【BL】龍の鱗を愛して
ぬまのまぬる
多分好きだと思う。
「ライブ、何とかうまくいってよかった。初めての人も来てくれたし、楽しかったな」
いつものカフェ、いつもの窓際の席で、無邪気な笑顔で話す律を横目で見て何だか心がざわついた。
最近僕はどこかおかしい。
律が楽しそうにしているとなぜだか顔をそむけたくなったり、胸が痛くなったりする。
律はそんな僕の気も知らず、笑いながら話し続ける。
「そうそう、新曲なんだけどさ。この前の花火をイメージして作ったんだ。なんか一瞬光って消えていく感じをギターでも表現したいなって。で、リズムを工夫したり」
律の言葉が耳をすり抜けていく。
「そうだ、ノア。またどこか遊びに行こうよ。俺免許取るからさ」
「そうだね」
ついおざなりな返事になったが、それがなぜなのか分からない。
律の話が嫌だったわけではない、はずだ。
律は、恭介の会社のCMに曲が使われたことがきっかけで、少しずつ知名度も上がってきている。
僕は律の歌が好きだから、それは普通に嬉しい。
律に対するわだかまりももうないはずだし、律の相手をするのが面倒なほど疲れているわけでもないはずだ。
「どこがいい?遊園地とかもいいな」
「そうだな」
正直僕はどこでもよかった、というよりもあまりそこに意識を向けることができない。
律のまつげが陽の光に照らされて、少し色素の薄い瞳は宝石のように見えた。
真っ黒で底なし沼のような僕の目とはずいぶん違う。
僕は目を伏せた。
*
殺風景な部屋の中、僕は律と「蓮」というミュージシャンのコラボ動画(律から、「絶対に見るように」と言われていた)を眺めていた。
律と蓮が二人で今年に20周年を迎えたテーマパークへ行き、はしゃいだり踊ったりする、という特に内容のない動画だ。
小柄な律と背が高く筋肉質で引き締まった体型の蓮が寄り添って歩く姿はまるでカップルのように見えて、なぜだか目を逸らす。
ぼんやりしていると、二人がベンチに座り、ポップコーンを分け合っている場面になった。
『楽しかったな!また30周年にも来たいよね』
律が無邪気に笑う。
30周年。10年後か。
僕は濃すぎる松原の血のせいで、あと10年生きられるかどうかも分からない。
律にそれは話していないけれど、父や叔父の早逝を知っている律は薄々気づいている、かもしれない。
別に長生きしたいとは思っていなかったけれど、僕がいなくなった後、律と蓮が二人で楽しそうにしている姿を想像するとなぜだか胸が痛くなった。
画面の向こうの律は当然僕を見ることもなく、笑顔のままその動画は終わった。
バイトが休みの日、律に呼び出されてこの前律と蓮が遊びに行っていたテーマパークへ行くことになった。
空は晴れ上がっているけれど少し肌寒く、律は恭介のように両手をポケットに突っ込んでいる。
「観覧車のあたりから回ると空いてるからおすすめだよ」
律は無邪気な笑顔でそんな事を言う。
この前蓮と来てたもんね?という言葉は飲み込んだ。
やっぱり僕は最近おかしい気がする。
確かに昔僕は、律が他の友達と遊んだり、一緒にお菓子を食べたりする姿を見るのが好きではなかったけれど、それは子供の頃の話だ。
今年にはもう20歳になるのに、いつまでも意味の分からない独占欲を持つなんてばかばかしい。
「ノアってこういうところ来たことある?」
「うーん、昔恭介と来たくらいだけど」
言いかけて、律が恭介の事が好きではないことを思い出した。いや、思い出したというよりも元々知っていたはずだ。
多分変な対抗心のせいでそんなことを言ったんだろうと虚しい自己分析をしながら、隣に立つ律を見る。
このところ余計にあか抜けた律は、少しパーマをかけた髪の隙間から銀のピアスをのぞかせ、僕の視線に気づいたのか無駄に綺麗な笑みを浮かべて首を傾げた。
「何?ノア」
「別に」
そんなことしか言えない自分が嫌になる。
律にとっては2回目になるアトラクションを回り、ダンスショーを見たりしているうちに日は傾き、メリーゴーランドや観覧車がイルミネーションに照らされ始めた。
律はキラキラとした光に照らされながらフェンスにもたれ、観覧車を見上げていた。
「あのさ、ノア」
少し口角の上がった唇が言葉を紡ぐ。
「俺、本当にノアの事が好きだよ」
恭介にそっくりなのに、彼が見せたことのない表情が揺れる。
「しつこいと思われるかもしれないけど、子供の頃よりもずっとノアの事が好きだ。だから、俺とつきあってほしい」
まっすぐな目に、思わず頷きそうになって、でもそれができなくて吐息をつく。
「ノア?」
律が不安げに首を傾げる。
「ごめん。まだ気持ちの整理が」
そんな適当な言葉で律を縛り付けるなんて僕は最低だ。
でも、律は困ったような笑顔を見せて頷いた。
「まあ、急に言われてもって感じだよな。返事はまた聞かせてよ」
僕はただ俯くしかできなかった。
*
律とテーマパークに行ってから一週間が過ぎようとしていた。
殺風景な自分の部屋で、一人ベッドの上で考える。
僕は、律の事が好きだと思う。
だけど、律の気持ちに答えることはできなかった。
多分僕は律よりずっと早く死んでしまう。そんな自分が、律の「一番大切な人」になんてなるわけにはいかない。
僕がいなくなっても、律が笑顔で音楽の道で輝いて、もっと大切な人を見つけて、幸せになれるように。
なんて、そこまで考えて乾いた笑いが零れる。
そんなの全部嘘だ。律には永遠に僕だけを想ってほしいし、僕がいなくなったらずっと悲しんで一人でいてほしい。
それが正直な気持ちだ。風香に執着し続けた父と同じく、醜悪であさましくてどうしようもない。
ごめん、律。
僕は最低だけど、そんな自分とは向き合いたくないから律とは付き合えない。
それでいいよね?
風が吹いて、窓の外の枝を揺らした。どこからか流れてきた煮物の香りが鼻先をくすぐる。
ベッドに置かれたままのスマホを手に取り、律の連絡先を探す。
本当は直接会って「付き合えない」と言う方がいいのだろうけれど、自分を取り繕えなくなりそうだから、電話で伝えよう。
そう思ったのに、ディスプレイ上に置いたままの指は動かず、ため息がまた零れ落ちる。
その時、不意にインターホンが鳴った。
まさか、と思いながら立ち上がり、ドアを細く開ける。
「ノア!」
予想通りというか、そうであってほしくなかったというか、そこには律が立っていた。
「なんか、急に変なことを言って困らせたかなって思って、謝りに来た」
ベッドの脇に立ったまま、律が気まずそうに俯く。
「焦らなくても少しずつ考えてくれたらいいからな!何年でも待つから!」
律はいつも優しい。利己的すぎる僕とは大違いだ。
「俺、本当にノアの事が好きだから。10年前より今の方がずっと。だから、困らせるのは嫌で……あ、逆にそんな事を言われる方が困る⁉と……とにかく別に振られたからって嫌いにはならないし、友達のままがよかったらそれでもよくて」
律のまっすぐな目があまりにもきれいすぎて、そんな目で見てほしくはなくて。
―だったら。もう今終わりにした方がいいんじゃないかな?
そんな考えが頭をよぎり、僕は口を開いた。
「多分僕は律よりずっと早く死ぬと思う。親戚もみんな長生きはしていないから、知ってるよね?」
律の表情が曇る。
それが悲しくて、余計に粉々にしたくなった。
「僕が死んでも律にはずっと僕のことだけを好きでいてほしいし、心から笑う事もなくなってほしいし、僕を悼む歌だけを歌い続けてほしいと思ってる」
きっと僕は今、松原洸一郎と同じような顔をしているだろう。
「これが僕の正直な気持ち。君みたいに優しくないし純粋でもない。それでも好きだって思う?」
思わないよね、と続けようとして、律の笑い声に遮られた。
「あはは、ノア、面白すぎ」
「……なんで」
「まずさ、ノアが死んでも俺はミュージシャンを続ける設定なんだ?ノア、ガチのファンすぎだろ」
「……引っかかるところ、そこ?」
「あと。『心から笑う事もなくなる』ってなんだよ。1%だけ悲しんでたらいいの?ノアって微妙に手加減してくるよな」
さっきまでの泣きそうな顔が嘘だったように笑い転げる律にあっけにとられる。
「っていうか、ノア、そんなに俺の事が好きなの?じゃあいいじゃん、付き合おうぜ」
「だめだって言っただろ」
「言ってないじゃん。一生ノアのことだけが好きならいいんだろ。余裕だってそんなの」
律のその自信がどこから来るのか分からないが、僕はそれに抗えるほど強くはなかった。
「でも嬉しいな、ノアがそんなに俺の事が好きなんて」
律が満面の笑みで頷く。
それを嬉しく思ってしまう自分が嫌になって、でも僕はやっぱり律が好きで。
「律が僕を嫌いになっても別れないよ?」
「ならないって。大好きだよノア」
律の腕が背中に回される。かすかな甘い香りがして、僕は目が涙で濡れているのをごまかすように律にしがみついた。
―終―
【BL】龍の鱗を愛して ぬまのまぬる @numanomanuru
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