それは、見果てぬ夢

パチデス

プロローグ:ポラリス

太平洋。果てしない群青をたたえた海の中、一つの島があった。


絶海の孤島と言ってもいいかもしれない。ただし、蒼海に浮かぶ宝石という言い方は少しばかり的外れだ。どちらかといえば鉄の小塊といったほうが合っている。


鉄の城、ポラリス。太平洋に浮かぶ大監獄。






いつのことかのか、今となっては分からない。詳細も厳重に秘匿された上ほぼ完璧に処理されてしまった。焚書というのは、いつになっても厄介なものだ。


とはいえ、今やどんな幼い子供でも知っていることだ。


〝赤い目をした人々〟は、神に背いた人種。けして許してはならない、禁忌の人々。


それが私たちのことだ。私たちは、祖先の犯した罪も知らないまま、永遠に監獄から出ることはならない。 


果たせぬ夢。


島は8割がた鉄塊に覆われ、残りの2割は畑と植林場といったところ。さらに、その鉄塊のなかで私たちが自由に動けるのは5割強といったところか。

島は6mを越えるコンクリート壁で囲われ、私たちはその向こう側を見ることは叶わない。


私たちにできることは、地面を眺めるか、空に思いを馳せることだけ。それだけだ。




鉄塊の中で私たちが立ち入れないところは、大抵サーバー室や電圧室、パイプスペースなどだが、極稀に看守室なども存在する。


この監獄に、私たち以外はいない。警備や防犯のシステムは全てプログラムによって操られ、脱獄しようとすれば、瞬間私たちを撃ち殺すだろう。


私たちは、いつまでも畑を耕し、種を植えて、自分たちの作った粗末な食べ物で生きていくだけ。


熱狂も興奮もなく、鉄の檻のなかでただ生きるために働くだけ。


それが私たちの与えられた運命なのだ。



なぜ?

わからない。


私たちは何をしたの?

わからない。


私たちはなぜ生き続けているの?

わからない。



おぞましい、忌まわしい鉄の檻のなかで、私たちは遺伝子をまわしていく。いつしかは、誰もいなくなって、それにすら気づいてもらえず、埋葬もしてもらえない。

それとも、近い内に、みんな正気を失って殺し合うのかもしれない。いつかは分からないが、誰もいなくなるまでの途方もない時間に比べれば、あり得そうではある。


どっちみち先細っていって、消えてなくなる生命に、なんの望みがあるというのか。


私には分からない。


去年、私の弟が死んだ。警備システムに撃ち殺された。


つい最近、私の幼馴染が死んだ。警備システムに撃ち殺された。


若い男どもは大抵脱獄しようとして死に至る。そのために島の人間が減っていることにも気づかずに。


私はひとしきり泣いて、悟った。


もう、私は夢など見れないのだと。

幼馴染と誓った、あの夢は、もう。


私は、この監獄の中で、退屈の中で、老いて静かに死を迎えるだけなのだと。


そう思っていた。




これは、そうじゃなかった、というそれだけの物語だ。けしてハッピーに終わったりはしない。


けれど、これは間違いなく、微かな、それでも確かな希望の光の物語だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る