同日夜八時頃。柏原宅。

　三姉妹と、持参していたヘアカラースプレーで髪の色を戻したムマシルは、由梨乃のお部屋に集った。

　さらに桂太と聡実もここへお邪魔していた。

対ＮＭＡ団戦に備えた作戦会議を行うことにしたのだ。

（なんか、女の子特有の匂いがぷんぷん……）

　桂太は妙に緊張してしまう。女の子五人の体から漂ってくる、ラベンダーの石鹸の香りが彼の鼻腔をくすぐっていたのだ。

「ＮＭＡ団に対抗するための、画期的な武器の数々を見せますね」

　ムマシルはトートバッグから水鉄砲、めんこ、あやとり、ヨーヨー、けん玉、折り紙、水風船、お手玉、おはじき、ビー玉を取り出す。

「水鉄砲と水風船以外は武器にはならないと思うんだけど」

　桂太は笑ってしまう。

「しようと思えばしっかり武器になるよ。例えばこのあやとりを、こうやって投げれば……」

　ムマシルは真剣な表情で主張し、あやとりの紐を桂太に向けて投げた。

「うわっ！」

　桂太はあっという間に紐で全身を縛り付けられる。

「……動けない」

　身動きを封じ込められてしまい、自分でほどこうにもほどけず。

「桂太くん、大丈夫？」

「ああ、そんなにきつくないし」

「桂太お兄ちゃん、ボンレスハム状態になってるぅ」

　森音にくすくす笑われてしまう。

「あやとりの紐がまるで意思を持っているかのような動きでしたね」

　聡実は紐に感心する。

「紐で拘束されてる桂太お兄さんも、なんかいいねえ。漫画のネタに」

　牧恵はにやりと笑い、スマホのカメラに収めた。

「牧恵ちゃん、撮るなよ」

　桂太は迷惑顔だ。

「ムマシルちゃん、桂太くんをほどいてあげて」

　由梨乃に困惑顔で言われ、

「ごめんなさいケイタさん、すぐにほどきますね」

　ムマシルは紐のとある箇所をぐいっと引っ張る。

　すると桂太の体から全ての紐の結び目がほどけた。

「このあやとりもすごい科学技術が使われてるんだね。ムマシルお姉ちゃん、あたしにもやらせてー」

「これはアタシが編み出した技だから、何百回も練習しないと出来ないと思うよ」

「ムマシルお姉ちゃんオリジナルの技かぁ。すっごーい！」

　森音のムマシルに対する尊敬度が上がったようだ。

「最近はこういうので一度も遊んだことない子どもも多いらしい。俺もそんなに遊んだ記憶はないな」

「日本で昔のおもちゃと呼ばれるものも、ウキョンブ王国では現代流行りのおもちゃだけどね。ケイタさんは、水鉄砲の早撃ちは得意ですか？」

「どうだろう？　早撃ちなんて俺やったことないから分からないな」

「では、ケイタさんは水鉄砲で早撃ちの練習をして下さい」

「えっ、練習しなきゃいけないのか？」

「はい、ＮＭＡ団には早撃ちの名手も大勢いますし、ケイタさんは男の子ですし」

　ムマシルはそう伝えながら水鉄砲を手渡そうとしてくる。

「桂太お兄ちゃん、あたしと今から水鉄砲で戦おう！」

　森音からも強く誘われたが、

「小学生じゃあるまいし」

　桂太は全くやる気なしだ。

「ケイタさん、日本の存亡がかかってるんですよ」

　ムマシルににこやかな表情で伝えられ、

「その言うわりに深刻な感じじゃなさそうなんだけど」

　桂太は呆れ気味にこう意見する。

「桂太お兄さん、森音と水鉄砲で遊んであげなよ。桂太お兄さんも小学校の頃はよく遊んでたじゃん」

「確かにな。しょうがない。やってあげる」

「やったぁ！」

「よかったね森音。ねえムマシルちゃん、ＮＭＡ団が来るのは明後日だから、明日はみんなで近くのショッピングモールとかに遊びに行こう。ムマシルちゃんをこの辺案内してあげたいし」

「お気遣い、ありがとうございますユリノさん。明日は一日中訓練をした方がいいと思うけど、せっかくの機会だし、明日は思う存分遊ぶよ。でも帰ってから最低二時間は訓練をしましょう」

　ムマシルは後ろめたく思いながらも、大いに喜んでいる様子。

「あたし、映画館と上野動物園も行きたいな」

「わたしは国立科学博物館へも寄りたいです」

「ワタシは秋葉原も。上野のすぐ近くだし」

「私は秋葉原はちょっと……」

「アタシ、リアル秋葉原行ってみたいな。日本のオタクの聖地なんでしょ？」

「ほら、ムマシルちゃんも行きたがってるじゃん」

「しょうがないなぁ。桂太くんはどこか寄りたいとこはある？」

「みんな、悪いんだけど俺、明日は駿作んちで邦靖も一緒にテレビゲームする予定だから」

　桂太は申し訳なさそうに伝えた。　

「桂太くん、そんな体に悪いことせずに。私達と遊んだ方が絶対楽しいよ」

「桂太さん、わたし達と付き合った方が絶対充実した休日を送れますよ」

「桂太お兄ちゃんもいっしょに遊ぼうよ」

「桂太お兄さん、お願ぁい！　桂太お兄さんがいてくれればナンパ対策と土産物とか買った時の荷物対策にもなるし」

「ケイタさん、いっしょに遊びましょうよ」

　けれども他のみんなから強くお願いされると、

「俺を荷物持ち係にしようという魂胆が丸分かりだけど、仕方ない」

桂太は断り切れなかった。しぶしぶ駿作のスマホにキャンセルの連絡をする。

『あらら、残念ですが柏原さんからの誘いなら断るわけにはいきませんね。ぜひ楽しんで来て下さいませー』

　駿作は同情してくれたようだ。

（確かにショッピングモール巡りの方が楽しいかもな）

　桂太はこの選択で良かったなと思いながら電話を切った。

　その直後、

「あの、皆さん、ＮＭＡ団のやつらはおそらくドリアン攻撃も仕掛けてくると思います！　皆さんこれで耐性を付けて下さい」

　ムマシルはそう伝えて、ドリアンの絵が描かれたにおい袋を開けた。

　途端にドリアンの強烈な香りが由梨乃の部屋中に漂う。

「マシュマロのよりも臭い」

「こりゃ強烈だな」　

　由梨乃と桂太は思わず腕で鼻と口を押さえる。

「ドリアン成分百パーセントですから。これの臭さを最終形態フ○ーザとしたらドリアンマシュマロはナッ○レベルですよ」

　ムマシルもわりときつそうにしていた。

「ものすごーくくさいけど、耐えれなきゃＮＭＡ団に勝てないよね」

「これに耐えてこそ、武士道精神の日本人っしょ」

「つらいですが、頑張らなきゃ」

　それでも森音と牧恵と聡実は息を大きく吸い込み、においを存分に受け入れる。

「そのうち慣れるかな？」

「いや、俺は慣れないと思う」

　由梨乃と桂太もついに鼻と口から腕を離し、においを受け入れることにした。

このあといよいよ、桂太と森音による水鉄砲戦が始まる。

戦いの舞台は、柏原宅のお庭だ。

他のみんなもドリアン臭くなってしまった由梨乃のお部屋を出て、すぐ側で観戦することに。

「桂太お兄ちゃん、くらえぇっ！」

　森音は楽しそうに水鉄砲の引き金を引く。

「……」

　桂太は顔に直撃を食らうも、反撃する気にはなれなかった。

「桂太くん、小学校の頃みたいにもっと楽しそうにやらなきゃ」

「いや、高校生が水鉄砲ではしゃぎ回るっておかしいだろ？」

「桂太お兄ちゃん、あたしを攻撃してみて」

「分かった、分かった」

　桂太はやる気なさそうにしながらも、ついに引き金を引いた。

「桂太お兄ちゃん、動作遅いよ」

けれども森音にサッとかわされてしまう。

「森音ちゃん反射神経いいな」

桂太が感心したその直後、

「桂太お兄さん、それーっ」

「うわっ！」

　桂太の背中がずぶ濡れに。

　牧恵が彼の背後から水風船を投げたのだ。

「桂太お兄さんも水風船でワタシを攻撃してみて」

「いや、なんかそんな気になれんな。水風船も小学生の遊びだし」

「ケイタさん、そんな心構えじゃ戦闘本番で痛い目に遭いますよ」

　ムマシルは微笑み顔で忠告する。

「当日本当にやばくなったら本気出すから」

　桂太は余裕の心構えのようだ。

「桂太くんは本番に強いタイプだからきっと大丈夫だよ」

　由梨乃はそんな考えである。

「桂太お兄ちゃん、くらえっ！　水風船爆弾五連発！」

「桂太お兄さん、やり返さないとどんどん攻撃しますよ」

「べつに俺そんなにダメージ食らってないし」

　そのあと桂太は森音と牧恵から水風船攻撃を何度か食らわされた。けれどもやり返そうという気にはなれなかったようだ。

「森音も牧恵もやり過ぎはダメだよ」

「桂太さんも頑張れー」

「ケイタさん、一発くらい投げてあげて」

　由梨乃と聡実とムマシルは縁側に腰掛け、折り紙で鶴やカニやキツネやカラスなどを折って遊びながら、その様子を微笑ましく眺めていた。

「森音、よかったわね。桂太ちゃんと遊んでもらえて」

「桂太お兄さん、これならどうだ」

　牧恵は桂太の後ろ首襟をつかみ水風船を隙間から入れ、さらに背中をぽんっと押す。

「つめたぁっ！　牧恵ちゃん、背中に直接突っ込むなよ」

　当然のように割れ、彼の背中はずぶ濡れに。

「桂太お兄さん、そろそろやり返したら？」

　牧恵は大きめの水風船を一つ、桂太に手渡した。

「さっきのは俺もいらっとしたからな、よぉし、牧恵ちゃん思いっ切り投げてやる」

　桂太は水風船を投げるしぐさをとった。

「きゃぁ、桂太お兄さん怖ぁい。犯されちゃう」

　牧恵はてへっと笑いながら桂太に背を向け逃げる。

「それっ！」

　桂太はついに投げた。

　しかし次の瞬間、

飛んでいる水風船に何かが当たり上空へ弾き飛ばされてしまった。

「桂太お兄ちゃん、すごいでしょう？」

　森音が水風船を狙ってプラスチック製のヨーヨーを当てたのだ。

「うん、俺、思いっ切り投げてかなりスピード出てたのに命中させたからな」

　桂太はちょっぴり悔しそうに褒めてあげた。

　その直後、

「んわぁっ！　つめたっ！」

　弾き飛ばされた水風船が桂太の頭上を直撃し破裂する。

「森音、ナイス♪」　

　牧恵はグッジョブの指サインをとった。

「森音ちゃん、ここまで狙ってやったのか？」

　全身ずぶ濡れにされた桂太は苦笑いを浮かべて問いかけた。

「うん！　狙ったのーっ！」

　森音は満面の笑みを浮かべて嬉しそうに答える。

「モリネちゃん、めっちゃ上手いね。ＮＭＡ団戦でもじゅうぶん対応出来るよ」

「森音さん、見事なコントロールでしたね」

　ムマシルと聡実はパチパチ拍手。

「森音、ヨーヨーをあんなに自在に操るなんてすごいよ。ん？　きゃっ、きゃぁっ！」

　由梨乃も拍手を交えて褒めていると、突然口をあんぐり開け、甲高い悲鳴を上げた。

「由梨乃ちゃん、どうした？」　

　桂太は少し心配そうに問いかけた。

「桂太くん、蛾が、私の鼻にとまったの。とって、とってぇ～」

「由梨乃お姉さん、相変わらずオーバーリアクション過ぎ」

　牧恵はにこっと微笑み、そっと掴み取ってあげた。

「私、昔からよく虫に襲われるの」

「由梨乃さんには虫さんを惹きつける魅力があるってことですね」

　聡実はくすくす微笑みながら言う。

「私、虫だけはどうしても好きになれないよ」

　由梨乃は今にも泣き出しそうな表情だった。

「由梨乃ちゃん、俺にもその気持ちはよく分かるよ」

　桂太も同情するものの笑ってしまう。

「桂太お兄ちゃん、これあげる。牡丹のお花のところにいたよ」

「ん？」

　森音は桂太の手のひらに何かを乗っけて来た。

「うわっ！」

　ぬめっとした感触がじかに伝わり、桂太は慌てて地面に投げ捨てる。

　カタツムリだった。

「投げたらダメだよ桂太お兄ちゃん。殻が割れちゃう」

「いきなり渡されたからしょうがないだろ」

　桂太は迷惑顔だ。

「桂太お兄さんも虫怖いんじゃん」

　牧恵はくすっと笑う。

「怖くはないけど」

　桂太はやや顔をしかめた。

「カタツムリは私大好きだよ。羽がある昆虫さんは高速でびゅんって飛んでくるのがダメ」

　由梨乃はにっこり笑顔で打ち明ける。

「ユリノさん、ＮＭＡ団員には昆虫大好きな子もいるから、昆虫攻撃を仕掛けてくるかもしれませんよ」

　ムマシルはにやついた表情で警告してくる。

「嫌だなぁ」

由梨乃は暗い気分に陥った。

　　　　　※

　桂太と聡実は自宅へ帰り、三姉妹とムマシルは牧恵＆森音のお部屋へ。

「モリネちゃん、今日はマ○オのゲームで遊ぼっか？」

「今日はいいや」

「あれ？　モリネちゃん、なんか元気ないね」

「森音、急に大人しくなったね」

「桂太お兄さんと遊び疲れちゃった？」

　ムマシルと由梨乃と牧恵は、ついさっきまでとは様子が違う森音に疑問を抱いた。

「なんかあたし、急にすごくしんどくなったの。熱があるみたい」

　森音はゆっくりとした口調で答えた。

「森音、本当にお熱があるよ。大丈夫？」

　由梨乃は森音のおでこに手を当ててみた。

「まあ、なんとか」

　森音はそう答えるも、ぐったりしていた。

「あらら、森音、風邪引いちゃったか。でもそんなに高熱じゃないっぽいからきっと一晩で治るわ」

　牧恵も森音のおでこに手を当てて、安心させるように言う。

「森音、これからぐっすり寝れば、明日の朝までには絶対治ってるからね」

　由梨乃が勇気付けるようにそう言うや、

「モリネちゃん、これ舐めてみて。ウキョンブ王国製の薬用ドロップ、パイナップル味で風邪に良く効くよ。寒い日本で風邪引いた時のために念のために持って来てたんだ」

　ムマシルはトートバッグから黄色いドロップを取り出した。

「ありがとうムマシルお姉ちゃん、いただきまーす」

　森音は一粒受け取るとさっそくお口に放り込んだ。

「甘くてすごく美味しい♪」

　するとなんと、森音の顔色がみるみるうちに普段の状態へと戻っていったのだ。

「急に元気が出て来たっ！」

　森音はにっこり笑い、ガッツポーズを取る。

「お熱も下がったみたいだね。ドロップ効果すごい！」

　由梨乃はもう一度おでこに手を当ててみて、ホッと一安心出来たようだ。

「ありがとうムマシルお姉ちゃん。あたしの風邪あっという間にすっかり治っちゃった」

「どういたしまして」

　ムマシルはちょっぴり照れた。

「想像以上の解熱効果ね。ワタシ、こんなに効果あるとは思わなかったわ。ド○ゴンボールの仙豆みたいね」

　牧恵は効能にかなり驚いていた。

　それから四人いっしょに一時間ほどテレビゲームを楽しんで夜十時半頃。由梨乃はムマシルを連れ、自室へ戻った。

「まだにおい消えてないね。窓開けてたのに。あの、ムマシルちゃん。ジャスミンのスプレーでドリアンのにおい消して欲しいな」

「あのスプレーは使い切っちゃってもうないの。そのうち自然に消えますから」

「……お布団もドリアン臭くなっちゃってる」