっと押す。

「きゃんっ」

 チャロッチャの体は簡単に桂太の体から弾き飛ばされ、M字開脚状態で尻餅をついた。

「うわっ!」

 桂太は気まずい面持ちでチャロッチャから顔を背けた。

「ぃやーんもう、見ないで!」

チャロッチャはとっさに露にされた恥部を両手で覆い隠す。

「俺は見てないって」

「絶対見たぁっ!」

「見てないから」

 桂太とチャロッチャ、押し問答。

「まだ生えてなかったね。ってことはアノ日もまだ迎えてないっぽいね」

牧恵はくすっと笑う。

「女の子に見られたのはもっと屈辱だよう」

 チャロッチャは涙目に。

「桂太お兄さん、チャロッチャちゃんのお尻の汗が染み込んだこのシールいる?」

「いらねえ、そんな汚いの。牧恵ちゃん、手、洗った方がいいよ」

「お兄さぁん、失礼よ。うち、これ貼る前にハイビスカスの香りの石鹸で念入りに洗ったんだからね」

 チャロッチャ、ますます悲しむ。

 そんな中、森音と副団長の少年が戦闘中。

「どうだ。オレのグァバ銃とマンゴスチン銃の威力は」

「あーん、服がべとべとぅ真っ赤っ赤。よそ行きのお洋服なのにママに叱られちゃうぅ」

 森音はけっこう苦戦しているようだ。

「森音ちゃん、俺が助けてやるからな」

 桂太は副団長の少年を取り押さえようと近づいていく。

 しかし、

「桂太くん、後ろ危ない」

「ケイタさん、後ろ、後ろ!」

 由梨乃とムマシルからこんな警告が。

「ん? ぐわっ!」

 桂太が振り返った瞬間に、細い紐に体中を巻きつけられてしまった。

「どうよ、必殺あやとり縛り♪」

 技のかけたのはチャロッチャだ。得意げに笑う。

「身動きとれねえ。うわっ」

 桂太、体を揺さぶってみたらバランスを崩して地面に転がってしまった。

「こらーっ、アタシの編み出した技パクらないで。著作権の侵害よっ!」

 ムマシルは怒り心頭だ。

「桂太お兄さん、ワタシがほどきますよ」

「あたしも手伝うぅ」

 牧恵と森音は桂太の側へ駆け寄っていくが、

「あやとりはまだあと二本あるのよ。それぇっ!」

「きゃぁっ!」

「しまった。油断したわ」

 チャロッチャに桂太と同じようにされてしまった。二人とももう一歩動こうとしたらバランスを崩し、地面に転がってしまう。

「これで攻撃し放題だな」 

 副団長の少年、にやりと笑う。

「うち、牧恵っていう腐女子っぽい子、ボコボコに痛めつけたい」

「いいぜチャロッチャ」

「やったぁ! うちのお尻の穴までばっちり見られた仕返ししてやるぅっ!」

 チャロッチャはにやにや笑いながら牧恵の方へ近づいていく。

「くっそ、紐さえほどければ」

「ワタシ達、大ピンチだよ」 

「誰か助けてーっ」

 桂太、牧恵、森音。自分で紐をほどこうとするがほどけず。

「桂太くん、森音ぇ、牧恵ぇ。助けてあげられなくてごめんねー」

「アタシ、何も出来ないのが甚だ悔しいです」

 由梨乃とムマシルは心配そうに水槽越しに見守る。

 そんな時、

「皆さん、お待たせしました」

 聡実もようやく駆けつけてくれた。

「聡実お姉ちゃんだっ!」

「おう! 聡実お姉さん。ボロボロだけど、大丈夫?」

「うん、かなり苦戦したけど、偶然通りかかってくれた駿作さんのおかげで助かったわ」

 聡実は疲れ切ってはいたが、嬉しそうに伝える。東大本郷キャンパスから走ってここまで来たらしい。

「あら、まだ仲間がいたのね。でも弱そう」

 チャロッチャは余裕の表情だ。

「そこの姉ちゃん、今日は思う存分揉ませてもらうぜ」

 少年は聡実に襲い掛かってくる。

「今日はくらわないわよ」

「それはどうかな?」

「きゃっ!」

 聡実はあっさりつかまえられ、押し倒されてしまった。

「アハハッ、弱ぁっ。あの子、まるでヤ○チャね。牧恵って子、生尻を拝見させてもらうわよ。それだけじゃつまらないな。あんたのきちゃないお尻の穴無理やり広げてヤムイモとう○い棒ドリアン味プスッて突っ込んでやろうかしら。ちょうど持ってることだし。それからなわとびの鞭で十発くらい叩こうかな?」

 チャロッチャはにやにやしながら牧恵の側でしゃがみ込む。

「あーん、屈辱だぁ」

 牧恵は照れ笑いする。

「そう言いながらやけに嬉しそうにしてるじゃない。ひょっとしてあなた、マゾ?」

「いやぁ、嬉しくはないって」

「本当かしら? 牧恵って子、うちは心優しいからお尻に突っ込む前に痛くないようにパーム油を塗ってあげるからね。そうしないと入らないだろうし。ついでにあんたのアンダーヘアーも観察してあげる。ジャングルなのかな? それともサバナかしら? 楽しみ♪ さてと、まず手始めにあんたのパンツの柄を拝見……あっ、しまった。こんなに縛り付けたらスカート捲れないじゃない」

 チャロッチャはそのことにたった今気付いたようだ。

「チャロッチャちゃんったら、ドジッ娘ね」

 牧恵はくすっと笑った。

「こうなったら、スカートの周りだけ紐外してやるぅっ!」

 チャロッチャはスカートポケットから刃が変わった形をしたハサミを取り出した。

「あんたの生尻とくと拝見してから、次はそっちのお兄さんの生尻を」

「おーい、俺の尻見たって何も特しないぞ」

 桂太は呆れた表情で主張した。

「ワタシも桂太お兄さんの生尻見たい! チャロッチャちゃん、ワタシにも見せてね」

「いいわよ。まずうちが拝見してからね」

「よっしゃぁ!」

「二人とも、何打ち合わせしてんだよ」

 桂太はいらっとした表情を浮かべていた。

「あたしは桂太お兄ちゃんのお尻、一昨日見たばっかりだよ。今までにも何度も見たことがあるよ。しょっちゅうお風呂いっしょに入ってるもん」

 森音はにこにこ顔で伝える。

「森音ちゃん、そんなこと伝えなくていいから」

 桂太は穴があったら入りたい気分だった。

「羨ましい! どんな感じだった?」

 チャロッチャは興奮気味に質問する。

「パパのお尻よりは小さかった」

 森音はにこにこ顔のまま答えた。

「そっか。まだ成長途中だもんね」

「ワタシが最後に桂太お兄さんの生尻見たのは、もう五年以上は前になるかな?」

 牧恵はにやついた表情で呟く。

「おまえら、いい加減にしてくれ」

 桂太、ますます居た堪れない気分に陥る。

「牧恵って子も見たことあるのかよ。ますます許せなくなったわ。こちらの森音っていう女の子はかわいいから、足の裏こちょこちょ攻撃で許してあげる♪」

 チャロッチャはそう伝えてパチッとウィンクした。

「ええーっ、それは嫌だなぁ」

 森音は苦笑い。

「牧恵って子、大人しくしてなさい! 動くと肌までブシュッて切れちゃうよ。この鋏はヤシガニの前肢から出来ててめっちゃ切れ味良いからね」

 チャロッチャは牧恵のスカートに接している紐の結び目部分をチョキンッ、チョキンッ、チョキンッと三箇所切る。

「これでスカートずらせるわ」

 チャロッチャがにやついた表情でそう呟くや、

「スカートずらせるだけじゃないよ、チャロッチャちゃん」

 牧恵はガバッと立ち上がった。

「あれ? 今ので全部ほどけちゃった?」

 唖然とするチャロッチャ。

「そうみたい。チャロッチャちゃん、やっぱドシッ娘ね。これぞ真のヤシガニ事件♪」

 牧恵はにっこり微笑む。

「牧恵お姉ちゃん、自由になれたね」

「チャロッチャちゃん、自滅したな」

 桂太と森音は安堵の表情を浮かべた。

「こうなったら、実力で」

 チャロッチャは牧恵に果敢に立ち向かっていく。手をグーにして牧恵のお腹にパンチを食らわそうとしたが、

「ワタシとケンカして勝てると思ってるの?」

 牧恵は余裕でチャロッチャの体にガバッと抱きついた。

「よっと」

「あーん、おーろーしーてー」

 そして両手で抱き上げたのち片手で肩に担ぎ上げ、そのまま森音のもとへ。

「森音、じっとしててね」

「うん」

もう片方の手で地面に落ちたヤシガニ鋏を拾い、森音の体に接している紐の結び目を何箇所か切る。

これで森音の体は自由になった。

牧恵は同じ要領で桂太の体に接している紐も、

「この格好のままの桂太お兄さんもなんか萌えるから、そのままに」

「こらこら牧恵ちゃん。早く切れって」

「牧恵、桂太くんで遊んじゃダメだよ」

「牧恵お姉ちゃん、いじわるしないで早く切ってあげて」

「冗談、冗談。ごめんね桂太お兄さん」

 一回躊躇ったがすぐに切って、自由にしてあげた。

「牧恵ちゃん、ありがとな」

「どういたしまして」

「さてと、あいつをなんとかしないとな」

 桂太はピコピコハンマーを持って、

「きみ、髪の毛の感触も良いね」

「あぁーん、やめて下さぁい」

尚も馬乗りで聡実を襲う少年に背後からそーっと近寄っていく。

「ちょっと後ろ、後ろ!」

 チャロッチャは少年に注意を促す。

「えっ!」

 少年はくるっと振り返って反応したが間に合わず。

「あいたぁっ!」

 ピコピコハンマー、おでこに直撃。少年は瞬く間にミニサイズに。

「あ~、また負けちゃった」

 少年、悔しがる。

「よぉし、上手くいった」

 桂太はにこりと微笑む。

「桂太さん、処女喪失の危機にあったわたしを救って下さり、誠にありがとうございました」

「いや、礼なら牧恵ちゃんの方に言って」

 聡実に満面の笑みで礼を言われ、桂太はけっこう照れてしまう。

「桂太お兄さんったら、謙遜しちゃって」

「あいてっ」

 牧恵に背中をパシッと叩かれてしまった。

「チャロッチャちゃん、もう降参した方がいいんじゃない?」

 牧恵はにやけ顔で問い詰める。

「この状況じゃ、勝てそうにないわ。降参」

 チャロッチャはしょんぼりした様子でそう告げた。

 しかしその直後、

「……なーんて言うと思った? これでも食らいなさい!」

 チャロッチャはにやりと笑い、ポケットから棘棘したある物を取り出して地面に叩き付けた。

 ボォォォーンと音を立て破裂する。

 瞬く間に辺りに強烈なにおいが立ち込めた。

「どうよ。必殺ドリアンボム。日本人にはこの香り耐えられないでしょう?」

 チャロッチャは得意げにほくそ笑んだ。

「ナイス、チャロッチャ。普通の日本人なら臭過ぎて気絶するだろうな」

 ちっちゃくなった副団長もほくそ笑む。

 しかし、

「チャロッチャちゃん、ワタシがその程度で怯むと思った?」

 最も至近距離で食らった牧恵を始め、

「臭いけど、まあなんともないな」

「わたしもかなり臭いですが我慢は出来ます」

「あたしはいい匂いに感じるよ」

 他のみんなも平然としていた。

「あれ? なんで耐えられるの?」

「うっ、嘘だろ?」

 チャロッチャと副団長は口を大きく開け、唖然とする。

「みんな、修行の成果がありましたね」

「おめでとう! 私もいい匂いに感じれたよ」

 ムマシルと由梨乃の所まで匂ってくるも、二人とも嬉しそうに微笑んだ。

「さあどうする? チャロッチャちゃん」

 牧恵は再び問い詰めた。

「降参よ、降参。うちを痛めつけるのはやめて、お願い」

 チャロッチャはやや怯えた様子であっさり負けを認めたようだ。 

「はい、はい。もう悪さしちゃダメだよ」

 牧恵はチャロッチャをそっと地面に下ろしてあげた。

「おまえもそんな顔で悪さするのは勿体無いぞ」

「分かった、分かった」

 桂太は副団長を元のサイズに戻してあげる。

 その直後、

「この水槽、ふたに鍵がかかって開かないよーっ!」

 森音が叫んで伝える。

「チャロッチャちゃんか女みたいな少年、早く由梨乃ちゃんとムマシルちゃんを解放してやれ」

 桂太が命令すると、

「分かりましたわ」

 チャロッチャは素直にスカートポケットから鍵を取り出して水槽のふたを開け、中から出してあげた。ちなみにいっしょにいた昆虫や節足類や爬虫類達はムマシルの攻撃によって気絶させられ、隅っこに積み上げられていた。

「これは桂太お兄さんがやってあげた方がいいっしょ。好感度的に」

「俺がやるのか?」

ミニサイズの由梨乃とムマシルは、桂太にピコピコハンマーでそっと叩かれ無事、元のサイズへ。

「桂太くん、ありがとう」

「ケイタさん、サンキューです」

 由梨乃とムマシルは桂太の手をぎゅっと握り締めた。

「いや、べつに当たり前のことをしただけだから」

 桂太は慌て気味に主張する。マシュマロのようにふわふわ柔らかい感触が、桂太の両手のひらにじかに伝わって来たのだ。

「桂太お兄さん照れてる照れてる。ともあれワタシ達の勝ち決定ね」

「これでNMA団全員やっつけたね」

 牧恵と森音は満面の笑みを浮かべる。

「安心するのはまだ早いわ。じつはね、まだあとNMA団の残り二人が、今頃渋谷を荒らしてるはずよ」

 チャロッチャは得意げな表情で伝える。

「渋谷か。人が多過ぎて落ち着かないから、私は好きな街じゃないな」

「俺も好きじゃないな」

「ワタシも渋谷は滅多に行かないよ」

「まだ残ってたのね。今から退治しに行かなきゃ」

 ムマシルはやや険しい表情でそう呟いてほどなく、

「チャロっちぃ」

「チャーロン、聞いて聞いて」

 二人の少女が菱餅のような形の飛行物体に乗って、近寄って来た。

 二人ともチャロッチャと同い年くらいに見えたが、派手な服装でギャルっぽい雰囲気の子だった。

(あのケバケバした風貌、邦靖や駿作が一番嫌いなタイプだって言ってたな。まあ彼女らもオタクっぽい風貌のやつは一番嫌いなタイプなんだろうけど)

 桂太は心の中でこう思う。

「渋谷のハチ公とモヤイ像を盗むミッションは上手くいったの?」

 チャロッチャが問いかけると、

「重過ぎて無理、無理。それよりウチら、渋谷寄ったあと原宿行ったんだけどぉ、竹下通りで怖いお兄さんにからまれたの」

『原宿怖かったよぅ。もうウキョンブ王国へ帰りたぁーい』

 二人は震えた声でこんなことを伝えてくる。

「あーんもう。まあうちも日本人に結局負けちゃったし、人のこといえないけどね」

 チャロッチャはてへっと笑った。

「これで完全に俺達の勝ちってことでいいな?」

 桂太が確認を取ると、

「うん、うちらNMA団の負けや」

 チャロッチャはあっさり負けを認めた。

「あなた達の乗って来た潜水艦はどこにあるの? 教えなさい!」

 ムマシルが問い詰めると、

「隅田川に沈めてあるわ」

 チャロッチャがすぐに答えてくれた。

ここにいるみんなはそこへと向かって歩いていく。

「サトミさん、モリネちゃん、きれいにしますね」

「ありがとうございます」

「ありがとうムマシルお姉ちゃん、これでママに叱られずに済むよ」

その時にムマシルは、あの掃除機で聡実と森音の服や体にまとわりついたべとべとした汚れをきれいに吸い取ってあげた。

  ☆

「この場所よ」

隅田川の河川敷に辿り着き、チャロッチャがリモコンボタンを押すと浮かび上がって来た物体に、

「雪だるまさんだぁっ!」

「これまたユニークな形の潜水艦だな」

「巨大雪だるまだね。私、乗ってみたいな」

「本当にあれ、潜水艦なのでしょうか?」

「他にそれっぽいの無いから、きっとそうっしょ。入口どこなんだろ?」

 桂太達日本人五人はあっと驚く。

それは地面と接するように浮かんでおり、高さは三メートルくらいあった。

「ウキョンブ王国で造られた飛行機や船は雪像や工芸品や民芸品、動物、野菜や果物型がほとんどよ」

 ムマシルが伝えた。

「ちなみにあの潜水艦は三十人乗りなの。見かけではそんなに乗れそうにないけど中はかなり広いわよ。雷に直撃されない限り最高時速が六〇キロしか出せないのは不満だけど」

 チャロッチャは説明を加える。

「やっと解放されたー」「暑かったなりー」「みんなやられたのか」「日本人人強いな」

ムマシルは三つの懺悔ハウスから、収監したNMA団員達を出してあげ、元のサイズに戻してあげた。

「日本人の強さが分かってもらえたでしょ。みんな、今すぐNMA団を解散しなさい!」

 そのあとNMA団員みんなに厳しく命令する。

「分かったよ。オレ達じゃ日本や日本人を困らせることなんて、何も出来そうにないし。日本は広かった」

「うち、もうやらないって。日本人は手ごわかったわ」

 副団長も団長も、

「おいらももう日本荒らすの金輪際やめる」

「おらもだ。怖い思いはもうしたくねえ」

「ぼくちんももう日本征服作戦はこりごり」

 他の団員達もみんなすっかり反省しているようだ。

「本当にそうしてね」

 ムマシルはにこって笑って念を押す。

その直後、

「こらぁっ! 勝男ぉっ、姉さんにナイショで日本へ行ってイタズラしてたのね」

 どこかからこんな声がこだました。

「ねっ、姉さんっ!!」

 副団長は途端にお顔が蒼ざめた。

 こいつの本名、ついに判明である。少女っぽい容姿だが名前はしっかり男だった。

「まったくあんたって子は、学校サボってこんなバカなことして」

「ねっ、姉さん。オレが悪かったって。ぎゃぁっ! ひどいよ姉さん」

 副団長の少年はドリアン型の蒸気船から降り立った、十代半ばくらいで恰幅のいい紫色ロールヘアのお姉さんにサッと担ぎ上げられショートパンツとトランクスをずるりと脱がされ、お尻ペンペンされる。

「この男の子、勝男くんっていうんだね」

「めっちゃ日本人名じゃん。生尻きれい、しっかり目に焼付けとこ」

「お姉ちゃんみたいなのに、サ○エさんのカ○オくんと同じ名前だね」

「なかなかいいお尻の叩き方ですね」

「外国人って感じが全くしないな」

「ウキョンブ王国民は日本人名の子も多いよ」

 由梨乃達は思わず笑ってしまう。

「日本人の皆様、うちの勝男が多大なご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません。二度と勝手に日本へ行かないよう、しっかり注意しときますので。これ、お詫びの品です。皆様で分けて下さいませ。五月いっぱいまで持ちますよ」

「あっ、どうも。重ぉっ」

 勝男くんのお姉さんは桂太に、トロピカルなデザインの手提げ紙袋を手渡して来た。

 中を見てみると、パッケージにドリアンの果実と、中身が黄色く詰まったチョコレートの写真が付いた、ドリアンチョコが合計十箱。ちなみに一箱四〇個入りだった。

「これもウキョンブ王国自慢の名産品よ」

 ムマシルは笑顔で伝える。

「ムマシル、勝男を日本へ来させてしまってごめんね。ほら、勝男も謝りな」

「いっ、て、て、てぇ。ごめんムマシル」

 勝男くんのお姉さんはムマシルに向かって深々と頭を下げて謝罪。勝男くんも無理やり下げさせられていた。

「いえいえ。アタシ全然気にしてないので」

 ムマシルは苦笑いを浮かべる。勝男くんのことを少しかわいそうに思ったようだ。

「ほら勝男、帰るよ」

「痛いよ姉さん、耳引っ張るなって」

「帰ったらしっかり父さんに厳しく叱ってもらいますからねっ!」

 勝男くんはお姉さんにドリアン型蒸気船に無理やり乗せられ、一足先にウキョンブ王国へ帰らされた。

他の元NMA団員達も雪だるま型潜水艦に、胴体部分に設けられた横開き自動扉を通ってぞろぞろ乗り込んでいく。

「あなた達、二度と日本に攻めてくるようなことはしちゃダメよ。来るなら観光か留学目当てにしなさいね」

 ムマシルは念を押して注意。

「分かった。日本のみんな、今度は普通に観光しに来るよ。ほな、おおきに」「それでは日本の皆様、グッバイ!」「日本人、またいつかお会いしましょう。ぼくちんのことも忘れないでね」「また来るぜ」「またアキバに行くなりー」「ぼくは今度来る時は、雪遊びがしたいなぁ」「日本の皆様。またいつかお伺い致しますね」

 元NMA団員達は窓になっている目玉や口の部分から桂太達に向かって別れの言葉を告げる。彼らの乗った潜水艦は、窓が閉じられたのち動き出し、徐々に沈んでいきながら東京湾の方へと向かっていく。 

「あたし、NMA団とまた戦いたいなぁ」

「ワタシもーっ。NMA団のみんな、そんなに悪そうな感じじゃなかったね。平和な国の悪ガキ集団だし、日本の悪ガキ集団と比べたら大人しいっしょ」

「そうだな。勝男ってやつがお姉さんに引っ張れて行く無様な姿は笑えた」

「私、戦いはしたくないな。お友達になりたいよ」

「わたしも同じく」

「あいつら口では反省してるように言ってたけど、また襲ってくる可能性は無きにしも非ずだと思うわ。指揮を執るはずのアタシが一番足手まといになってしまって申し訳ない。みんな本当にありがとう。みんなのおかげで日本の平和は守られました」

 ムマシルは深く感謝の言葉を述べる。

「いやいや、俺はムマシルちゃんが一番活躍してたと思う」

「そんなことないですよケイタさん。危険な目に遭わせてしまって申し訳ないです」

「気にしないでムマシルちゃん。俺、今回の戦いけっこう楽しかったよ」

「わたしもヒーローショーに出れたみたいで、すごく楽しかったです」

「私も、けっこう楽しめたよ」

桂太と聡実と由梨乃は満足そうに伝えた。

「あたしはもっと戦い楽しみたかったな」

「ワタシももっと激闘を繰り広げたかったぁーっ!」

 森音と牧恵はちょっぴり名残惜しそうにする。

こうしてみんなは、それぞれのおウチへ帰っていった。

目的を果たせたムマシルも、まだウキョンブ王国へは帰らずに、当初の予定通り今夜も柏原宅でお世話になることにした。

      ☆

 三姉妹とムマシルが帰宅した午後六時半頃には、すでに夕食がほとんど出来上がっていた。

「おう、すき焼きだぁ! それに、お刺身もいっぱい♪」

 ムマシルは並べられていたメニューに目を奪われ、大喜びする。

「ムマシルちゃんと明日お別れだから、今夜は少し豪勢にしたわよ」

「ありがとうございます。おば様、おじ様。この度は大変お世話になりました」

「いえいえ、そんな」

「ぼくの方こそ、ムマシルちゃんに感謝すべきだと思う。貴重な体験が出来たし」

 両親は謙遜気味だ。

「森音と牧恵と由梨乃は、ムマシルちゃんとお別れの挨拶しなくていいの?」

 母ににっこり笑顔で問われると、

「だって月曜に普通に学校で会えるし」

「私も学校行く途中で会えるから」

「あたしは下校途中で会えるよ」

 三姉妹は爽やかな笑顔で嘘を伝えておく。

    ※

 午後八時頃。桂太の自室。

「駆け回ろうよ動物の森3、すごく面白いですね。ウキョンブ王国のゲームショップでももう売られてるかな?」

「ムマシルさんにも楽しんでもらえて光栄です。おそらく今週の売り上げトップになること間違い無しの日本で大人気のテレビゲームですよ。海外でもこのシリーズ人気あるみたいです」

「ワタシと同じ部活の子にももう持ってる子が何人かいたわ」

「あたしのお友達も嵌ってる子が多いよ。3DS版もめちゃくちゃ面白いよ」

「桂太くんはこのゲーム、あまり興味なさそうだね」

「だってこれ、女の子向けだろ。あの、みんな、俺の部屋でやらなくても……」

 ムマシル日本滞在最後の夜ということで、桂太と三姉妹とムマシルと聡実、みんなで集まりテレビゲームなどをして楽しむ。頂いたドリアンチョコを時折口にしながら。

 その最中、

「あっ、ママから電話だ」

 ムマシルのスマホの着信音が鳴ると、ムマシルはすぐに通話ボタンを押した。

『ムマシル、NMA団退治、よく頑張ったね』

「うん、ほとんど日本人のお友達のおかげだけど。ママ、日本時間換算で明日の夜にはそっちへ着くように帰るね」

『いや、帰らなくてもいいのよ』

「えっ!」

 予想外の返答に、ぽかんとなるムマシル。

 そのあとママから衝撃発言。

『ママとパパも、日本へ引っ越すことにしたから。ムマシルには言わなかったけど前々から計画してて、別荘のような感じだけど新居ももう決まってるの』

「えっ!! ウキョンブ王国でお仕事あるでしょ?」

『それなら心配ないわ。最高時速一万キロ出せる最新式の超高速ジェット機を、ウキョンブ王立大学院の理工学研究者に造ってもらったから、すぐに行き来出来るし』

「そっ、そうなんだ。新居って日本のどこ?」

『住所は東京都の……』 

「そこって、アタシがお泊りさせてもらったここの近くじゃ」

「地区名同じだし、番地も近い。俺んちからけっこう近いぞ」

「桂太くんちから四軒隣のあのおウチじゃないかな?」

 桂太と由梨乃の耳にも届いたようだ。

「そういえば、そこ、入居者募集中って看板があったな。あそこか?」

「ってことは、ワタシと同じ中学に通うってこと?」

 牧恵も反応する。

「ママ、それじゃ、アタシの通う学校は?」

『市立鷹葉台(たかばだい)中学よ。明後日から通えるよう、もう留学手続きは済ませてあるの。制服その他学用品の用意も出来てるわよ』

「あっ、そっ、そう?」

 突然の予想外の報告に、当然のように動揺するムマシル。

「やっぱ同じ中学じゃん! やったぁ!」

「ということは、私達と近くで過ごせるってことだね」

「いっしょに学校も通えるね。ムマシルお姉ちゃん、これからもよろしくね」

「ムマシルさん、嘘から出たまことになったね」

 三姉妹と聡実は大喜びする。

「まさかこんなことになるとはな」

 桂太はちょっぴり気まずい心境だ。

『ムマシル、明日直接迎えに行くわ。ムマシルが今いる場所の座標を教えてくれない?』

「分かった。ちょっと調べるね。えっと、東経一三九度三十……」

 ムマシルがスマホを眺めながら経度・緯度をミリ秒単位まで詳しく伝えると、

『あら、新居とほとんど同じ場所なのね。経度で一秒ちょっとしか違わないじゃない。緯度は秒単位まで同じだし』

 母は少し驚いた様子だった。

 三姉妹はこの事実は、両親にはムマシルちゃんの家族が、ちょっと遠い場所にあるマンションからこのすぐ近くの一軒家に引っ越してくるというように伝えたのであった。

     ☆

 午後十一時半頃、小柴宅。

「ピコピコハンマーで叩いたら小人になった、あの昼間の出来事は夢でありますよね? あんな魔法少女アニメ世界のような現象、現実世界では物理学的に考えて起こるわけがないしぃ。僕はきっと白昼夢を見ていたのでしょうね」

 駿作は自室のベッドに寝転がり、今日買ったコミックスを読みながら自問自答していた。

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