ソナタの前奏に機械兎の夢は宿るのだろうか

青崎葵

ソナタの前奏に機械兎の夢は宿るのだろうか

昼は街を行歩し、夜は自室で音を響かせる。陽が、私を朝だと認識させるのだ。


この街も、もう夏だ。

地中海から吹く乾いた風は私の性に合っている。

行き詰まった人生の気分転換にとこの街に来てからしばらく経つが、やはりこの街は過ごしやすい。相も変わらず白々とした街ではあるが、色は失われていない。むしろ私自身の色がより感じられて心地が良い。

だが時々思う。このままで良いのか、と。

私は所詮逃げ出してきた身だ。このままこの地で朽ち果てるまでとどまってもよいのか。確かにここでの生活は充実しているが、どこか満たされないのは孤独からだろうか。


昔は一人をよく好んだ。それは周りに人がいたからだとも氣がつかずに。いざ独りになると夜が恐ろしい闇夜に感じる。

そんな夜はよくクラシックを聴く。人との関わりを求めて人間によって作られた音を求めてしまうのだ。

学生の時には夢があった。友がいた。本当に何者にでもなれると思っていたのだ。自分も何かを生み出せると信じていた。だが現実は他人の創作物に浸って生きながらえているだけに過ぎなかった。そんなことを考えながら今日も私は夜を過ごした。


昼は街の広場で休息を取る。広場に行くと見慣れない生物がいた。白い毛に長い耳を持った生き物 ー 兎だ。

広場には、私と兎だけ。

言葉が通じないはずの相手と心で繋がった氣がした。類は友を呼ぶというやつだろうか。この言葉が本当であったら私は今孤独ではないのだろうが。その日は時間の流れに気がつかず夜になっており、兎はもうどこかへ行ってしまった。その日はクラシックを聴かなかった。


それから次の日もまた次の日も広場にいたが兎に出会うことはついになかった。彼は消えてしまったのだろう。私ももうすぐ消えてしまうのだろうか。彼は幸せだったのだろう。私という存在が誰の記憶にも残らずに消えてしまうことは恐ろしいことだ。一人は好きだが独りは怖い。今日も私はクラシックを聴く。日記についたインクの染みが彼に見えた。


この物語にエンドロールはない。あるのは一つの問いだけ。


「ソナタの前奏に機械兎の夢は宿るのだろうか」

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