第七章 古代パート「火を継ぐ巫女、新たなる誓い」
――時を超えて。
「――開け、門を。霧の中へ、我らが進む」という台与の声が、夜明け前の谷に響き渡った。
門が開く。その隙間から流れ込む霧は、まるで生き物のように揺らめき、台与の顔を濡らした。その冷たさに、彼女の心臓は激しく脈打つ。
それは恐怖からくるものではなく、自らの内に宿る火の霊威が、この地の冷たい霧と呼応している証だった。
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「……行きましょう、和真様」
彼女は、胸に抱いた“覚悟の証”である卑弥呼の短剣を握りしめ、和真とともに霧の中へと足を踏み出した。
その足元には、かすかな草花の香りと、土の湿った匂いが混じり合っていた。彼らの進む道は、もはや卑弥呼が歩んだ霊威の道ではない。台与が自らの意志で切り拓く、新たな道だった。
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霧の谷に、狗奴国から放たれた火矢が舞う。
それは、邪馬台国の「霧」を焼くための、卑弥弓呼の宣戦布告だった。
辺り一帯を白く染める深い霧の中、赤々と燃える火矢は、まるで空を翔ける流星のように美しく、そして恐ろしかった。しかし、台与が率いる兵たちは怯まなかった。
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和真が、台与の横に立ち、懸命に兵士を鼓舞し続けた。
その声で、兵士たちもまた、彼女の言葉を信じることができた。
狗奴国の兵は、霧の中を自在に動く邪馬台国の兵に翻弄される。
この地の利は、卑弥呼が長い年月をかけて築き上げた「結界」そのものだった。
霧は、邪馬台国にとっては故郷であり、戦場を支配する武器であった。
だが、狗奴国もまた、この戦いにすべてを賭けていた。王の卑弥弓呼に率いられた精鋭は、地の利をものともせず、力と数で邪馬台国を圧倒しようとする。彼らの鎧は、炎を象徴する赤銅色に輝き、その瞳には、霧の民に対する根深い憎悪が宿っていた。
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戦場の喧騒の中、台与は霊鏡を胸に抱き、短剣を握りしめた。
彼女の内に宿る「火」の霊威が、呼応するように熱を帯びる。それは、単なる力ではなく、この地の民を守ろうとする強い意志そのものだった。
彼女は、巫女としてではなく、将として、その場に立っていた。
「私は、巫女としてではなく、この国の“継ぎ手”として、ここに立ちます!」
その声は、戦場の喧騒を切り裂き、兵士たちの士気を鼓舞した。
彼女の言葉が、兵たちの心に熱い火を灯し、恐怖を打ち消した。
彼らは、台与の覚悟が、卑弥呼の霊威に勝る力を持っていることを悟ったのだ。
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その頃、戦場の喧騒から離れた霊殿では、卑弥呼が静かに息を引き取ろうとしていた。
彼女の指先は、まるで霧に溶け入るかのように冷たくなっていた。その瞼の奥には、幼い頃に見た、村を焼く炎の記憶が蘇っていた。
(……私は、霧の中に隠れて国を守った。だが、その結果が、この炎だ)
卑弥呼は、自らが歩んできた道が、いかに血と争いを引き起こしてきたのかを悟った。
霊威による平和は、偽りの平和に過ぎなかったのだ。その胸に去来する後悔と、台与への切なる願いが、彼女の最後の力を振り絞らせた。
「お前には、“私のようにはなるな”と、言いたいのです」
卑弥呼は、遠い戦場で戦う台与に、最後の霊威を送る。
それは、台与の内に宿る“火”の力を増幅させ、彼女をこの国の真の継承者とするための、最後の儀式だった。
霊威が体から抜けていくにつれ、彼女の意識は遠のいていく。しかし、その顔には安堵の表情が浮かんでいた。
(……今こそ、火を掲げる時)
その言葉と共に、老女の目から、一筋の光が消えた。
霊殿を満たしていた霧が、ふっと薄れていく。それは、卑弥呼という存在が“霧”そのものに還っていったかのような、静かで、しかし確かな終焉だった。
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戦場の真っ只中にいた台与は、突如として全身を駆け巡る熱い霊威を感じた。
それは、卑弥呼の霊威が自らの体へと流れ込んでくる、神秘的な感覚だった。
その瞬間、台与は、遠く離れた霊殿で、卑弥呼の命が尽きたことを悟った。
悲しみや戸惑いを感じる暇はなかった。その熱は、卑弥呼の生きた証と、託された願いそのものであり、台与の内に秘められていた「火」の力を完全に覚醒させたのだ。
台与は、霊鏡を胸に抱き、短剣を空へと掲げた。すると、鏡は彼女の内に宿る「火」の力と、卑弥呼が託した「霧」の霊威を融合させ、まるで太陽のように強く輝き始めた。その光は、霧を切り裂き、戦場全体を照らし出した。
「私は、この国の“継ぎ手”として、この地に立つ。私の声を聞きなさい!」
その声は、霊威を帯び、戦場にいる全ての兵士の心に直接響いた。狗奴国の兵は、その圧倒的な霊力に怯み、動きを止めた。彼らは、卑弥呼の霊威とは異なる、強烈な「火」の力に、畏怖を感じたのだ。
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和真は、台与の背中を、誇らしげな表情で見つめていた。彼の瞳には、姉である卑弥呼への悲しみと、そして台与という新たな女王への揺るぎない忠誠が宿っていた。
この一連の出来事が、台与という少女を、真の意味でこの国の女王へと変えた瞬間だった。
狗奴国の兵たちが怯んだその隙を突き、和真は「今だ!」と号令をかけた。邪馬台国の兵たちは、台与の霊威に導かれるように、一斉に反撃を開始した。
第七章 了
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