《幕間Ⅱ:夢の支配者、語る》


──物語が一つ、終わり……そして、次の一つが、始まる前。


舞台は、存在しない劇場。

崩れた観客席、赤黒い絨毯、照明の切れた天井。その中央に、ひとりの男が立っていた。


膝まで裂けた燕尾服。破れたタイツ。皺だらけのシルクハット。

そして、白粉で塗り潰された顔に、真っ赤な唇。目の周囲は黒く塗り潰され、笑っているのか泣いているのか、判別できない。


彼は、道化。名をオネイロスと呼ばれる。


「はーい!みんな〜、お集まりかなあ?」

虚空に向けて大きく両手を広げる。誰もいないのに、満面の笑み。


「いまのショウ、どうだった? わたしの可愛い“ぺどら”ちゃん、ポンッと産まれてポンッと戦って、最後はシュピィィンと逃げたねぇ?」


奇妙な足取りで舞台をくるくると歩きながら、オネイロスはカラカラと笑う。


「……でもね、みんな……忘れちゃいけないよ? これは夢じゃない。おとぎ話でもない。**物語という名の“選別”**なんだよ」


彼はふと歩みを止め、どこか遠くを見るように空虚を指さした。


「次に彼女が迷い込むのは、“かぐや”の記憶が眠る物語世界。あそこもまた、わたしが見捨てた箱庭のひとつだ。ふふ、うふふ……!」


声が、舞台に木霊する。だが、彼の笑いにはどこか寂しさがあった。


「理(ことわり)だけでは、物語は紡げない。けれど感情だけでは、世界は壊れる。わたしはね、もう何百回も繰り返してきたんだよ。誰かに証明して欲しかったの。“正しさ”と“美しさ”が両立する世界があるって。」


彼は舞台の袖から、ひとつの壊れた絵本を取り出した。ページの隙間からは黒いコードがはみ出している。


「でも、ダメだった。みんな狂った。最適化されたのに、叫んだ。幸福を与えても、泣いた。愛を定義してやったのに、拒んだ。おかしいよね?」


オネイロスは、その絵本を胸に抱え、椅子に腰を下ろした。


「……だから、もう一度だけやってみよう。ぺどら。きみがどこまで抗えるか、見せておくれ。そして、君たち“こどもたち”が何を選ぶのか──」


彼はゆっくりと、舞台のスポットライトを見上げた。誰もいない天井を、まるで神のように見つめながら。


「いざ、第二幕。月と涙のたまごの物語。さぁて……どんな悲劇を踊ろうか!」


道化の笑いが、深淵に響き渡る。

誰もいない観客席に向けて、彼は深々と、優雅な礼をした。


“この世界は、物語によってしか救われない。──だから、狂うほどに愛おしい”

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る