第5話 イチゴパフェと好きな物と

 渡会さんの言った通り、カフェはあたしと同い年ぐらいの女の子たちでいっぱいだった。みんな、しわや毛玉一つない、ファストファッションでもなさそうな、きちんとした身なりをしている。

 刺繍の入ったレースを重ねたスカートとか、フリルとリボンがいくつもついたワンピースとか。

 見ていて楽しいけど、あたしがマツさんがどこかで買ってきた白と青のストライプシャツに黒いパンツだけの地味な格好なもんだから、場違いだなって思ってしまう。


 渡会さんはオレンジ色の髪をしたキャラのパフェを頼んだ。あたしは赤色の髪をした、切れ長の目をしたキャラのパフェにした。


 店内は女の子たちの笑い声でいっぱいで、やっぱり渡会さんの声は聞こえそうもなかった。渡会さんの言うことに答えられず、笑ってごまかす。会話が続かないし、早くパフェが来ないかなって思いながら、渡会さんの口元を見ていた。

 それでも、きれいな渡会さん、かわいい女の子たちの中にいるだけで、何だか満たされた気持ちになりそう。


 パフェが届いた。器の中は半分に切ったイチゴと生クリームでぎっしり詰まっていて、パフェの頂上にはバニラソフトクリームにイチゴがまるっと5つ、6つ埋まっている。キャラクターのイラストが描かれたアイシングクッキーも添えてあった。

 イチゴは天井のシャンデリアの光を受けて、つやつやと輝いていた。その赤さがまぶしいけれど、美しいと思った。本当に、キレイで、涙が出そうだった。


 銀の細長いスプーンでイチゴをそっと取り出していると、渡会さんが、バッグからタブレットのようなものを出して、ペンで何か書いて見せてくれた。

「聞こえづらいから、これで話そう」

 タブレットのようなボードの、黒い画面に緑色で文字が書いてある。渡会さんがゴミ箱マークのついたボタンを押すと、文字はサッと消えた。


 渡会さんはいつ、あたしの耳の問題を知ったのだろう。耳のことでこうやって気遣ってもらえたのは初めてだ。胸がきゅっとしめつけられるような感じがする。

「出身はどこ? 私は大阪」

「好きな食べ物は?」

「趣味は?」

 渡会さんが書く質問を読んで、あたしは声に出して答える。

 東京の杉並区出身で、甘い物とハンバーグが好きで、趣味は、何だろう。

「アンケートみたいになっちゃってごめんね」

 と渡会さんはボードに書く。あたしは首を横に振る。質問の答えを考えるのが、何だか楽しかった。


 あたしは、ケーキもプリンもハンバーグも好きで、赤とかピンクとか明るい色が好きで、にゃんこ、わんこを見るのが好き。趣味と言っていいか分からないけど、家にいるときは時間が経つのを忘れて本を読んでいた。

 それに、このイチゴパフェ。これが大好きだ。


 渡会さんの質問に答えていくうちに、「好き」があたしの中に戻っていく。

 自分は何が好きで嫌いだったのか、もうずっと自分のことを考える余裕がなかったんだ、あたしは。



 パフェを食べ終えたあたしたちは、やっぱり直接話したいねってなって、静かな公園で話すことにした。

 渡会さんは学校に行かないのとか、今は誰と暮らしているのとか、説教めいたことを言わないから好き。


 今度は渡会さんが自分のことを語ってくれた。

 大阪で生まれ育ったこと、年の近い弟と、年の離れた妹がいること。高校卒業後に法律事務所で働きながら、行政書士の資格をとったこと。結婚して東京に来てから、もうずっと実家に帰っていないこと。

「本当は母と妹に会いたいんだけどね、父と弟が大嫌いだから全然帰る気になれなくて。あなたを見ていると、妹を思いだすんよね。だから、何だかほっとけなくて、いつも声をかけちゃった」

 そんな渡会さんの言葉に、関西弁が少しまじっていたので、何だかうれしくなる。あたしに親しみをもってくれているようで。


「ココちゃん、いつもコンビニの仕事頑張っているよね。気が利くし、いつもてきぱき動いている姿しか見てない」

 ほめられて、何だかくすぐったかった。あたしなりに頑張ってきたことを、ちゃんと見てくれる人がいたのが、本当に、本当にうれしい。


 帰りたくないなって思った。


 渡会さんとこのまま、ずっと話していたかった。あたたかい気持ちのままでいたかった。

 でも、夕方になったから、そろそろ帰ってご飯の用意をしなくちゃいけない。最近はマツさんの帰りが遅いけど、今日もそうだとは限らないから。


「ねえ、もしかして家に帰りたくない?」

 渡会さんがあたしの顔をのぞき込んでくる。

「そんなこと、ないです。今日が楽しかったから、もっといたいっていうのはあるけど」

 と、あたしは口角をくっとあげて、笑ってみせた。

「もし家がどうしても嫌になったら、この前渡した名刺の住所に来てね。電話でもメールでもいい。そうだ、よかったらLINE交換しない?」

「はい」

 あたしたちはいつでも連絡を取り合えるようになった。なったけど、マツさんには絶対に内緒だ。

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