ショートオブ俺らの宇宙

深夜一時、コンビニの前。

酒と煙草の匂いが風に混じって漂っていた。


「ったくよ……誰がこんな時間に、団子買いに来るんだよ……」


ヤンキー風の青年が、コンビニのビニール袋をぶら下げながら座り込む。

髪は脱色しきってパサついているし、制服のボタンもつける気がないらしい。

頬のピアスが、街灯の光を鋭く跳ね返す。


「なあ」


そう声をかけてきたのは、コンビニ脇のベンチに、くたびれたスーツ姿で腰を下ろしていた中年の男だった。

缶チューハイを三本空け、四本目に口をつけたところだった。


「……なんスか。ナンパならやめてくださいよ」


「団子、それうまいのか?」


「はあ? 宇宙見団子って名前に惹かれただけっスよ。『この味、見えるかい?』とか書いてあったし」


「宇宙ねぇ……ロマンチックじゃないか」


そう言いながら、おっさんは缶を軽く掲げた。


「乾杯でもするか、少年」


「は? 俺、未成年だし。……つーか、あんた酔ってんの?」


「いや、酔ってたら逆にこんな話、しようとしないさ」


男の目は、酒が入っているようには見えなかった。

真っ直ぐで、でもどこか深い穴に落ちているような目をしていた。


「……仕事、辞めたのよ。今日」


「へ?」


「いや、正確にはクビ。……いや、まあ自主退職ってやつだ」


男は、自嘲気味に笑った。

頬の無精髭と、ほつれたネクタイが、何もかもどうでもいいという空気をまとっていた。


「……詐欺みたいな話に乗ってさ。俺がバカだったんだが。全部、持ってかれたよ」


「へぇ……そりゃ、同情しますよ」


「お前は?」


「はあ?」


「その目、何かぶつけたのか? 殴られた?」


「……学校、ってか先生と親に、いろいろ言われて。『変われ』とか、『期待してる』とか、うぜぇんスよ」


団子の串を口にくわえたまま、ヤンキーは夜空を睨む。


「……俺、グレたとか言われてるけど、もう全部、白々しいだけで。全部、俺じゃない。なんか、つまんねえッスよ」


「なるほど」


おっさんは、缶を置いて立ち上がった。

よろけることもなく、手は真っ直ぐポケットへ。

そこから、くしゃくしゃの名刺を取り出して差し出した。


「連絡先。メッセージだけはまだ使える。暇なとき、愚痴でも送ってこい。俺もたぶん、返すから」


「……なんで?」


「知らん奴だから、言えることってあるだろ。俺も、誰かに話したくてしかたなかったんだよ。……お前は?」


ヤンキーは少し黙ったあと、鼻で笑いながら言った。


「……ま、暇だったらな」


ポケットからスマホを出し、名前も聞かずに番号だけ登録する。

その瞬間、ふと空を見上げると、雲の切れ間から星が覗いていた。


「……宇宙、見えてんじゃん」


「ほんとだな」


おっさんが、うっすら笑う。


「俺な、ずっと考えてたんだよ。自分って何なんだって」


「自分……?」


「騙されたのも、自分のせい。騙した奴を信じたのも、自分。夢を見たのも、諦めたのも、全部……俺。だからこそ、思うんだよ」


缶をぽん、と軽く地面に置いて、男は続けた。


「“自分”に嫌気が差すのは、悪いことじゃない。けど、“自分”を捨てたら……もうそれは、誰にもなれない」


ヤンキーは黙って聞いていた。


「……あんた、作家とか目指してた?」


「バレたか。まあ、原稿用紙は燃やしたけどな」


「もったいな」


「そう思ってくれるなら、まだ捨てた甲斐はあったかもな」


二人はしばらく黙って、空を見た。


「なあ」


「ん?」


「お前、名前なんていうんだ?」


「翔……ショートで」


「短えな」


「うるせえ」


笑い声が、夜に溶けた。


「また連絡していいっスか?」


「もちろん」


「……団子、今度一緒に食いましょうよ。“見える”かもしんねーし」


「おう」


今夜は、曇り空がやけに澄んでいた。

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