第二話

 そして私は、食器しょっきを洗いながら考えた。あのおじさんもお酒の飲みすぎで、肝臓かんぞうを悪くしている。やっぱり、そういうお客さん多いなあ……。でも、それも仕方しかたが無いような気がする。


 私が住んでいるここヨミフ国のとなりには、ガナス国がある。そして両国の北には貴重きちょうな金属、鉄を取り出せる鉄鉱石てっこうせき豊富ほうふにあるイトサ鉱山こうざんがある。ヨミフ国とガナス国は、そのイトサ鉱山を手に入れるために百年間も戦争をしている。


 理由はもちろん、鉄を手に入れるためだ。鉄があれば、レンガづくりの建物よりも丈夫じょうぶな建物を建てることができる。もちろん、武器も作れる。その武器で、自分の国をまもったり他の国との戦争が有利にもなる。


 ハッキリ言って戦況せんきょうはずっと、ここヨミフ国の方が有利だと言われている。ヨミフ国はガナス国と比べて、国の広さは二倍だ。そして人口もヨミフ国は五十万人、ガナス国が三十万人で国力が違う。だから百年間ずっと、このヨミフ国の方が有利だった。だが戦争では、勝っていない。なぜならガナス国は、必死だからだ。


 ガナス国は、ハッキリ言ってまずしい。だから鉄が取れる鉄鉱石がある、イトサ鉱山を手に入れて国を豊かにしようと必死なのだ。戦力で言えばここヨミフ国の方が有利なのだが、必死のガナス国の兵士に苦戦して、戦争は百年も続いていた。


 そしてもちろん戦争は、現在も続いている。そしてヨミフ国とガナス国の、多くの兵士たちが犠牲ぎせいになっている。だからここ、ヨミフ国の国民もハッキリ言って戦争に疲れている。もう戦争なんて、終われば良いと思っている。


 でも国王は、戦争を止めるつもりはないらしい。戦争に負ければガナス国は鉄を手に入れて強力な武器を作り、このヨミフ国にんでくるかもしれないという理由で。


 しかし戦争に疲れている国民は、そうは思っていない。だから、このどうにもならない状況から現実逃避げんじつとうひするためにお酒を飲む人が多い。そうして、さっきのおじさんみたいに肝臓を悪くしてしまう人が多い。そこまで考えて、私はため息をついた。この戦争は一体、いつまで続くんだろう……。


 そうしていると、食器を洗い終えた。私はこの食堂を、あらためて見回みまわした。私は普段ふだん、レンガ造りのこの食堂の真ん中のスペースにドアを向いて立っている。そして私の正面、左、右に一人分の小さなカウンターと木製のイスがある。つまりこの食堂は、三人で満席まんせきになる小さな食堂だ。


 さらに私の後ろには、かまどがある調理場がある。もちろん、このかまどを使ってたり焼いたりして料理をする。そして左側には、食材を切るスペースがある。更に右側には、料理をり付ける皿などがある。


 つまり私は調理場の左側で食材を切って、正面のかまどで料理をして、右側で盛り付けている。そうして私は一人で、この小さな食堂で料理を作っている。


 でも私は、それでいいと思っている。あまり人が多く入ることができると、忙しくなりすぎるからだ。この食堂に一度に入れる人数は、三人くらいがちょうどいいと思っている。その方が私のペースで、料理を作れる。それも、大事だと思う。


 そして私は『スキャン』という魔法で、お客さんの体の悪い部分を見つけて、それが良くなるようなメニューを考えて後ろの小さな調理場で料理をする。


 だからここはメニューが無い、ちょっと変わった食堂だ。そして、もう一つ変わっているところがある。それはどんな料理を作っても、料金は全て五百ゴールドだということだ。


 本当は、もっと高い料金をもらってもいいはずだ。魔法を使ってお客さんの体の悪い部分を見つけて、それを良くする料理を作っているからだ。でも長い戦争のせいで、この国にも貧しい人たちは多い。だから高い料金はもらわないで、全ての料理の料金を銀貨一枚の五百ゴールドにしている。


 それでも一カ月で、それなりの収入しゅうにゅうは手に入る。食べると体の調子が良くなるというウワサが広がって、繁盛はんじょうしているからだ。だからこの食堂を建てる時に銀行からお金をりたが、少しづつ返せるくらいの収入がある。


 そこまで考えて私はふと、食堂の左側を見つめた。日がれかかって、夕日の赤い光が窓をめていた。もう、夕方だ。今日も一日、良く働いた。今日はこれで食堂は、閉店だなと思った時にドアが開いた。


 入ってきたのは銀色のよろいを着た二人の戦士のような男と、黒いコートを着た一人の男だった。三人の、新しいお客さんか。しょうがない、料理を作るか。


 でも今日はこの三人で、閉店にしよう。そうして私は新しいお客さんに少し緊張しながらも、がんばって元気に三人の男に挨拶あいさつをした。

「い、いらっしゃいませ~。ど、どうぞ三人とも、イスに座ってください~」


 すると鎧を着た、一人の男が答えた。

「いや、我々われわれ二人は客ではない。このおかた護衛ごえいだ。だから我々に、料理を出す必要は無い」


 そして鎧を着た二人の男は、ドアの前に立った。残った男は、黒いコートを護衛の男に手渡した。そして紺色こんいろ正装せいそうになった男だけが、私の正面のイスに座った。するとその男は、私に聞いてきた。


「あなたがこの食堂の女主人の、ナヒコ・オリシさんですね?」

「え? ええ、そうです。でも、どうして知っているんですか? どなたかから、聞いたんですか?」


 するとその男は、軽く微笑ほほえんだ。

「はい。今、城ではこの食堂のウワサで持ちきりですよ。まだ若い女主人が魔法で体の悪い部分を見つけて、それを良くする料理を出す店だと」


 それを聞いて、私は考えた。お城? とうことは、この人はお城の関係者だろうか? 確かに以前、お城で警備けいびの仕事をしている人たちがこの食堂にやってきたけど。そっかー。この食堂は、お城でもウワサになっているのか。そう考えると、ちょっとほこらしい。なので私は、そのお客さんに聞いてみた。

「するとお客さんも、お城で警備の仕事をされているんですか?」


 私がそう聞いてみると、ドアの前に立っている護衛の男が答えた。

「いや、違う。そのお方はこの国の第一王子、トミヒ・ヨミフ様だ」

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