第八章 古代パート「火の巫女、古き国の終幕」

――時を超えて。


霧島川の下流、邪馬台国の砦。

台与は最前線に立っていた。白い巫女衣は風にはためき、その姿は一見、儚げに見える。

だが、彼女の胸元には卑弥呼から受け継いだ霊鏡が輝き、その手には短剣が握られていた。霊鏡からは、卑弥呼の残滓である「霧」の霊力が、台与の持つ「火」の霊力と呼応し、周囲の空気を震わせている。

彼女の足元には、堅固な木の柵が組まれ、兵士たちが槍を構え、和真の号令を合図に

一斉に反撃に出た。

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「巫女に、何ができるというのか! 聖なる力など、我らの刃の前には無力! 我らが王の怒りを知れ!」


狗奴国の兵士の一人が嘲りの声を上げた。その声に呼応するように、鬨の声が谷に響き渡る。彼らは、巫女が前線に立ったことに動揺しつつも、巫女を討ち取ることができれば、勝利は間違いないことを確信しているかのようだった。


台与は一歩も引かなかった。彼女は霊火を掲げ、“霊威の光”を兵士たちに向けた。

炎に包まれた光は、まるで彼女の内に秘めた決意が形になったかのようだった。彼女の小さな体から放たれる圧倒的な存在感に、兵士たちは息を飲んだ。

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「私の霊威をもって、火を掲げます! 邪馬台国の兵たちよ、恐れることはありません。私たちは、この地を、この国を、そして未来を、自らの手で守るのです! 私と共に、この国を守り抜くのです!」


その声は、まだ幼い台与の声とは思えないほど、強く、澄み切って響き渡った。霊火が台与の手中で激しく燃え盛り、砦を照らし出す。その炎は、兵士たちの瞳の中に、さらなる勇気を呼び戻すかのように燃え広がった。


「台与様!台与様!!」


兵士たちは、台与の言葉に、力強く頷いた。


「これ以上の侵攻は、許しません! 我らが聖地を、祖先の魂を、決して穢させはしない! 邪馬台国は、ここにある! そして、これからも、ここにあります! この地に根差す命を守るため、我々は戦います!」

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戦いは、短くも烈しかった。

霧島川で邪馬台国と狗奴国の軍は激突した。卑弥呼の生存中も、各地で小競り合いはあったがこれほど大規模な正面衝突は初めてだった。


地の利を活かした邪馬台国の守備と、霊火を掲げた台与の姿は、兵たちの士気を鼓舞した。

台与の放つ火の霊威は、単なる視覚的な炎ではなく、兵士たちの疲労を和らげ、恐怖を打ち払うかのような不思議な力を持っていた。彼女の霊力が、戦場の兵士たちに活力を与え、劣勢を覆す原動力となった。

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和真は、台与の隣で獅子奮迅の働きを見せた。

彼の槍は、狗奴国の兵士たちを次々になぎ倒し、その背後から台与を寸分違わず守護する。彼の動きは、流れるように滑らかで、迷いがなかった。その眼差しは、常に台与を見守り、彼女の危機には寸分も遅れずに駆けつける。


「巫女は、この国すべての、未来を背負っているのだ! 命ある限り、この和真が貴様らを阻む!」


和真の咆哮が、戦場に響き渡る。その声は、兵士たちにさらなる勇気を与えた。

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その混乱を割くように、兵を率いて砦に押し寄せてきたのは、猛将、狗古智卑狗であった。

彼は先程の“霊威の光を”を見せた台与が卑弥呼に代わる巫女であることを認識しており、自ら馬を駆って、台与の眼前まで迫ってきた。


その剣は、台与の霊火をも切り裂かんばかりの勢いだった。


「火の巫女よ! 神などいない! 我ら狗奴の刃が、貴様の偽りを暴く! 霊威など、この世のどこにもないのだと、貴様自身が証明するがいい! この戦をもって、邪馬台国の呪縛を断ち切ってやる!」


その刃が台与へと迫る。和真が咄嗟に間に入り、台与を庇った。

その瞬間、彼の槍と狗古智卑狗の剣が激しくぶつかる。和真は一歩も退かない。


「巫女には決して触れさせん!」

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狗古智卑狗は過去に幾度となく戦場で切り結んできた和真と戦いながら、台与へも剣を向けようとするが、台与は怯むことなく、狗古智卑狗の剣を受け止めていた。


“霊威と武力”が、今、この場で交錯する。


火花が散り、鋼のぶつかる音が響き渡る。台与は全身全霊を込めて短剣を振るう。

その一撃一撃には、卑弥呼から託された霊威と、自身の火の力が凝縮されていた。


台与の短剣が、狗古智卑狗の剣を弾き、彼の頬をかすめる。わずかな傷口から血が滲んだ。

狗古智卑狗は台与の剣気に驚愕して、目を見開いた。

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激闘の果て、狗古智卑狗は深手を負わされ、馬ごと退いた。軍勢は動揺し、邪馬台国の軍はその隙を突いて前進した。


それでも、勝敗は決しなかった。火と霧が入り混じる戦場――互いの傷は深く、もはやこれ以上の戦いは国を滅ぼすという限界に達していた。

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台与は、和真の支えを借りて戦場を歩き、狗奴国の陣の前に立った。


「卑弥弓呼――邪馬台国の巫女、台与です!火の巫女が、最後の言葉を伝えにきました!」


霧の奥から、風に吹かれてやってくるように、ひとりの男が姿を現した。年老いた狗奴の王――卑弥弓呼。彼の目は、若き巫女を鋭く見据えていた。


「お前が台与か……。そうか、卑弥呼は死んだか……」


卑弥弓呼の問いに台与は答えなかった。卑弥弓呼はすでに卑弥呼がこの世にいないことを悟った。


「お前は火をもって、我らを滅ぼす気か?」


台与は、霊鏡を胸に抱えた。


「火は、命を照らす光。滅ぼすためのものではありません。けれど、命を守るために火が必要なら――わたくしは、その責を負いましょう」


卑弥弓呼は沈黙した。長い沈黙の果てに、彼は苦しげに口を開く。


「……我らは、霧に隠れた邪馬台国を、恐れていた。見えぬ力、語られぬ神。それを“偽り”と断じることで、己を保っていた」


そして、彼は剣を地に突き立てた。


「火の巫女よ。我らはこの地より退く。だが、これが終わりではない。霧が晴れれば、また新たな争いが生まれる……それでもお前は、その火を灯すのか?」


台与は静かに頷いた。


「はい。火は、“今”を生きるためのもの。未来を守るために、わたくしは灯し続けます」


それが――邪馬台国と狗奴国の、最後の対話だった。

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この戦いを境に、邪馬台国は大きく変貌を遂げていく。


台与は、単なる巫女ではなく、自ら前線に立ち、兵を率い、民に寄り添う新たな女王として国を導き始めた。

彼女は、卑弥呼が守り続けてきた「霧の結界」を自らの「火」で照らし出し、閉ざされた国を開いていく意志を示した。


外交においては、魏から禅譲を受けた晋との関係構築に努め、この新たな女王国のあり方を模索し真の意味での外交の道を模索し始めた。


卑弥弓呼と狗古智卑狗、そして狗奴国は、その後、歴史の表舞台から姿を消した。

彼らの物語は、台与が治める新たな倭国の中に埋もれていった。

それは、滅亡というよりも、新しい時代へと融合していく、自然な流れだったのかもしれない。


台与が晋へ朝貢を行った西暦266年を最後に、倭国は一旦、史書から消えることになる。それは、邪馬台国が、台与という“火の巫女”のもとで、霊威の国から、より現実的な力を持つ“倭”へと変容していく、静かな胎動の期間だったのかもしれない。

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台与の死は明らかになっていない。

ただ幼い時から霊威を使い続けた彼女は、卑弥呼より若くして死んだ。

その霊威は次代へと継がれることなく霧の中へと消えていった。


和真は、彼女の最期を静かに看取ったと言われている。


霧島の神殿に残された霊鏡と火炉。

誰もが語らなくなった、霧の時代の記憶。


――それでも、確かに“そこにあった”歴史がある。

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台与によって築かれた一時的な平和の後、邪馬台国は再び「分解」の時代を迎える。

それは、卑弥呼の霊威に依存した統治から、より多様な勢力が割拠し、再統合を繰り返す「倭」への過渡期であった。


各地の小国が台頭し、互いに争い、時には結びつきながら、より大きな国家へと形成されていく、静かなる変革の時代。この空白の時代こそ、倭が真の国として成長するための、必要な揺り戻しだったのかもしれない。


だが、その記憶は、霧の中に完全に消え去ったわけではない。


台与が掲げた「火」の記憶は、脈々とこの地に受け継がれ、やがて来るべき時代、「倭の五王」の時代へと繋がっていく。

それは、歴史の表舞台からは見えなくとも、確かに人々の心に残り、次の時代を形作る礎となったのだ。霧の彼方に、新しい国の夜明けが、ゆっくりと訪れようとしていた。

                       邪馬台国異聞~霧の記憶~ 了

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邪馬台国異聞 〜霧の記憶〜 霧守紫苑 @mickeyland

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