第4話:父、母参る
飯店に朝がやってきた。
「ふわあーあ」
チーが大きなあくびを一つした。
「あ、お手紙です」
新聞といっしょに手紙が送付されていた。
「差出人は……。え? えー!」
急いで、店内に向かった。
「ユーお姉ちゃんリンお姉ちゃん!」
二人のいる部屋に向かって、声を上げた。
「もう、なに?」
始めにリンが眠気眼をこすりながら出てきた。
「お手紙が来たです!」
「手紙? あたしへのファンレターかしら?」
「そんなんじゃないです! 第一、リンお姉ちゃんにファンレターなんて一通も来たことないです!」
「あっそ。じゃあそれ早く見せてよ」
しらけた様子で、手紙をよこすように手を差し出した。
「ふむふむ。今時便せんに入れてよこしてくるとはねえ。差出人は……」
差出人を見た時だった。
「え? へえええ!?」
リンも目を見開くほどに声を上げた。
「お姉ちゃ~ん!」
ユーの部屋に飛び込んだ。
「どて~ん!」
こけた。ユーが、ベッドから転げ落ちた状態で、熟睡していたからだ。
「ったくこいつ。寝相の悪さは天下一だな!」
と言って、腹パンして、起こした。
「げほげほっ。リ、リン。もう少しまともな起こし方してほしいアル……」
「んなこと言っとる場合じゃないわ。ほら、これ見て?」
手紙を見せた。
「んー? お父さんとお母さんの名前が書いてある便せんネ」
と言って、ベッドに横になろうとした。
「お父さんとお母さんの!?」
すぐに起き上がった。
三姉妹はホールに来て、手紙の中身を開いた。
"我が子たちへ
ちゃんとご飯食べてる?寝てる?お店はどう?お仕事が済んだから、お父さんと帰ってくるわね。お土産楽しみにしてるのよー
父母より"
「パパとママが帰ってくるのは、いつぶりですか?」
「そうねえ。多分、二年ぶりよ」
「無事に帰ってこれたアルね」
三姉妹の母は、忍者である。親の反対を押し切ってカンフーの修行をしたのち、中国から日本へ出て忍者修行に勤しんだ。現代じゃすっかり見なくなってしまった忍者だが、実は、三人の母は数少ないくノ一なのだ。
「で、そんなくノ一にお父さんは気に入られ、漁師をしながら結婚したってことネ」
父は漁師で、世界中の海を渡る敏腕である。ある日、くノ一の母と出会い、結婚した。
「パパとママに会えて、チーはうれしいです!」
チーが喜んだ。
「あたしは微妙だなあ」
「なんで?」
ユーが聞く。
「あの口やかましいのが帰ってくると思うと、騒がしくなるなあってさ」
「誰が口やかましいですって?」
どこからか懐かしい声が響いた。三人はあたりを見渡した。
「きゃっ!」
リンの足元に、突然くないが飛んできた。
「天井から!」
ユーが天井に目を向けた。
「誰!」
リンが声を上げ、天井をにらんだ。
すると、天井の一部分がパカッと開いた。
「きゃあああ!!」
悲鳴を上げる三姉妹。
「よっと」
出てきたのは、母だった。
「母、参上!」
ポーズを決めた。
「お、お母さん」
「なんでそんなとこから出てくるのよ!」
「あらあら。忍者であるお母さんのことだもの。昨夜から天井に身を潜めていたのよ」
「はあ~?」
唖然とするユーとリン。
「ママ~!」
チーがかけ寄ってきた。
「チーちゃん! 大きくなったわねえ」
母は、チーを抱いた。
「チー、お姉さんになったです。もう六年生ですよ」
「六年生かあ。まだ四年生だったのになあ」
「よっこらせっと」
天井から、父が出てきた。
「きゃっ!」
三姉妹は、また悲鳴を上げた。
「もう二度と天井なんかで寝ないからな? ゴキブリが大量にいたんだから!」
「あなた。天井から出てきたほうが、サプライズになるでしょ?」
「今回限りだからな?」
「パパです~!」
「チー! 大きくなったなあ」
「二人ともそれしか言ってない」
リンが苦笑い。
「どら。今日はお店あるんでしょ? お母さんたちが久しぶりにお店を手伝ってあげるわ」
「え、いいアルか? 休暇で来たんでしょ?」
「いいのよ。ここは私のお店よ? もうユーちゃんに託しちゃったけどね」
と言って、ウインクを一つしてみせた。
「みんながんばれよ? じゃあ父さんは久しぶりの日本を観光に……」
「なに言ってるの? あなたも働くのよ」
「え?」
「漁師なんでしょ? 魚をさばくのを手伝ってあげて」
「そ、そんなバカな……」
しょげた。
「どんまい、父さん」
リンがなだめた。
「お母さんはなにをするアル?」
「全部をやるに決まってるわ」
「ぜ、全部ー?」
三姉妹は驚がくした。
開店時間。
「いらっしゃいませー!」
元気な母のあいさつが響いた。
「ご注文は以上ですね。少々お待ちくださいませ」
対応し終えると、
「お待たせしました! ご注文をどうぞ」
次のお客の対応に向かった。
「は、早い……」
ユーが母の速さに呆然とした。
「お母さん、お父さんとお店やってる時は、こんなだったのかな?」
注文の聞き取りを済ませ、足早にキッチンに向かう母。
「できた?」
「待ってろ。もう少しで仕上がりそうだ」
魚をさばいている父。
「遅い! あなた、市場にも出てるんでしょ?」
「そう急かすなよ。店なんて久しぶりなんだからさ」
ぶつぶつ言いながらも、刺身の盛り合わせを完成させた。
「リンちゃん。缶詰でもいいんだけど、なにかデザートないかしら?」
「へ? あ、缶詰ならフルーツポンチがあるけど」
「ありがと」
渡された缶詰を小皿に盛って、刺身といっしょに運んでいった。
「お待たせしました。刺身の盛り合わせです。と、これはこの子へのサービスになります」
お運びしたお客は家族で、幼稚園くらいの子どもがいた。
「なるほど。あの子にサービスをしたわけだ」
ユーが感心したようにうなずいた。
「感心してないで、早く仕事に向かいなさい」
「あ、は、はい!」
ユーはあわててホールに急いだ。
「並んでお待ちのお客様。チーの大道芸を見て楽しむです!」
チーが逆立ちで玉乗りをしてみせた。
「お?」
チーの前に、母が来た。
「とう! はっ!」
母は、カンフーの演武を見せた。
「おお!」
並んで待っている人たちが、母に釘付けになった。
「すごいです!」
チーも、逆立ちをして、玉乗りをした。二人の演武に、お客は夢中になった。
閉店時間。
「ねえ。おもしろいことを思いついたのだけど」
と、母。
「なんだい、そのおもしろいことって」
父が聞く。
「だじゃれ?」
と、ユー。
「このだじゃれ言うのはだれじゃ? って違う!」
母はボケて、ツッコんだ。
「コント?」
と、リン。
「どもども~。中華飯店の元店長、母です~」
「元副店長の父です」
「あなた、へそくりの場所を教えなさい?」
「へそにあるよ。へそだけに。なんつって」
「おもしろくねえんだよ! ってちがーう!」
「マジックショーでもするですか?」
「このハンカチを両手で丸めると……。バラになりマース」
マジックを披露した。
「あんたたち、お母さんをからかって楽しい?」
笑顔で聞いた。
「お母さんが勝手にやってるアル!」
「あのねえ。おもしろいことっていうのは、マグロの解体ショーをすることなのよ」
「え、ええ?」
驚くリン。
「で、でもそんなのどこで入手するアルか!」
「そうだよ! マグロは高いんだぞ?」
父も声を上げる。
「ふふふ。そう言うと思って、私あなたに変装して、明日市場に向かうことにするわ」
「え?」
「あなたは今や腕っぷしのいい漁師。マグロの一匹くらいタダで譲り受けてもらうことくらい、可能よ」
「い、いやいやいや! マグロ一匹、誰であろうとタダで交渉は無理だろ!」
「じゃ、そういうことだから。看板作っといてね」
「おいいい!」
父の悲鳴もむなしく、母はその場を去ってしまった。
「お母さんは、言ったことは必ずやり遂げようとする人アル……」
「やれやれ」
リンが肩をすくめた。
「俺はどうなっても知らん!」
マグロの解体ショー当日。多くの人が見物のために訪れていた。飯店は小さいため、定員を二十名までに限定した。
「よってらっしゃい見てらっしゃい! 私の旦那によるマグロの解体ショーが、まもなくスタートしまーす! 今だけしか見られませんよー?」
「解体ショーをご覧の方は、整理券を受け取ってくださーい!」
三姉妹は、訪れるお客に、整理券を配っていた。
「もし、そこのお嬢さん」
「あ、はい」
リンが声をかけられた。
「俺たち一番前で見たいんだけど、可能かい?」
「あ、えっと……。先着順ですので、運次第かなと」
「そうか、ありがと」
「見ていかれますか?」
「もちろんさ」
「楽しんでいってください」
二人の男性に、整理券を渡した。
「なんか、異様な雰囲気だったな」
いよいよ、マグロの解体ショーのスタートの時。
「本日はお越しいただき誠にありがとうございます。えー、今回解体致しますマグロは、日本海で獲れた本マグロでーす!」
マグロが運ばれると、観客から拍手が起こった。
「どうも、解体します、漁師です」
ぎこちない様子で父があいさつをした。
「あいつだな」
「ああ」
二人の男がぼそぼそつぶやいた。
「見てろ、お前が解体しようとした時、そのマグロを奪ってやるからな?」
「タダでマグロを手に入れようなんてうまい話があるか、あのクソ野郎!」
「それではまもなく始まりまーす! かいたーい!」
母の合図で、父が息を飲み、マグロに包丁を入れようとした。
「今だ!」
男二人が立ち上がった時だった。
「へ、へっくしょん!」
父がくしゃみをして、マグロに切り込みが入ってしまった。
「どてーん!」
観客全員こけた。
「な、なにやってんのよあなた……」
「いやあごめんごめん。つい」
「父さん、重要なところでヘマこくんだもん……」
リン、ユーとチーも肩をすくめ、呆れていた。
「あーあ。マグロに変な傷入っちゃったよ」
「なによあなた? そんなことより、解体しなさいよ」
「いいか、お前。マグロはな、きれいな状態でこそ切ってなんぼなんだ。こんな傷がついたマグロは、もうお客様にお出しする価値なんてない。これは、漁師の意地ってもんだ」
「んなこといいからさっさと解体しろーっ!」
プロレス技をかけた。
「ぐおう~。い、意地でもやらん~」
観客からどっと笑いが起きた。
「解体ショーどころかお笑いショーになったアル……」
「なんでもいいから解体すれば?」
「マグロ食べたいですう」
いつの間にか、解体ショーは、父母のプロレスごっこになっていた。
「アホくさ」
二人の男は呆れて、去っていった。
翌日、空港で三姉妹は、父と母を見送っていた。
「お母さん、忍者だから、密入国するのかと思ったアル」
「バカねえ。忍者は今じゃお母さん以外いない職業だからね。あまり下手な真似はできないのよ」
「お父さんに変装して、マグロは盗んでくるのにね」
と、リン。
「盗んでないわ。もらってきたのよ」
「ま、まあ三人が元気でなによりだ。またいつ帰ってくるかわからないけど、元気でな」
「パパとママも体に気を付けてです」
「今度はもっと大きくなりなさいね!」
父と母は手を振り、ロビーをあとにした。
「また、ユーたちだけになっちゃったネ……」
「寂しい、お姉ちゃん?」
「い、いやそういうわけじゃ。ユーはお母さんから店長を任されたアル。だから、これからもがんばるネ!」
「それはあたしたちもだよ。ね、チーちゃん」
「です!」
三姉妹は飛び立つ飛行機を見つめながら、これからも飯店の盛況を誓った。
「あ、メールだ」
リンがスマホを取り出した。
「母さんから。なになに……」
メールの内容はこうだ。
"洗濯機かけといたから、洗濯もの取り込んどいて"
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