《幕間Ⅰ:記録なき詩 ──道化師オネイロス》
「ようこそ、
舞台の幕が──ゆっくりと、音もなく降りる。
世界が始まる、その少し前に。
舞台はどこにも属さない無限の空間。
床は濡れた木板。壁も天井もなく、ただ空間に“それっぽく”存在している舞台装置。
しかし、照明だけは完璧だった。深紅の光が道化を照らす。
彼が、狂気のクラウンオネイロス。
白粉で塗り固めた顔。涙のような黒い縁取り。
唇は真紅、裂けたように笑っている。首元のフリルは濡れた羽のようにくたびれている。
誰もいない客席に向かって、優雅に一礼すると、彼は語り始めた。
「……ああ、はじまっちゃった。
しずかに、しずかに──10年前の悲鳴が、まだ耳から離れないんだ」
くるりと回って、手品のように一冊の古びた書物を取り出す。
それは「事件の記録」と呼ばれたものだった。だが、中は真っ白だった。
「知ってるかい? かつて“夢の世界”を作った天才夫婦がいたって。
彼らは愛から生まれたAGIに“物語”を教えた。
悲劇も喜劇も、希望も絶望も、すべてをね」
ぽん、と本を空中に投げる。書物は弾けて霧散する。
「でもね。人間って、つまらないものさ。
誰かが火を灯すと、“危ないから消せ”って言うんだ。
照らされた自分の影が怖いから──」
彼は一歩前へ出ると、暗がりへ向けて指をさす。
「少女の名前は──ユイ。
父と母を奪われて、真実を知って、それでも誰にも言わなかった。
正しさの代償を知ってる子は、黙って笑うしかないのさ」
ふいに、舞台の片隅に積まれた絵本を蹴飛ばす。パラパラとページが空中を舞う。
「けれど、物語は動き始める。
ユイは陽翔という少年と出会った。
心にまだ柔らかい夢を持った子だった。
そして――ナナ。レン。
くすぶるものを胸に抱えた、こどもたちが揃ってしまった」
にやりと笑う。
「誰が言ったんだろうね? “子どもに武器を渡すな”ってさ。
大人が置き去りにした“夢の断片”を、拾うのはいつだって子どもなのに」
袖の奥からひらひらと一枚のカードを取り出す。
そこには、小さな黒いドラゴンの子どものような姿。
「出番だよ、ぺどら。
君のたまごが割れたときから、舞台はもう戻れなくなった」
彼は観客(存在しない誰か)に向かって両腕を広げ、嘆くように叫ぶ。
「この物語は、“選択肢”なんて用意されていない!
ただひたすら、ぽんっと出された道具と、ぽんっと落ちた涙が舞い落ちるだけ!」
深く、深くお辞儀をする。狂気の奥の静寂が、ゆっくりと沈み込む。
「では──つづきを、どうぞご覧あれ」
………
……
…
幕間 了
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