テニスの王子様

オカン🐷

出逢いはフェリー

 同じ会社に勤める2歳下の後輩がお盆休みに今治へ帰省するというので、もう一人の友人ジュンと遊びに行きました。

 船室は満員で、寝るときは向かいに寝ているおっちゃんと足のけり合いです。

 若かったからそんな船旅もできたのです。

 

 あるときデッキに出ていると、

「どこでテニスするの?」

とラケットを持つ私たちは声をかけられました。

 ずいぶんとリッチな旅行をするようなことを言われましたが、予約しているのは市営のテニスコートです。


  本当に来ました。

  「よかったらいらっしゃいませんか」と声をかけたのですが、今治の純朴な青年はテニスの腕はそこそこ良かったです。

 高身長でもなく顔も好みではなかったのですが、テニスは楽しかったです。


 大阪に帰り、秋頃に電話がありました。

 リチャード・クレイダーマンのコンサートのチケットが2枚あるので誰か付き合ってもらえないかと言うことでした。

  リチャード・クレイダーマンのアルバムに収められた『ショパンの英雄ポロネーズ』が大好きで、ジュンにレコードからカセットテープにダビングをしてもらうほどでした。

 レコードはジュンの所に行ったきりで却ってきませんでしたが、コンサートへは優先してもらえました。

 ジュンが会場まで送ってくれたのですが、そのときのタクシーの運転手さんが「何しに行くの」と訊くので応えると「クレイダーマンのピアノ演奏はうまいとは思わん」と言い出しました。

 今から訊きに行くリサイタルの悪口を言わんでもよくはない。

 しかもチケットは奢りか。お礼はするのか、根掘り葉掘り。

 父親と同じくらいの年頃のおっちゃんだったから説教臭くなるのでしょうか。

 自由気ままにできるからドライバーをしているのやろけど気まますぎる。 ピアニストなら誰それがええってなことまで聞かされて、行く前からげんなりです。

 

 金髪のピアノの貴公子は、素人の耳にはたっぷりの楽しみをもたらしてくれました。

 コンサートが終わり、お礼に夕飯をご馳走させてと言ったのですが、結局、彼が奢ってくれました。

 ちょっと飲みながら会話が弾み、針に糸を通してボタン付けをしていると、「お母さんっていう詩が浮かんできて涙ぐむんや」と言ったのです。

 その頃、文学も文芸もかすりもしていなかったので、女々しく感じてしまったのも事実です。ゴメンナサイ。

 一度飲み屋さんみたいなところから電話があったと母が言っていたのですが、メモしてあった電話番号に折り返しても連絡がつかずそれきりになってしまいました。

 携帯電話がまだない頃で家の電話だけが連絡の手段の時代でした。

 今、出逢っていたらいいお友だちになれていたでしょうに。


   

            【了】



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