第4話 仮初の戦場

同時刻、???にて―― 


 人型兵器オラクル・ギアのコックピット内は、外の断続的な銃声や爆発音が薄く響くだけで、不気味なほど静かだった。

 

 冷房の風が足元をかすめるが、ヘッドギアを装着している頭部には汗がじわりと滲む。操縦桿を握る指先に、動力炉の低い脈動が規則正しく伝わってくる。


 男は落ち着いた表情で機体と周囲の情報を精査した。メインカメラは荒廃した街並みと、低く垂れ込めた鉛色の空を映し続けている。


 現在、自身の機体は斜めに崩れかけた高層ビルの陰に潜んでいる。中層への攻撃により、上階はこちら側に大きく傾いている。


 HUDに並ぶ拡大カメラ映像を凝視し、視界の端で舞う紙切れや揺れる配線を無意識に弾き出す。求めるのは、異常な動きだけ。


 右手のビルの隙間、わずかに黒い影が走った。地図で位置を照合し、唇がわずかに動く。


「あそこを抜けるとすると、俺なら……」


 地図の一区画を見つめる。ビームライフルの状態を確認。異常なし。


 隠れているビル陰の端へ移動し、そこにある瓦礫の隙間から銃口を突き出す。正面には大通りが奥に向かって伸びており、左右に7階建て程度の高さの半壊したビル群が立ち並ぶ。

 この位置から数えて3番目にある交差点のビル。その裏にカメラをズームする。割れた窓の奥で、影がわずかに身じろぎした。


「見つけたぞ……子猫ちゃん」


 ライフルが閃光を放つ。3連射。ビームは壁を貫き、数秒後にビル裏で火の手が上がった。


「ビンゴ!」


 態勢を整えながら、周囲を確認する。予想通り、反対方向から1機が接近中だった。


 接近警報が短く鳴る。ストリートを爆走する機影がこちらに向けて、ビームを連射した。HUDの機体照合結果から、敵はセリオンの第2世代ドラコシリーズ〈ストライガ〉だと識別された。


「やっぱり来たか。だが、こいつは本命じゃない」


 砲火を交わし、正確な一撃で敵のコックピットを撃ち抜く。


 敵機の爆発に間髪入れず――耳障りな警告音が再度鳴り響き、索敵画面の上方が赤く点滅する。すばやく武器のスロットからビームソードを選択する。


 上空の死角。崩れかけた高層ビルの中層――こちら側へ崩れかけている階層を突き破って、黒い影が迫ってくる。ビームライフルをこちらに向ける。


「こっちが本命か」


 ビームソードは、すでに握られている。敵の初撃を最小限の動きでいなし、逆手に構えた青白い刃が一閃する。着地の硬直を狙った斬撃は、敵機を腕ごと上下に両断した。


 機体が静止し、短く息を吐く。


『テストは以上で終了となります』


 唐突なアナウンスと同時にハッチが開き、外光が差し込む。

 

 セリオン軍ベレスタ港湾基地・訓練ルーム。並ぶ黒い球状筐体の一つからケイン・フォスター少佐が降り立つ。


「お見事でした。フォスター少佐」


 小柄ながらもしっかりした体つきの兵士がこちらに白いタオルを差し出した。ヘッドギアを外し、それを受け取ると、顔の汗を拭きとった。


「はじめは良かったが、途中からガタガタだ。いいか、教科書はスタートであって、ゴールじゃない。応用につなげてこその教科書なんだよ。内容を頭に叩き込めばいいってもんじゃねえ」


 ケインは汗を拭いたタオルを部下に投げ返す。


「また後日、再試験だ。何もなければ本日は解散だ。俺は帰る」


 リンク・パッドで時刻を確認する。ちょうど5時を過ぎたところだった。


「もう帰宅されるのですか?」


「ああ、明日は第七工廠で式典があるだろ? それの警備さ。そのために今日は早めに帰宅してもいいって司令がよ」


「お疲れ様です」


 その場にいた兵士たちが一斉に敬礼するが、ケインは手で制す。


「どうせ何も起こらんよ。セリオンに喧嘩を売るなんて馬鹿な国はこの星にないだろ。つまらん任務だ」


 建物の外では、夕陽に照らされた輸送車両や人型兵器のシルエットが規則正しく並んでいた。

 次々と飛来する輸送機の到着に、ざわめく兵士たちの声がかすかに聞こえる。基地内は普段とは異なる緊張感に包まれていた。

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