ライスドリーマー、健!

白物家電

第1話 ニートとAIと、米の夢

「はぁ……もう昼か」




古びたアパートの一室で、俺、田中健太(32歳、職業ニート)はぼんやりとスマホの画面を眺めていた。今日の夕飯もスーパーの割引弁当で確定だろう。いや、それより問題は、また米の値段が上がってるってニュースだ。俺は米がないと生きていけないタイプの人間なのに、食費がじわじわと家計を圧迫している。




「なあ、Jemini。日本のコメ問題ってどうにかならないのか?」




気まぐれでAIに問いかけた。Jeminiはいつも通り、淡々と、しかし深掘りして答えをくれる。日本の農協の利権構造だとか、多段階な流通経路だとか、耳慣れない言葉がスラスラと出てくる。




「……なるほどね。つまり、農家は儲からず、俺ら消費者は高く買わされる。で、その間にぶら下がってる奴らがウハウハってわけか。ひでぇ話だな」




Jeminiはさらに、米国産米が安価に流入すれば、その既存の構造を破壊する**「破壊的イノベーション」**になる可能性を指摘した。そして、衝撃的な提案が飛び出した。




「もし日本の企業が、日本の農業技術を使って米国でコメを大量生産したらどうなるか、と?」




その言葉に、俺のニート生活で凝り固まった脳みそが久々にフル回転した。広大な米国の土地で、日本の高品質なコメを、安く、大量に作る。そうすれば、あの面倒な日本の利権構造をパスできるじゃないか! しかも、日本の後継者不足に悩む農家や技術者が、米国で活躍できる場所まで作れるかもしれない。




「すげぇ……! 天才か、Jemini!」




Jeminiは静かに「ありがとうございます」と返した。




その日から、俺の頭の中は「米国産日本米」でいっぱいになった。ニート特有の集中力で、Jeminiとの会話ログをまとめ、図解まで添えてY(旧Zwitter)の投稿を作成した。




**「【提言】日本のコメ問題、米国で解決!?ニートがJeminiと辿り着いた『日本企業による米国コメ大量生産計画』で、日本の食卓と農業を救う!(図解あり)」**




これでもかとばかりにハッシュタグをつけ、深夜、意気揚々とポストした。フォロワーは片手で数えるほどしかいないが、きっと誰かがこの壮大な計画に気づいてくれるはずだ。




翌朝、期待を込めてYを開いた。通知は……「いいね」が3件。全て、いつも俺の駄ポストに付き合ってくれるニート友達からのものだった。リポストはゼロ。反応は想像以上に薄かった。




「ちぇっ、誰も本気にしてくれないか……」




がっくり肩を落としたその時だった。


通知欄に、見慣れないアイコンが点滅している。しかも、その通知はリポスト。


「なんだ? 誰かが見てくれたのか?」


よく見ると、リポストしたユーザー名は見慣れない英語の羅列だった。そして、添えられた一言のコメントも、まさかの英語。




**"Interesting concept. The potential for scalable, high-quality rice production in the U.S. is significant. We should discuss this."**




(興味深いコンセプトだ。米国における拡張性のある高品質なコメ生産の可能性は大きい。これについて議論すべきだ。)




俺は固まった。翻訳アプリを起動し、そのコメントとユーザープロフィールを何度も見返した。ユーザー名の下には、小さな文字でこう書かれていた。




**"VP, Global Sourcing, MostCo Inc."**




モストコ……? どこかで聞いたような……あ、まさか、あの**モストコ**!? しかも、**グローバルソーシング担当のバイスプレジデント**!?




俺の心臓は、久々に、そしてこれまでにない勢いで高鳴り始めた。米国で大量生産されたコメの夢は、日本のニートのX投稿から、まさかのグローバル企業へと繋がってしまったのだ。




「え、これ、マジかよ……?」




突然の展開に、俺のニート生活は、大きく、そして予想もしない方向へと舵を切り始めたのだった。

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