第3話:チーだってできるもん
「ライラーイ!」
ホール担当のユーが、元気のいいあいさつでお客を出迎えた。
「はい!」
キッチン担当のリンが、中華鍋でチャーハンを炒めている。
「おお!」
外では行列を組むお客から歓声が上がる。
「今日はいつもより多く回しているです!」
芸担当のチーが逆立ちで玉乗りして、足で皿回しを披露している。そんな三人で切り彫りする中華飯店ユー・リン・チーは、今日も盛況だった。
閉店時間の九時。
「はあ……」
ユー、リン、チーの三人がホールのテーブルでそろって伏せていた。
「お客の中にも、いい人と悪い人がいるわ。あたし、今日もお尻を触られそうになったのよ?」
「リン。そういう時でも、絶対にカンフーかましちゃダメアルからね?」
「お姉ちゃん! なら、店員にはセクハラしてもいいっての? カスハラは問題視されて、セクハラは黙認ってか!」
立ち上がり、テーブルをバンと叩くリン。
「い、いやそういうことを言ったわけじゃないネ……」
戸惑うユー。
「チーは、お礼にお菓子をもらったです」
チーは、たくさんのお菓子を出した。
「わあ!」
目を輝かせるユーとリン。
「えーすごいアルねえ。最近忙しすぎて、糖分無補給アルよ」
「あたしも~。この頃は杏仁豆腐とゴマ団子の試食ばっかで飽きてたから、せんべいにまんじゅう、クッキーにチョコレートが食べられてうれしい~!」
「二人ともうれしそうです」
「もちのろんろん!」
「でもこれはチーがもらったものです」
チーは、もらったお菓子すべてを抱えた。
「えー? でも、こんなにチーちゃんは食べきれないでしょ?」
と、リン。
「でも、これはチーが……」
「欲張りはよくないアル」
チーからお菓子を取り上げた。
「あん!」
チーが声を上げた。
「大丈夫。チーちゃんの分もあるから、ネ?」
ユーがウインクをした。
「むう」
チーはふてくされた。
チーは自室に戻り、一冊の本を手にした。ビジネスマナーについて語られる本だ。
「ビジネスマナーはむずかしいです。いっぺんに覚えられないです……」
本をペラペラめくって、
「でも、基本はマスターしたから、これでユーお姉ちゃんみたいにホールができるようになるかもです!」
前向きになった。
「チーだって、芸担当だけじゃなくて、お姉ちゃんたちみたいになるです」
チーが目標を掲げたのには、きっかけがあった。それは学校での出来事。
「チーちゃんって、飯店でお仕事してるんでしょ?」
一番よく話すクラスメイトのまいが聞いた。
「うーんと。してるけど、お給金はもらってないですよ?」
「うん。私が聞きたいのは、飯店でお仕事してるなら、中華料理が作れたり、接客もできるのかなあってことなの」
「え?」
「チーちゃん、芸を披露してるとこしか見たことないからさ」
「あー」
「チーには無理無理!」
同じく、クラスメイトの男子、ゆうきが声をかけてきた。
「お前みたいな芸しか取り柄のないチビチビに、ユーさんやリンさんみたいなことが務まるかってーの!」
「まあ!」
まいがムッとした。
「やーい! 悔しかったらなんか言い返してみろよ~」
そのまま走り去った。
「むう」
チーもほおをふくらませていた。
「あんなやつの言うことは気にしなくていいのよ?」
「ですう。けど……」
「けど?」
これが、事の顛末である。
開店時間の朝九時。
「それでは、かいてーん!」
ユーがお店のドアを開けた。
「ライラー……」
元気なユーのあいさつが響くはずだった。
「いらっしゃいませです~」
チーのかわいいあいさつが響いた。
「お客様、何名様でしょうか? かしこまりました、どうぞこちらの席へどうぞです」
チーは、一番前のお客を席へ案内した。
「ウ、ウソ~」
ユーが肩を落とした。
一方、キッチンでは。
「さーてと。仕込んでおいたものすべて用意しますかいねえ」
袖のないチャイナドレスを着ているリンが、袖まくりのフリをして、意気込み、冷蔵庫を開けると。
「あら? あらら~?」
がく然とした。
「お客様、こちらなんてどうでしょうか? 当店のおすすめです」
チーは、メニュー表でおすすめを見せた。
「まあほんと? じゃあこれにしようかしら」
「かわいい店員さんだねえ」
二人の婦人がチーをほめた。
「えへへ」
チーは照れ笑いを浮かべた。
「ど、どういう風の吹き回しアルか?」
遠くでこっそりと覗くユー。
「ま、まさか!」
ユーは悪い想像した。
『けっへっへ! チーのお菓子を奪った腹いせに、お店を乗っ取ってやるですう』
「悪いチーちゃんだあ」
震えた。逆に、今度はいい想像をした。
『チーだって、お姉さんですよ? お姉ちゃんたちと同じくらい、がんばるです!』
「いいチーちゃんだあ」
胸がときめいた。
「なんて感激しとる場合か!」
リンが後ろから蹴りをかましてきた。
「いたた……。なにするアル、リン……」
「お姉ちゃん! 昨夜、勝手に仕込み材料で料理したでしょ?」
「はあ?」
「チャーシュー、ネギ、メンマ、その他諸々を仕込んで冷蔵庫で冷やしてたのに、なのにすでに冷蔵庫にはラーメンができあがってたのよ?」
「え? それじゃあ、一晩で伸びてぶよぶよアルね」
「だからそれをおんどりゃあがしたんじゃないんかあ!」
耳の穴に向かって怒鳴った。
「勘違いしないでよ! ユーはそんなこと絶対絶対ぜーったいしないアル!」
「どうしてそう断言する?」
「ユーは……。料理ができないからネ!」
胸を張り、答えた。
「あ、それもそうか」
「なんかお客のいるところで恥ずかしい~!」
地団太を踏むユー。
「でも、誰がこんなことを……」
「ラーメンいっちょ! です~」
チーが、冷蔵庫のラーメンを取り出した。
「あやや? なんだかぶよぶよで、汁気のなくなったラーメンになってるです」
「まさか……」
ユーとリンは、チーを見つめた。
「ん?」
首を傾げるチー。
チーから話を聞いて、キッチンへ。
「はあ……。これじゃ、損害もんだわ」
リンが頭を抱えた。
「チーちゃんあのね? 仕込みは材料だけでいいアル。ラーメンそのものを作ったら、一晩でこんなになるヨ?」
「ごめんなさい……」
「でも一晩でよくこんなにできたわね。冷蔵庫に、イー、アル……。五十杯も!?」
リンが目を見開いた。
「どうしてこんなことしたアル? や、やっぱお菓子の腹いせ?」
おそるおそるチーに質問し、チーは答えた。
「お姉ちゃんたちみたいになりたかったです」
「え?」
「チーだって、大道芸だけじゃなくて、ホールやキッチンをしてみたかったです。でも、ぶよぶよのラーメン大量に作ったら、ダメです。もう飯店はやめるです~!」
チーがキッチンを飛び出した。
「チ、チーちゃん?」
「あらら~。泣ーかした」
リンがいじわるくユーを見つめた。
「どうしよ……。チーちゃんだって、重要アルよ」
「ていうか、今日平日だよね? チーちゃん、だまって学校休んだのかしら?」
チーは、河原の土手に座って、猫じゃらしをいじっていた。
「あれ? チー?」
振り返ると、クラスメイトのゆうきがいた。
「なにやってんだよお前? お店の手伝いで学校休んだんじゃないのかよ」
「もうお店はやめたです」
「え?」
「チーは、これからおひねりを受け取って旅する芸人になるです」
「おいおい。今時そんなことしてるガキがいたら、問題になるだろ!」
ゆうきは、チーの隣に座った。
「ゆうき君こそ。まだお昼ご飯の前なのに、ここにいるですか?」
「エスケープだよ。俺は学校がきらいなんだ」
「そんなことしたら、先生と、お父さんお母さんに怒られるですよ」
「お前だって、エスケープしてるじゃん」
「むう」
「なあなあ。アイス食べにいこうぜ?」
「え?」
「すぐそこに駄菓子屋があるんだよ」
「で、でも平日に子どもだけでそんなとこ行ったら……」
「大丈夫大丈夫! な?」
言われるがまま、チーは駄菓子屋についていった。
やってきた駄菓子屋は、よく来る馴染みのお店で、古くからの老舗だ。
「おやおやゆうき君。チーちゃんも。学校はどうしたの?」
店主のおばあさんがゆっくりとした口調で声をかけた。
「俺たち悪い子だから、な?」
「チーは悪い子じゃないです」
「ほっほっほ」
おばあさんは笑った。
「チーちゃん。飯店は盛況かね?」
「え、ええまあ」
「チーちゃんの大道芸、また見たいねえ」
「チーの、見たいですか?」
「うんうん。昔はね、この街でもいたんだよ。おひねりのために大道芸を披露する子どもが。今じゃ子ども一人でお金を稼ぐなんてない話だけど、ほんとにすごいパフォーマンスでね。私も十円を握りしめて、見物したもんさ」
「見物料十円なの?」
と、ゆうき。
「だったかねえ。今じゃこの辺で大道芸を披露できる子どもは、チーちゃんだけになったよ」
「チーだけ?」
「うんうん。あんたは恵まれてるよ。飯店のお姉さんたちがいて、大道芸ができて、多くの人を楽しませることができて。これが、幸せってものなのかねえ……」
「お、おばあさん? おばあさん!」
店主のおばあさんが目を閉じ、寝息を立てた。
「なぜこのタイミングで寝るんだよ?」
ゆうきが呆れた。
「チー。お前、店やめたって言うけど、おばあちゃんが言ってたみたいに、まだまだ捨てたもんじゃないかもな」
「へ?」
「お、俺が言うのも変だけど」
チーは少し顔を赤らめるゆうきをじっと見つめた。
「な、なに見てんだよ?」
さらに顔を赤くする。
「ゆうき君、左目に目くそついてるです」
「だあ!」
こけた。
夕方。チーは飯店に戻った。
「ごめんなさい」
ユーとリンに頭を下げた。
「学校まで勝手に休んで。学校はちゃんと通ってもらうアルね?」
「でもお姉ちゃん昔、公衆電話使って仮病で休んだことあるよね」
「そ、そういうリンこそ! 小学校と中学校の頃に無断欠席してお母さんに怒られてたアル!」
「そんな昔のこと覚えてませーん」
「ぐぬぬ~」
「おほん。チーは、大道芸ができる自分と、それを期待してくれるお客様のことを誇りに思うです」
「チ、チーちゃんがすごい大人なこと言ってる……」
ユーとリンが感激した。
「チー、少し考えたことがあるです。大道芸も、お姉ちゃんたちみたいになれる方法も」
と言って小さく笑った。
「んー?」
ユーとリンは顔を合わせて、首を傾げた。
翌朝。
「ライラーイ! 飯店へよ・う・こ・そ」
太ももをチラつかせるチャイナドレスをまとい、一輪車に乗って少しセクシーな感じを出すチー。
「お待ちのご主人様~。チーの手作りゴマ団子です。はい、あーん」
「え、え?」
お客が困惑した。
「なにやってんのー!」
ユーとリンが驚がくし、声を上げた。
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